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遺跡探索と雪解けの春
バルツス皇帝陛下とリアン皇女 1
しおりを挟む昼休憩で話しかけられたきり、アニスさんが私に何か言ってくるようなことはなかった。
私は迎えに来てくださったフィオルド様に手をひかれてお部屋に帰った。
フィオルド様は私の心配をしきりにしてくださったけれど、私は心も体もとっても元気だった。
今日一日、特に不調なく過ごすことができた。
やっぱり私は結構頑丈なのかもしれない。
初めての夜の後に、ぐったり寝込むようなことがなくてよかった。
フィオルド様が落ち込んで、また色々我慢なさるのは嫌だもの。
せっかくきちんと、他の方々のように愛し合っている婚約者になれたのだし、思う存分愛していただきたいと思うの。
お部屋に戻ると、フィオルド様は私を広いバルコニーに案内してくださった。
二階のお部屋から外に出ることができるようになっていて、バルコニーには外用のテーブルセットが置かれている。
生真面目そうな年嵩の執事の方が、紅茶とお菓子を準備して、一度礼をするとバルコニーから出て行った。
皇家の方々のための学園の邸宅はお庭が広く、お庭の周りには高い木々が植えられている。
私たちが使用している学園寮の隣にあるのだけれど、隣といってもかなり遠いので、バルコニーにいる私たちを肉眼で覗き見ることができる者はおそらくいないだろう。
二人きりの静寂が、心地良い。
初夏の風が頬を撫でて、お日さまがゆっくりと地平線の向こう側へと沈んでいく。
橙色の空と、紫色の空が交わって、空の色が変わっていく。
薄暗くなったバルコニーのテーブルには燭台が置かれていて、フィオルド様が魔法で蝋燭の炎を灯してくださる。
揺れる炎がフィオルド様の秀麗な横顔を夕闇の中に照らし出した。
私は良い香りのする紅茶に口をつけて、ほっと息を吐いた。
ぼんやり景色を見ているのは好き。
流れる雲だとか、風に揺れる木々だとか、波紋を広げる水面や、庭園のお花や、せつせつとふり続ける雪を見ていると、時間を忘れてしまうぐらいだ。
少しずつ形を変える景色を見ていると、安心することができる。
いつもは、ひとりでぼんやりしている私だけれど、今日はフィオルド様が隣にいる。
誰かと一緒にいて続く沈黙は、得意じゃなかった。
話をしなければいけない気がして、けれど言葉が出てこなくて、私の態度が相手を不快にさせているんじゃないかと心配になるともっと言葉が出てこなくて、気ばかりが焦ってしまうからだ。
けれど、今は違う。
フィオルド様は私と片手を繋いで、指先で手の甲に浮き出た骨を辿ったり、指を絡めたりして遊んでいる。
その眼差しはどこまでも優しくて、何も話をしなくても、少しも不安にはならなかった。
ずっと、このままこうしていたいと思ってしまうぐらい、穏やかな時間が流れている。
一番星がまたたいて、空には月が浮かんだ。
「……すごく、綺麗です。……学園に来てから、ゆっくり空を眺めたのは、はじめてかもしれません」
「こうして雑音に煩わされずに、空を見たり、景色を眺めていると心が落ち着く。リリィは、退屈ではないか?」
フィオルド様に尋ねられて、私は首を振った。
「私も、好きです。空を見たり、湖を見たり、お庭の花を見たりすること。ずっと見ていられます。……でも、時々、見ているうちに寝てしまったりして。お庭で椅子から落ちて、草むらで寝ているのを、ドロレスに助けてもらったり、……あ、小さい頃の話で、今では、なくて」
つい最近もあまりにも陽気が良いものだからお庭の椅子でぼうっとしていたらそのまま寝てしまって、椅子から転げ落ちても寝ていたのを、ドロレスに助けてもらった。「繊細の皮を被った、どこでも寝られる案外図太いお嬢様、可愛い」と褒められたことを覚えている。
でも恥ずかしいので、私はちょっとだけ嘘をついた。
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