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クロヴィス・ラシアンは心配性 1
しおりを挟むーー首を絞める、夢を見る。
片手でも掴めるぐらいの細い首だ。
白くて骨が浮き出ていて儚い首を、俺は両手で締め上げている。手のひらに、脈の拍動が伝わってくる。
それはぎりりと締め上げる強さを強くするたび次第に弱まり、やがて、ぴたりと止まる。
「ーーっ」
また、同じ悪夢だ。
寝衣が冷や汗で湿り気を帯びている。呼吸が促迫し、喉から嫌な音があがる。
胸を押さえて、ベッドの上で蹲った。
目尻に、情けなくも涙が滲んでいる。
「リラ、……どうして、俺は」
首を絞めた感触が、手のひらに残っているようだった。
失われた命の感触。
俺が、奪った命の。
くたりと力を失った、少女の体。美しく、可憐な顔。深く閉じられた瞼は、二度と開かない。
悲しみと苦しみと、ーー例えようもな充足感が、胸を満たしている。
俺が、奪った。二度と誰にも奪われないように、その体を貪り、命を。
夢だと分かっているのに、それはまるで現実に起こったことのようで、夢と現実の境が曖昧になってしまう。
吐き気を抑えながら少しづつ覚醒してくる頭で、考える。
俺は、リラとは長らく会っていない。ーーだから、リラは生きている。
殺してなんていない。
大丈夫だ。
その夢を見るようになったのは、王家の保管する歴史書を読んだ時からだった。
古の王の罪と、半獣族の特性についてが本には書かれていた。
古の王は、番を見つけて、愛していた王妃を裏切った。その後、思うように手に入らない番を殺し、逃げた王妃を強引に連れ戻して、王妃をも殺し、自死した。
幼かった俺はその話を知って、哀れなことだと思った。
けれど、それと同時に恐ろしく思った。
俺は半獣族として産まれた。父は人族だが、半獣族である母の血を強く受け継いでしまったようだ。
半獣族は、人族とは違う。身体能力が高い。それから、本能的な欲求が強い。
女性の場合は、家族や友人を守りたいという母性に現れる。だから、半獣族の女性は愛情深いと言われている。
男性の場合は、独占欲や支配欲が強くなる。
王としての気質的な部分としては悪くない傾向だろう。
しかしーー俺は。
俺は、リラ・ネメシアが好きだった。
最初にその姿を見た時からずっと、リラが好きだ。
リラは父の妹の子供だ。つまり、従兄妹にあたる。よく城に遊びに来ていて、一緒に遊んでいた。
リラは俺を友人だと思ってくれているようだが、俺ははじめからそのつもりはなかった。
無邪気で、素直で、愛らしくて、恥ずかしがり屋で、案外気が強くて。
ーー食べてしまいたい。
ずっと、そう思っていた。
艶やかな細い銀色の髪も、春の花のような薄桃色の大きな瞳も、白い肌も、小さな口も、ふっくらとした唇も全て、食べてしまいたい。
俺の持つ感情の異常性に気づいたのは、古の王の罪を知ったからかもしれない。
リラが好きだ。誰にも奪われたくない。けれど、ーーリラを、このままでは傷つけてしまうかもしれない。
食べてしまいたいという欲求を、無理やり心の奥に押し込めた。
それは気の迷いだと自分に言い聞かせた。
リラが好きだという気持ちは、至って普通な、ごくごく一般的な、淡い初恋。
そう思い込もうとした。
リラと結婚したいと父に伝えた。父も母も、純粋に喜んでくれた。
従兄妹同士の結婚は許されている。ネメシア公爵家は家柄としては申し分ないし、ネメシア公爵の財務管理のおかげでラシアン王家の財政状況は潤沢だった。だから、二つ返事で了承してくれた。
ネメシア公爵家からも快い返事を貰うことができた。
リラに好意を伝えると、恥ずかしそうにしながらも、喜んでくれた。
リラにとってまだ俺は友人程度の存在だと感じていたけれど、それでも構わない。ゆっくり、穏やかな時間が過ぎていけば良いと思っていた。
夢は、相変わらず見続けていた。
幼い頃にはよく分からなかった夢の意味を、俺は徐々に理解し始めていた。
成長するに従って、リラはどんどん美しく、女性らしくなっていった。
リラの姿が、徐々に夢で見ている女の姿に近づいていく。
それに追従するようにして、夢を見る頻度が、あがっていく。
そうして俺が殺し続けている女がリラだとはっきりと自覚した時、ーー俺は、古の王が自分で、自分は古の王なのではないかという妄執に、支配された。
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