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土下座は案外気分が良くない
しおりを挟む私の足元にひれ伏している情けのないクロヴィス様を、私は腕を組んで見下ろした。
ルシアナは出来る侍女なので、私の手からそっと制服を受け取り、再びクローゼットにかけたり、荷物の片づけを行ったり、私達から離れてさっさと仕事を始めている。
自分は関わるべきではないと判断したらしい。
できることなら関わって欲しかった。
私は土下座というものを初めて見たし、はじめてされたのだけれど、正直あまり気分は良くない。
だってこれでは、私が虐めてるみたいじゃない。
「……あのねぇ、クロヴィス様。やめて頂戴。私たちは婚約者だけれど、私の母とクロヴィス様の御父上は兄妹だし、従妹なのよ。小さい頃から顔見知りの、幼馴染でもあるわ。だから、そういう態度をとられると、困るのよ」
私は足元に蹲るクロヴィス様の前にしゃがみ込んで、訥々と諭した。
なるだけ優しい声を出してあげた。
今のクロヴィス様の心はきっと硝子のように繊細に違いない。いつもの調子で、「いい加減になさい、蹴りますよ」とか言ったら、泣いちゃうかもしれない。
「……俺は、リラに酷い態度をとってきてしまった……、全ては俺の慢心のせいだ。すまない、本当に……」
少し掠れて低く、堂々と張りのある声音が、今は震えて情けない。
泣いちゃうかもしれない、ではなく、泣いてないかしら、これ。
私は溜息をついた。
これでは、顔を合わせても「おう」とか、「リラ」とか、単語しか言わないクロヴィス様の方が幾分かマシである。気軽にそばに居られるという意味で。
「別に私は気にしてませんし。むしろ、リラ、私の銀雪の妖精、とか言いながら、手の甲に口付けとかされる方が嫌ですし」
「だ、誰がリラにそのような事をしたんだ……、どこの、良い男が、リラにそんな……、リラ、俺は心を入れ替える。これからは会う度に、俺の愛しの白百合と言って、口付けをすることを誓う。だから今までの慢心この上ない、不遜な態度については許して欲しい」
「や、やや、やめて、やめてくださいよ……、今、鳥肌が、ぞわぞわっと、鳥肌が立ちましたよ、絶対嫌ですから、本当に嫌ですから」
会う度に『愛しの白百合』とか言われるとか、悪夢だわ。
夢見がちな恋愛小説のような態度をとられるのが、一番嫌なのに。
ともかく私は、クロヴィス様の体を起こそうとして、ローブを変形させたような制服を引っ張ってみる。
私も早く新しくできた制服に袖を通したいのに、クロヴィス様に構っているせいで、まるで新生活を楽しめていない。
中々起きないので、だんだん腹が立ってきて、しゅんとしおれている黒い艶やかな毛でおおわれた、狼みたいな耳を引っ張てみる事にした。
獣耳には、久しぶりに触るけれど、毛足が艶々なことと、触れるとぴくぴく動くのがたまらなく良い。
やはり、耳と尻尾は良い。無いよりもある方が断然良い。
ぐい、と引っ張ると、クロヴィス様はやっと顔をあげた。
泣いてはいなかったけれど、泣き出しそうな顔だ。
男らしく秀麗な顔立ちが、情けなく歪んでいる。
紫色の宝石のような綺麗な瞳がうるうると涙に潤んでいるのが、妙に愛らしい。
私はしゃがんでその頭についている三角形の耳を引っ張っているので、丁度視線があった。
子犬みたいだった。
「……俺に愛を囁かれるのが嫌だというのは、やはり既に他に、良い男がいるのか……?」
「その良い男っていうのは、一体誰の事なんですか。具体的にどんな人のことなんですか」
「まだ分からない」
「……とりあえず、座って話しましょう」
先程からクロヴィス様の話はふんわりしすぎている。
私はやや疲れてしまい、椅子に座りたくなった。
床にしゃがむような姿勢には慣れていないのよ。床にしゃがんで生活したことが一度もないから。
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