上 下
84 / 84

愛しい夜がずっと続きますように

しおりを挟む


 ダンテ様はくすくす笑っている私を眉を寄せて睨んだ。
 といってもこれは怒っているわけではなくて、困惑しているのだ。

「ごめんなさい。ダンテ様も同じぐらい、私と緊張しているのがわかって、なんだか安心してしまって」

「……緊張が、伝わってしまうのは、どうにも恥ずかしいな」

「あまり、言わない方がいいですか?」

「いや。だが……戦場に立っていた方が、気が楽だ」

「私といると、落ち着きませんか?」

「そうではなく。……その、君が愛しくて、どうにかなってしまいそうになる」

 それは、私も同じだ。
 一瞬、安堵したように緊張が抜けたものの、再び心臓がうるさいぐらいに高鳴りはじめる。

 ダンテ様の声が皮膚を通じて体の奥底にじんわり染みこんでくるかのようだった。

「あの……ロゼッタさんたちが色々と準備をしてくれて。お酒もあります。飲みますか、ダンテ様」

「いや。今日は、いい。酒に酔って、大切な記憶を失いたくない」

「……っ」

 ダンテ様はベッドに足をかけて、私に体を寄せる。
 立派なベッドが、ダンテ様の重みに僅かに沈む。

 私一人だと広すぎるベッドだけれど、体格のよいダンテ様と一緒だとちょうどいいぐらいの大きさだ。

 精悍な顔が至近距離にあって、私は緊張と羞恥に身をすくませる。
 恥ずかしがっていないで、積極的に。頑張らなくては――なんて思っていた。

 けれど、そんなことも吹き飛んでしまうほどに、体が硬くなってしまう。

「綺麗だ、ディジー」

 耳元でささやかれて、顔にぶわっと熱が集まる。
 ダンテ様は、婚礼の儀式からなにかが吹っ切れたように、飾らない言葉で気持ちを伝えてくれる。

 嬉しい。けれど、照れてしまう。

「……ありがとうございます」

「いつも、楽しそうにしている君がこれほど緊張をしている姿は、はじめて見た」

「……私も、驚いています。もっと、平気でいられるって、思っていました。でも、はじめてのことなのでドキドキしてしまって」

「俺も同じだ。できる限り、傷つけないようにする。ディジー……触れても、いいか」

「はい」

 言葉を奪うように、唇が重なる。
 私よりもずっと大きな手が、私の腰を抱きすくめる。
 唇を合わせながらそっとベッドに倒されて、私は心許なさにダンテ様の腕をぎゅっと掴んだ。

 舌先が唇の間を撫でる。
 促されるようにして唇を開くと、もっと深く唇が合わさった。

 私はダンテ様を、遠慮がちで謙虚で、恥ずかしがり屋な方だと思って侮っていたのだろう。

 私が頑張らなくてはいけないなんて――そんなことは全くなくて。

 逞しく、立派な体躯に縋り付くことしかできなくて。
 ずっと私を好きだったのだというダンテ様の思いを、ぶつけるように。
 荒波に揉まれる小舟のように翻弄されて、涙の雫をこぼした。

