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遺跡探索と雪解けの春
とけた誤解と遺跡の魔物は別問題 1
しおりを挟むフィオルド様は私の目尻に、そっと口付けてくださった。
優しく触れるだけの口付けは、繊細な硝子細工を扱っているようで、大切にしてくださっているのがその仕草から伝わってくる。
フィオルド様の唇は柔らかくて、そっと触れられただけなのに、顔が一気に赤くなった。
「リリアンナ。……リリィと、呼んでも? 公爵家では、そう呼ばれているだろう。いつか呼んでみたいと、思っていた」
「はぃ……っ」
「リリィ、……私は、……お前を、大切にしたい。私のことを恐ろしいと思っているかもしれないが、……信じてくれるか?」
フィオルド様のアイスブルーの瞳が真剣に私を見つめている。
人生初の男性からの甘い言葉に、私の心は簡単に陥落した。頭がぼんやりして、くらくらする。
熱に浮かされたように、こくこくと頷くと、フィオルド様の指先が私の頬にさらりと触れた。
骨張っていて、指が長くしなやかな、男の人の手のひらだ。
それだけで、じわりと涙がにじむ。恥ずかしい。でも、嬉しい。
良いのかしら、こんなに幸せで、良いのかしら。
人生の春が訪れてしまったわよ。絶対に来ないと思っていたのに。
ちょっとアルラウネに捕食されかけただけで、こんなに状況が変わってしまうものなのね。
ありがとう、魔物たち。ありがとう、校外学習。
私は心の中で気の弱い女を捕食しがちな魔物たちの蔓延る遺跡にお礼を言った。
フィオルド様の態度が変わったからといって、私の性格が変わるわけではないので、口に出すことはできなかったけれど。
「私は、父のようにはならない」
フィオルド様が抱きしめていた私をそっと離して、私の手を取った。
手の甲に軽く口付けて、誓うように言う。
どういうことかしらと、私は内心首を傾げた。皇帝バルツス様は、快活で雄々しい偉丈夫という印象の方だ。
悪い噂は聞かない。というか、私の話し相手はドロレスぐらいしかいないので、そもそも噂は私の耳には入ってこないのだけれど。
「行こうか、リリィ。私のそばを離れるな」
「は、はい……っ」
乙女が言われたい台詞をさっきからさらさらと流れる水のように、言いまくってくださるフィオルド様に、私の心はトロトロにとろけていた。
これが公爵家の自室のベッドの上だったら、両手で顔を押さえながら転げ回っていたところだ。
ドロレスに報告しなければいけない。「私のそばを離れるな」と言われてしまったと。
私はその言葉を心に刻み込んだ。だって貴重だもの。もう二度と聞けないかもしれないもの。
フィオルド様は私の手をとって、ゆっくりと遺跡の奥に進み始める。
フィオルド様の手はあたたかくてしっかりしていて、緊張したけれど、安心することができた。
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