半獣王子とツンデ令嬢

束原ミヤコ

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相変わらずなあなたと私

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 私はクロヴィス様の手を引っ張った。
 いつまでも、足元に跪かせているわけにはいかない。
 ダンスホールの中心にいる私達は嫌でも目立つし、皆が私たちに注目しているのが恥ずかしい。
 クロヴィス様は立ち上がると、私の体を引き寄せた。
 骨が軋むほどに強い力で抱きしめられて、眉を顰める。

「……あの、ロヴィ、……もう、怒っていないから。だから、恥ずかしいわ」

 楽隊の音楽が、ゆっくり穏やかな音色を奏で始める。
 まるで祝福されているようだった。
 物凄く、恥ずかしい。どうしよう、逃げたい。
 離して欲しいと訴えると、クロヴィス様は私の耳元に唇を寄せる。

「俺の態度を、学園の生徒達は見ているからな。これは、わざとやっている。俺はリラを愛していて、リラは俺のものだと、見せつけている最中だ。だから、離さない」

 低い声が鼓膜を震わせる。
 ぞくりとした何かが背筋を走り、顔が勝手に赤くなるのが分かる。
 むき出しの背中に当たる硬い手の平や、布越しに感じられる体温が熱くて、落ち着かない気持ちになる。
 ――感情が乱れるのは、苦手だ。
 悲しかったり、苦しかったり。恋というのは、得意じゃない。
 けれど、私は――やっぱり、クロヴィス様が好き。
 恥ずかしいし照れくさいけれど、私もクロヴィス様の背中におずおずと腕を回した。
 クロヴィス様の背中は広くて、しがみつくことしかできなかった。
 幼いころは背丈は同じぐらいだったのに、――こんなに、変わってしまった。その変化が、今は愛しい。
 
「――リラに会えず、声も聞けないこの一か月は、辛くて、苦しくて、寂しかった。リラが男に運ばれて寮に戻ってきたとき……、本当は、追いかけたかった。胸が、潰れそうで……、こんなに苦しいなら、さっさとあの女を殺してしまおうかとさえ、思った」

「物騒なこと言うんじゃないわ。……でも、私も、……寂しかった。……もう、駄目なのかと、思ったもの」

「リラ」

 名前を呼ばれて、私は顔をあげた。
 クロヴィス様の真剣な顔が、私を見下ろしている。
 黒いさらさらの髪に、二つの尖った耳が愛らしい。綺麗で上品だけれど、どことなく野性味のある顔立ちを、私はじっと見つめた。
 紫色の瞳の奥に、激しい熱のようなものを感じる。鼓動が早まる。
 周囲の喧騒など気にならなくて、音がすべて消えてしまったような、妙な感じだ。
 徐に顔が近づき、唇が触れる。
 軽く触れるだけの口づけを目を閉じて受け入れる。

「――ん、んぅう……!?」

 目を閉じて、受け入れていた私は、びくりと体を大きく震わせた。
 クロヴィス様の背中に回していた手で、その服を掴んで思い切り引っ張る。
 何これ。
 なんなの、これ。
 口の中に、ぬるりと舌が入ってくるのが分かり、私は大混乱した。
 なにこれ、なにこれ。舌が、口に、舌が。
 まるで食べられているみたいに、クロヴィス様の大きな舌が私の口の中を動き回る。
 体験したことのない感覚が体に走り、羞恥と混乱で涙がこぼれた。
 一生懸命服を引っ張ってみたけれど、びくともしない。体はがっちり腕の中に抱き込まれていて、首と頭が逃げないように手のひらで固定されている。
 どういうことなの。どうして、公衆の面前でこんな目にあっているの、私。
 これじゃあとんだ羞恥プレイだわ。先程までのクロヴィス様は、愛らしくて、格好良くて、それこそ、――ちゃんと、王子様だったのに。
 エイダとの一か月、頑張り続けたせいで更に乱心しているのかしら。
 口の中がいっぱいになっているせいで、呼吸ができなくて苦しい。唾液が妙に甘くて、口から溢れて零れるのが分かる。
 なんてはしたない姿を、私は人前で晒しているのかしら……!
 確か、クロヴィス様は私を食べたいと昔言っていたけれど、食べるとはこういうことなの?
 とうとう、我慢できなくなってしまったのかしら。

「ふ、ぅあ……っ」

 息が苦しくて、私はクロヴィス様の背中を叩いた。
 長い口づけ――のようなもの、が終わり、私は顔を真っ赤にさせて呼吸を乱しながら、くたりと力が抜けそうになる体を叱咤して、クロヴィス様に体を預けてしまうことをなんとか回避した。
 一生懸命体をねじり、クロヴィス様の腕から抜け出すと、唾液に塗れた唇を手のひらでごしごしと拭う。

「リラ……、嫌だっただろうか」

 私の態度に傷ついたような顔をするクロヴィス様を、私は半眼で睨んだ。

「うるさい、馬鹿! 馬鹿! どんな羞恥プレイよ、馬鹿じゃないの、馬鹿!」

 羞恥と腹立ちでわけがわからなくなって、大混乱したまま私は邪魔なスカートをたくし上げると、クロヴィス様の脛をヒールのある靴で思い切り蹴った。
 さして痛そうな顔をしないどころか、嬉しそうに尻尾をぱたぱたさせるクロヴィス様から、ぷいっと顔を背けると、私は大広間から逃げるために入り口に向かって速足で歩きだす。
 靴とドレスのせいで、あまり早く走れないのが苛々するわね。
 ふいに体が軽くなるのを感じる。
 あれよあれよという間に、私はクロヴィス様の腕に抱き上げられていた。

「皆、騒がせてすまなかったな。夜は長い、存分に楽しんでくれ」

 クロヴィス様は私を抱き上げて、大きな声で言った。
 何故か湧き上がる拍手の中、私はクロヴィス様に攫われるようにして、大広間から城の外へと出たのだった。


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