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シャーロット様、学園に行く

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 果林の家から私立花水木学園までは、駅まで歩いて駅から電車なるものに乗って、それから三駅先で降りて、そこから歩いて二十分程度。
 シャーロット・ロストワンとして生活していた私よりもよほど果林の方が歩く生活を送っている。
 だって貴族とは、生活のために歩くということをほとんどしないものなのよ。
 ダンスや乗馬は嗜むけれど、長距離を歩くような行為はしない。大抵が、馬車での移動である。

 これは別に楽をしたいからという理由だけでもない。
 私のような高貴な身分の公爵令嬢が、歩いて出かけるというのは多方面に迷惑をかける行為なのである。
 なんせ、襲われるのだ。
 身代金目的で誘拐もされる。
 馬車に乗っていても襲われることもあるのだけれど、歩いてうろうろしている方がその可能性は当然高い。

 まぁ、結局私は馬車で襲われて、死んでしまったのだけれど。
 どんなに気をつけて生きていても死ぬときは死ぬのである。
 こればかりは仕方ないわよね。

「つまり、果林の国というのは、かなり治安が良いのね。果林のような若い女がこのような頼りない服装で一人歩きをしても、悪漢に襲われたりしないのだもの」

 筋肉痛が痛すぎて、部屋から出るのが遅くなってしまったために、朝ご飯を食べ損ねてしまった。
 栄養たっぷり我が儘ボディをしている今の私だけれど、体中に栄養が足りていますと言わんばかりの体型なのに、朝になるとしっかりお腹がすくものである。
 昨日の夕ご飯も食べ損ねたし、朝ご飯も食べていない。
 はからずして、断食生活がはじまってしまった。

「そうだな。治安は君の国よりは良いのだろうが、ある意味で悪いとも言える。難しいところだ。ところで、シャーロット。軽度の断食は体に良いらしい。だが全く栄養をとらないということは、推奨しかねる」

 駅への道を、私はサリエルと並んで歩いている。
 道行く人たちはサリエルの姿は見えていないのかしら。
 果林の母親と違って、道行く人々とはただすれ違っているだけなので、よくわからない。

「別に好き好んでごはんを食べていないわけではないのよ。お腹が空いたわよ。でも今食べたら負けた気がするから食べないわよ。だって、悠長に朝食を食べていたら、遅刻してしまうもの」

 サリエルの指摘に私は肩をすくめた。
 ちなみに果林の兄こと、眼鏡野郎は、さっさと学園に向かったらしい。
 同じ学園に行くのだから一緒に通学すれば良いのに。
 私の本当のお兄様とは年齢が違うので一緒に通学はできなかったけれど、もしそれが可能だとしたら、嬉々として連れだって歩いてくれるだろう。
 お兄様、お元気かしら。
 私が死んでしまって――落ち込んでいないと良いのだけれど。

「ところでサリー、放課後の自由時間、私は行くべきところがあるわ」

「どこに?」

「髪を整えに行くのよ」

 私は適当に一つに結んだだけの髪をひっぱりながら言った。
 丁寧に洗って乾かしてとかしたので、艶は少し戻っている気がする。
 けれど伸ばしっぱなしで、ちっとも美しくない。

「美容院という場所がある。しかし、シャーロット。美容院で髪を整えるためには、金がかかる」

「それはそうでしょう」

「良いか、シャーロット。君はもう貴族ではない。金を手に入れるためには、労働が必要だ」

「果林はお金を持っていないの?」

『鞄にお財布が……』

 妖精さんこと果林の声が、頭の中で聞こえた。
 脳内でひきこもってしまって喋らないのかと思えば、以外と話しかけてくるわね。
 良い子ね。私は怖くないわ、好きなように話すと良いわよ。
 私は心の中で果林を褒めた。
 私は幼い子供と小動物には優しいのだ、昔から。
 果林は幼い子供ではないけれど、穴にこもってでてこない野ウサギのような趣がある。

「お財布?」

 私は学園用の肩掛けの鞄をがさごそとあさった。
 確かにお財布があった。
 そこには電車に乗るための定期券と、それから千円札が二枚入っていた。

「二千円」

「二千円で、君の望むヘアケアは行えないと、断言する」

「そうなの……」

『からあげなら買えます……』

「買わないわよ!」

 コンビニのからあげは美味しい。
 そんな情報が、果林の記憶から私の脳内に溢れる。
 もっと有意義な情報を伝えて欲しいわよ。からあげとかじゃなくて。

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