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白蛇の王
しおりを挟むしかし──。
痛みも、苦しみも、衝撃も。フェリシアには、もたらされなかった。
「いやあああっ」
「助けて!」
「何故、サリハの兵が!?」
人々の逃げ惑う声、悲鳴、何かが潰れる音。
そんな音が響く中で、フェリシアは瞳を開く。
「フェリシア、無事か!?」
フェリシアの前に、見上げるほどの偉丈夫が立っている。やや浅黒い肌に白に近い銀の髪をして、異国の鎧を着た美しい男だった。
彼はフェリシアに剣を降り降ろそうとしている男たちの腕を、剣を抜き一瞬のうちに切り落とした。
そして、次々に向かってくる兵士たちを、憎悪交じりの怒りの瞳で睨みつける。
青年の姿が、王都の家々よりも背の高い、巨大な美しい蛇の姿に変わる。
蛇はロザミアの兵たちをばくりと口に咥えて、勢いよく吐き出した。
兵士たちは家や地面や壁に、子供が投げた石ころのようにぶつかって動かなくなる。
蛇は青年に姿を戻した。空からは、黒い大きな烏に乗ったサリハの兵士たちが、次々と降りてくる。
サリハの兵は、虎や狼や巨鳥へと姿を変えて、ロザミアの兵士たちを圧倒する。
青年はその様子を一瞥すると、それからフェリシアを断頭台から助け出して、抱きあげた。
「……あなたは……イグニス……?」
「わかるか、フェリシア。あぁ、そうだ。俺は君に救われた蛇の、イグニスだ」
「どうして……」
「サリハの民は、変幻の力が使える。変幻時は、人間体のときよりも体が頑丈になる。蛇の体が二つに斬られても、頭さえ潰されなければ再生が可能だ。ある程度は、ではあるが」
そんなことよりも──と、青年が続ける。
「俺はイグニス・サリハ。サリハ王国の正当なる後継者だ。君を奪いに来た、フェリシア。遅くなってすまない」
「……イグニス……様」
イグニスが、サリハの王──?
けれどイグニスは、人間の姿にならなかった。どうして、今になって。
たくさんの疑問が浮かんだが、フェリシアはただ、イグニスの名前を呼ぶことしかできなかった。
「皆、聞け! 俺の命の恩人、フェリシアの身柄は確保した! ロザミアを滅ぼすのは今日ではなくていい。首の皮が一枚繋がってよかったな、オスウィン、そしてハインツィアの家のものたちよ」
オスウィンとフローラが、そして国王夫妻。
それから、ハインツィア公爵と、マデリンが──。
見えない何かに切り裂かれるように、片腕から、顔から。
両方の瞳から、口から。
そして足から、それぞれ鮮血を噴き出した。
イグニスの背から、八の首をもつ白蛇がはえて、鎌首をもたげているように──フェリシアには見えた。
その蛇たちがそれぞれ、オスウィンたちの体を引き裂いたのだ。
彼らは悲鳴と呻き声をあげながら、崩れ落ちる。
「フェリシアが受けた痛みを知れ! 致命傷ではないから安心をしろ。簡単には殺してやらない。そんな、もったいないことはしない。死とは、終わりだからな」
イグニスの号令にこたえて、サリハの兵士たちが空から飛来する黒い鳥の足に捕まり、背に乗る。
そこには鳥の姿も、そして竜の姿もある。
翼のある動物たちが、人の姿に戻ったサリハの兵を引きあげさせていく。
「これからじわじわと、少しずつお前たちから奪ってやる。手を、目を、足を、声を。全てを、だ。サリハがいつでも王城を落とせることを、ゆめゆめ忘れるな。寝首をかかれる日を想像し、震えながら眠れ」
血を流す王たちの姿に、ロザミアの兵士たちは恐慌状態に陥った。
イグニスはフェリシアを抱きあげたまま、軽々と竜の背に飛び乗った。
「行こう、フェリシア。約束を果たしに来た。サリハでいつか、一緒に暮らそうと、約束をしたな」
「イグニス……イグニス様、生きていて、よかった……っ」
フェリシアとイグニスを乗せた竜は、ロザミアを越え、国境を越える。
美しい黄金色の砂がどこまでも続く、砂漠の上を飛んでいく。
イグニスに抱きついて泣きじゃくるフェリシアを、イグニスはもう離さないとでもいうように、強く抱きしめていた。
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