リリアンナ・セフィールと不機嫌な皇子様

束原ミヤコ

文字の大きさ
上 下
11 / 200
遺跡探索と雪解けの春

とけた誤解と遺跡の魔物は別問題 1

しおりを挟む


 フィオルド様は私の目尻に、そっと口付けてくださった。
 優しく触れるだけの口付けは、繊細な硝子細工を扱っているようで、大切にしてくださっているのがその仕草から伝わってくる。

 フィオルド様の唇は柔らかくて、そっと触れられただけなのに、顔が一気に赤くなった。

「リリアンナ。……リリィと、呼んでも? 公爵家では、そう呼ばれているだろう。いつか呼んでみたいと、思っていた」

「はぃ……っ」

「リリィ、……私は、……お前を、大切にしたい。私のことを恐ろしいと思っているかもしれないが、……信じてくれるか?」

 フィオルド様のアイスブルーの瞳が真剣に私を見つめている。
 人生初の男性からの甘い言葉に、私の心は簡単に陥落した。頭がぼんやりして、くらくらする。

 熱に浮かされたように、こくこくと頷くと、フィオルド様の指先が私の頬にさらりと触れた。
 骨張っていて、指が長くしなやかな、男の人の手のひらだ。

 それだけで、じわりと涙がにじむ。恥ずかしい。でも、嬉しい。
 良いのかしら、こんなに幸せで、良いのかしら。

 人生の春が訪れてしまったわよ。絶対に来ないと思っていたのに。
 ちょっとアルラウネに捕食されかけただけで、こんなに状況が変わってしまうものなのね。

 ありがとう、魔物たち。ありがとう、校外学習。

 私は心の中で気の弱い女を捕食しがちな魔物たちの蔓延る遺跡にお礼を言った。
 フィオルド様の態度が変わったからといって、私の性格が変わるわけではないので、口に出すことはできなかったけれど。

「私は、父のようにはならない」

 フィオルド様が抱きしめていた私をそっと離して、私の手を取った。
 手の甲に軽く口付けて、誓うように言う。
 どういうことかしらと、私は内心首を傾げた。皇帝バルツス様は、快活で雄々しい偉丈夫という印象の方だ。

 悪い噂は聞かない。というか、私の話し相手はドロレスぐらいしかいないので、そもそも噂は私の耳には入ってこないのだけれど。

「行こうか、リリィ。私のそばを離れるな」

「は、はい……っ」

 乙女が言われたい台詞をさっきからさらさらと流れる水のように、言いまくってくださるフィオルド様に、私の心はトロトロにとろけていた。
 これが公爵家の自室のベッドの上だったら、両手で顔を押さえながら転げ回っていたところだ。

 ドロレスに報告しなければいけない。「私のそばを離れるな」と言われてしまったと。
 私はその言葉を心に刻み込んだ。だって貴重だもの。もう二度と聞けないかもしれないもの。

 フィオルド様は私の手をとって、ゆっくりと遺跡の奥に進み始める。
 フィオルド様の手はあたたかくてしっかりしていて、緊張したけれど、安心することができた。

しおりを挟む
感想 30

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

稀代の悪女として処刑されたはずの私は、なぜか幼女になって公爵様に溺愛されています

水谷繭
ファンタジー
グレースは皆に悪女と罵られながら処刑された。しかし、確かに死んだはずが目を覚ますと森の中だった。その上、なぜか元の姿とは似ても似つかない幼女の姿になっている。 森を彷徨っていたグレースは、公爵様に見つかりお屋敷に引き取られることに。初めは戸惑っていたグレースだが、都合がいいので、かわい子ぶって公爵家の力を利用することに決める。 公爵様にシャーリーと名付けられ、溺愛されながら過ごすグレース。そんなある日、前世で自分を陥れたシスターと出くわす。公爵様に好意を持っているそのシスターは、シャーリーを世話するという口実で公爵に近づこうとする。シスターの目的を察したグレースは、彼女に復讐することを思いつき……。 ◇画像はGirly Drop様からお借りしました ◆エール送ってくれた方ありがとうございます!

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

処理中です...