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喫茶店の隣の席での別れ話は気まずい
しおりを挟むしばらくカレルさんと学園の授業や生活、食堂のメニューなどについて話をしていると、「兄さん、仕事に戻ってください」とエミル君が呼びに来た。
休日ということもあってか、お客さんが結構多い。もともと人気のお店なので、あまり長居すると迷惑になってしまうだろう。
カレルさんたちが仕事に戻り、再び一人になった私がケーキを食べてしまおうとフォークを手にしたときだった。
扉の開く音が聞こえたなぁと思っていたら、私の前に音もなく座る大きな人影がある。
カレルさんが戻ってきたのだろうかと思って顔を上げると、そこには頭からフードをすっぽりかぶったそれはそれは怪しい男が座っていた。
「ひ……っ」
私は小さな声で悲鳴を上げる。
今まで王都をうろうろしていて危ない目にあったことは一度もなかった。
それに、ルシアナが手配してくれた『お嬢様のはじめてのお使いを見守り隊』に所属する使用人の方々もいるのだ。
私に危険が及ぶ前に、危険人物を排除し、捕縛してくれているらしい。
ルシアナの話では、「お嬢様が外遊びをするたびに王都の治安が良くなるので、わりと重宝がられています」ということである。
皆に完全に甘えている私なので、外遊びに出かけたときはちゃんと皆にお土産を買っていくようにしている。
それはともかく、常に見守られている私の前に現れることができたこの不審な男は、つまり、安全、ということになる。
私はじろじろと男を見た。
目深にかぶったフードから除く顔だちは非常に整っている。
耳をしまい込んでいるのだろう。フードは不自然に二か所こんもりと尖っていた。
「……ロヴィ」
クロヴィス様と呼びそうになって、私は考え直した。
私は身分を隠しているけれど、偽名は使っていない。それはリラという名前が左程珍しくないからだ。
それは花の名前である。響きの可愛さと別名ライラックと呼ばれる花の可憐さから、女性の名前としては結構人気だ。
王都を探せば同名の人間など山のようにいるだろう。
けれど、クロヴィス様はそうではない。クロヴィスという名前はあまり聞かないし、王太子殿下はあまりにも有名。顔だって、絵姿などが王都では売られていたりもする。
王家の方々の絵姿というのは、なかなか縁起が良いらしい。あとは、まぁ、顔立ちが良いのだ。
役者の方々の絵姿も結構人気があるけれど、同じ理由で王家の方々の絵姿も人気があるのである。
「リラ……」
目深にかぶったフードのせいで、目に影がかかっている。
けれど、クロヴィス様がどんより薄暗い理由はそれだけではない気がする。
先程まで爽やかだった窓際の席が、今は私の正面に座っているクロヴィス様のせいで空気が淀んでいるようだ。
やっぱりクロヴィス様だった。
顔は半分ぐらい隠れているけれど腐れ縁だから分かるし、声もクロヴィス様のものだ。
「今日はどうしたんです? ロヴィもお出かけですか?」
「……あぁ。リラに会いたくて寮に行ったら、……ルシアナから、リラは一人で街にでかけたと聞いて、心配になっておいかけてきた」
「毎日会ってるのに、休日まで会いたがるのやめてくれないかしら」
私は若干げんなりした。
けれど、悪い気はしない。最近の私の心境の変化にも困ったわね。
これが飼いならされているというやつなのかしら。
「……俺に知られたくなかったのは、……この店に恋人がいたからなのか……?」
クロヴィス様はとてつもなく苦しそうに、そして泣き出しそうな様子で、震える声で言った。
私は手にしていたフォークを取り落としそうになって、慌てて指先に力を込めた。
爽やかな休日が、私の息抜きが、喫茶店での別れ話に一瞬のうちに変わった。
「恋人?」
誰の事。
私は店内に視線を巡らせる。店にいるお姉様方が、一斉にこちらに聞き耳を立てているのがわかる。
ごめんなさい、本当にごめんなさい。
せっかく皆美味しいケーキを食べに来たというのに、店を修羅場にしてしまって申し訳ないわ。
まさか、エミル君かしら。
それとも、カレルさん?
ごく普通の距離感で少しだけ会話をしただけなのに、私の恋人認定されてしまうとか、どう考えても貰い事故である。
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