「ディジー、辛くは?」

「……大丈夫です」

「愛している。好きだ、ディジー。まるで、夢のようだ」

「夢では、ありませんよ。……私はここにいます。あなたの、傍に。これからも、ずっと」

「あぁ」

 挙式をあげて皆に祝福されたとき、これ以上幸せなことはないと思った。
 けれど、こうして、取り繕うものなんてなにもないぐらいに体を寄せ合い指を絡め合っていると。

 甘美な多幸感で胸がいっぱいになる。

 体が溶け合ってしまうように。
 一人ではないのだと。寂しくないのだと。

 怖いことはもうなにもなくて、あなたとずっと、愛し合っていられるのだと。
 それを嬉しいと、強く思う。

 筋肉の隆起する背中を撫でて、助けを求めるように軽く爪を立てる。
 謝る私に、なんでもないように、むしろ嬉しそうにダンテ様は艶やかに微笑んだ。

 こんな時でも、笑わない男性の笑顔とは凶悪なものなのだと、思い知らされる。

 胸がきゅっとして、愛しさが体中にあふれた。

 一生分の大好きを伝えて、それ以上の幸福を伝えて。
 ぐったりとベッドに疲れ果てて横たわる頃には、夜明けが近かった。

「……すまない、ディジー。……辛くはないか。夢中に、なってしまって」

「ダンテ様。こういう時は……といっても、はじめてなので、私も詳しく知っているわけではありませんけれど。でも、言うべきは、すまないではなくて」

「愛している」

「っ、はい、私も……大好きです、ダンテ様」

 力の入らない指をダンテ様の手に絡めて、微笑む。
 引き寄せられて抱きしめられると、抗えない眠気に襲われる。

 日が落ちるとすぐに眠ってしまう私が、こんなに起きているのは――生まれてはじめてかもしれない。

「ごめんなさい、もう、眠くて……もっと、お話ししたいのに」

「明日も、明後日もずっと、一緒だ。おやすみ、ディジー。君の安らかな眠りを妨げるものがないように、君を俺がこれからもずっと守っていく。だから、ゆっくり眠れ」

「……ダンテ様。……あなた、好き。大好きです」

 抱きしめられると、安堵が体に満ちる。

 私は目を閉じて、微笑んだ。
 愛しさに満ちたこんな夜が、ずっと続いていけばいい。

 これからも、ずっと。いつまでも、ずっと。


しおりを挟む
感想 4

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(4件)

ねず
2024.03.24 ねず

ラブコメというより純愛ですね
ダンテ君とデイジーちゃん
いつまでも2人でお幸せに

いつか2人の子供ができて故郷に里帰りするみたいな番外編読んでみたいです。

読み終わってほっこり幸せな気分にさせてくれた作品に感謝です🤗

解除
ストロベリー ラビット

めっちゃ面白かったです!
デイジーの底抜けな明るさと優しさが、まったく嫌味ではなく、本当にいい子で、回りの人々を幸せにしていってくれますね♡

グリフォンを懐かせるのかなーと期待していたので、ぜひ番外編お願いします(இωஇ)♡

解除
すーさん
2024.03.19 すーさん

甘〜い❤️

解除

あなたにおすすめの小説

女嫌いな辺境伯と歴史狂いの子爵令嬢の、どうしようもなくマイペースな婚姻

野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
恋愛
「友好と借金の形に、辺境伯家に嫁いでくれ」  行き遅れの私・マリーリーフに、突然婚約話が持ち上がった。  相手は女嫌いに社交嫌いな若き辺境伯。子爵令嬢の私にはまたとない好条件ではあるけど、相手の人柄が心配……と普通は思うでしょう。  でも私はそんな事より、嫁げば他に時間を取られて大好きな歴史研究に没頭できない事の方が問題!  それでも互いの領地の友好と借金の形として仕方がなく嫁いだ先で、「家の事には何も手出し・口出しするな」と言われて……。  え、「何もしなくていい」?!  じゃあ私、今まで通り、歴史研究してていいの?!    こうして始まる結婚(ただの同居)生活が、普通なわけはなく……?  どうやらプライベートな時間はずっと剣を振っていたい旦那様と、ずっと歴史に浸っていたい私。  二人が歩み寄る日は、来るのか。  得意分野が文と武でかけ離れている二人だけど、マイペース過ぎるところは、どこか似ている?  意外とお似合いなのかもしれません。笑

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

本日、私の大好きな幼馴染が大切な姉と結婚式を挙げます

結城芙由奈 
恋愛
本日、私は大切な人達を2人同時に失います <子供の頃から大好きだった幼馴染が恋する女性は私の5歳年上の姉でした。> 両親を亡くし、私を養ってくれた大切な姉に幸せになって貰いたい・・・そう願っていたのに姉は結婚を約束していた彼を事故で失ってしまった。悲しみに打ちひしがれる姉に寄り添う私の大好きな幼馴染。彼は決して私に振り向いてくれる事は無い。だから私は彼と姉が結ばれる事を願い、ついに2人は恋人同士になり、本日姉と幼馴染は結婚する。そしてそれは私が大切な2人を同時に失う日でもあった―。 ※ 本編完結済。他視点での話、継続中。 ※ 「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載しています ※ 河口直人偏から少し大人向けの内容になります

