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遺跡探索と雪解けの春
言葉以外で伝わる気持ちもある 2
しおりを挟む蝋燭の頼りない炎だけに照らされた空間で、フィオルド様の瞳は宵闇と炎の赤に染まって、サファイアのような青からアメジストのような紫に輝いて見える。
その瞳には、泣きながら怒っている私の姿が映っていた。
「それだけは、本当で。だから、私はフィオルド様に、苦しんで頂きたくないのです。……私は、フィオルド様に、その、キスしていただいたり、抱きしめていただいたり……はしたないこと、していただくの、好きです。……フィオルド様が他の女性に同じことをしたら、悲しいですけれど、……私には、して欲しくて」
「リリィ……」
「私……フィオルド様がしてくださること、恥ずかしいことも、全部、好きで……セントマリア家の血筋なんて、関係なくて。うまく言えませんけれど、それじゃ、だめですか……?」
声が震えてしまう。
自分の考えや思いを、真剣に誰かに伝えたことなんて一度もない。
私は逃げてばかりで、そして怠惰で、自分が楽でいられることばかりを考えていた。
だからうまく伝えられたかどうか分からないけれど、フィオルド様が苦しいままでいるのは、どうしても嫌だ。
フィオルド様は一度、深く息を吸い込んだ。
初夏の夜の、こぼれ落ちそうな星空の下に、星空よりも無数の雪の結晶がきらきらと輝いている。
雪雲もないのに、季節外れの雪がちらちらと舞い散る美しい景色の中で、フィオルド様は肩の力が抜けたように微笑んでくださった。
「リリィ……愛している。言葉だけでは足りないぐらいに、お前を。……ありがとう」
「……私、ちゃんと、言えましたか……? 何か、失礼なこと、言っていませんか……?」
ただ必死で、自分で何を言っているかさえよくわからなくなってしまって、急に不安になってしまう。
私の言葉は、フィオルド様を傷つけるものではなかったのかしら。
私の姿の後ろには、もしかして皇帝陛下やリアンお母様の姿が、フィオルド様には見えているのかもしれない。
だとしたら、私は婚約者でない方が良いのではないかしら。
そう思うと、新しい涙が次から次へと流れ落ちていく。
「わ、私、私……ごめんなさい、……私が、フィオルド様を傷つけているのかもしれないのに、……それでも、フィオルド様の婚約者でいたいって、……一緒にいたいって、思ってしまって……っ」
自分の意見というものが、私にはないのだと思っていた。
ただ、生きるのに必死で。
人と話すのが苦手で、外に出るのも苦手で、部屋でぼんやりしたり、お庭の花を眺めていればそれで幸せだと思っていた。
けれど私は、フィオルド様を失いたくない。
「……リリィ、泣き顔も愛らしいな。……本当は慰めるべきなのだろうが、私は……お前がそうして泣いてくれることを、喜んでしまっている。もっと、私のために泣いて欲しいとさえ、思う。最低な男で、すまない」
フィオルド様はどこか切なげな声音でそう言って、私の頬に落ちる涙を赤い舌で舐めた。
それから私の体を抱きしめると、強引に唇を合わせる。
呼吸を奪われるぐらいに深く激しく貪られて、私はフィオルド様の制服をぎゅっと掴んだ。
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