【完結】転生したぐうたら令嬢は王太子妃になんかになりたくない

金峯蓮華
恋愛
子供の頃から休みなく忙しくしていた貴子は公認会計士として独立するために会社を辞めた日に事故に遭い、死の間際に生まれ変わったらぐうたらしたい!と願った。気がついたら中世ヨーロッパのような世界の子供、ヴィヴィアンヌになっていた。何もしないお姫様のようなぐうたらライフを満喫していたが、突然、王太子に求婚された。王太子妃になんかなったらぐうたらできないじゃない!!ヴィヴィアンヌピンチ! 小説家になろうにも書いてます。

余命六年の幼妻の願い~旦那様は私に興味が無い様なので自由気ままに過ごさせて頂きます。~

流雲青人
恋愛
商人と商品。そんな関係の伯爵家に生まれたアンジェは、十二歳の誕生日を迎えた日に医師から余命六年を言い渡された。 しかし、既に公爵家へと嫁ぐことが決まっていたアンジェは、公爵へは病気の存在を明かさずに嫁ぐ事を余儀なくされる。 けれど、幼いアンジェに公爵が興味を抱く訳もなく…余命だけが過ぎる毎日を過ごしていく。

私は幼い頃に死んだと思われていた侯爵令嬢でした

さこの
恋愛
 幼い頃に誘拐されたマリアベル。保護してくれた男の人をお母さんと呼び、父でもあり兄でもあり家族として暮らしていた。  誘拐される以前の記憶は全くないが、ネックレスにマリアベルと名前が記されていた。  数年後にマリアベルの元に侯爵家の遣いがやってきて、自分は貴族の娘だと知る事になる。  お母さんと呼ぶ男の人と離れるのは嫌だが家に戻り家族と会う事になった。  片田舎で暮らしていたマリアベルは貴族の子女として学ぶ事になるが、不思議と読み書きは出来るし食事のマナーも悪くない。  お母さんと呼ばれていた男は何者だったのだろうか……? マリアベルは貴族社会に馴染めるのか……  っと言った感じのストーリーです。

拝啓 お顔もお名前も存じ上げない婚約者様

オケラ
恋愛
15歳のユアは上流貴族のお嬢様。自然とたわむれるのが大好きな女の子で、毎日山で植物を愛でている。しかし、こうして自由に過ごせるのもあと半年だけ。16歳になると正式に結婚することが決まっている。彼女には生まれた時から婚約者がいるが、まだ一度も会ったことがない。名前も知らないのは幼き日の彼女のわがままが原因で……。半年後に結婚を控える中、彼女は山の中でとある殿方と出会い……。

婚約者が他の女性に興味がある様なので旅に出たら彼が豹変しました

Karamimi
恋愛
9歳の時お互いの両親が仲良しという理由から、幼馴染で同じ年の侯爵令息、オスカーと婚約した伯爵令嬢のアメリア。容姿端麗、強くて優しいオスカーが大好きなアメリアは、この婚約を心から喜んだ。 順風満帆に見えた2人だったが、婚約から5年後、貴族学院に入学してから状況は少しずつ変化する。元々容姿端麗、騎士団でも一目置かれ勉学にも優れたオスカーを他の令嬢たちが放っておく訳もなく、毎日たくさんの令嬢に囲まれるオスカー。 特に最近は、侯爵令嬢のミアと一緒に居る事も多くなった。自分より身分が高く美しいミアと幸せそうに微笑むオスカーの姿を見たアメリアは、ある決意をする。 そんなアメリアに対し、オスカーは… とても残念なヒーローと、行動派だが周りに流されやすいヒロインのお話です。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。