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婚礼の儀式です、旦那様
しおりを挟むダンテ様の持ってきてくださった国王陛下からのお手紙には、美しい文字で
『吹雪を知らせてくれて感謝する。王都の被害も最小限ですんだ。我が盟友ダンテ・ミランティスと、その賢妻の挙式に私も妻を伴い是非参加させてもらいたい』
というようなことが書かれていた。
「ダンテ様、国王陛下がいらっしゃるということですか……!?」
「あぁ。ディジー、ジェイド陛下と会ったことは?」
「ないです! お会いするなんてとんでもない! お姿を見たこともありません。本当に存在しているかどうかさえわからないぐらいに、天上の方なのです。もちろんダンテ様もですけれど……!」
「俺にとってはディジーが天上の……」
「私が天上の」
「女神、というべきか」
「ふふ……」
小さな声でダンテ様がとても照れながら言ってくれる。
最近は少し、口数が多くなったような気がする。表情もとても豊かだ。
といっても、照れているお顔も、ロゼッタさんたちにはいつもと同じように見えるらしいのだけれど。
「でも、ダンテ様、どうしましょう。国王陛下をおもてなしすることなど私にはとても……」
「ディジー。もてなす必要はない。血縁者でもない貴族の婚礼に、陛下が直々に顔を出すなどあり得ないことだ。断りの手紙を書く」
「だ、駄目です、ダンテ様! せっかくいらしてくださるのですから、断ったら失礼なのでは……!?」
「それはそうです」
「本当にそうです」
ディーンさんとロゼッタさんも私に同意してくれる。
「ダンテ様、ジェイド様には奥方様がいらっしゃいます。ディジー様を奪われたりはしませんので、そう警戒しなくても大丈夫かと思います」
「陛下はかつて、ディジーに興味を持っていた。今更俺から奪おうなど……」
「考えすぎです」
「考えすぎなのでは」
「ダンテ様、陛下まで来られたとあっては、私の家族が倒れてしまうかもしれません。どうしましょう、お父様やお母様は貴いご身分の方に慣れていないのです」
ダンテ様たちがなにやら言い合いをしている間、私は熱を出して倒れるお父様や混乱してウェディングケーキに箒を突き刺すお母様の姿を想像した。
ただでさえ、既に絶対に緊張していると思うのに。
私も緊張してきた。国王陛下直々にお出ましになるなんて、ダンテ様はやっぱりとても尊くていらっしゃる。
「ミランティス家は血縁者はいないので、ダンテ様とディジー様、それに私たちと、エステランド伯爵方だけの、静かな挙式になる予定でしたが、国王夫妻がいらっしゃるとなると、何も用意しないわけにもいきませんね」
「何を用意しましょう、あっ、子豚を丸焼きにしますか? エステランドではお祝いの日には子豚を丸焼きに……! とても美味しいのですよ!」
悩まし気に言うディーンさんに、私は両手を握りしめて精一杯の提案をした。
そこまで言ってはっとして、両手をわたわたと振り回す。
「美味しくても子豚の丸焼きは駄目ですね。子豚よりも川渡りガザミのほうがお祝いらしいでしょうか?」
「川渡りガザミとは」
「大きな蟹ですよ、ダンテ様。大きいもので、私の顔ぐらいあります。お祝いの日にはよく蒸し焼きにされます」
「それは、いいな。ジェイド陛下は珍しいものや真新しいものが好きでな。きっと喜ぶ――が、ジェイド陛下を喜ばせたくないな……別に、その必要はないのでは」
「ダンテ様、本音が漏れていますよ」
「ダンテ様、こういうときだけ饒舌になるのはどうかと思います」
再びディーンさんとロゼッタさんが、ダンテ様を注意した。
私はぽんと手を打つと「それなら、お父様たちにも協力していただきましょう! お父様たちは、もてなされるよりももてなす方が好きなのです。動いていないと落ち着かない性分で」と、言った。
とてもいいことを思いついたためか、私の声は自分でも笑い出したくなるぐらいに明るく弾んでいた。
吹雪があったために、一週間ほど遅れて私とダンテ様の婚礼の儀式の準備が整えられた。
私のドレスは、この日のために十着ほど準備されている。
一日で十着も着ることはできないので、実際に使用するのは婚礼の儀式のための裾の長い白いドレスと、その後の会食用の青いドレス、それから初夜を過ごすため用の薄手のドレスの三着なのだけれど。
それ以外のドレスは、明日や明後日に使用するらしい。
明日も明後日も婚礼着で過ごすのはどうなのかしらと疑問はあるものの、公爵家に嫁ぐとはそういうものなのかもしれない。
「ディジー様、今日は晴れますか?」
「はい、今日はとてもいい天気ですよ。明日も晴れです」
「明日も? 分かりますか?」
「はい。雲の形や、風の匂いで。それから、シロムクドリが南から飛んできています。風は北からふいています。シロムクドリは雨を避けて飛びますので、風のふく方角からは雨雲がきません。だからきっと明日も晴れですよ」
「それはよかった。ディジー様の天気予報を、ミランティス領の人々に伝えたいぐらいです」
「ロゼッタさんも、天気が気になりますか?」
「もちろん。今日はシーツが乾くだろうかとか、傘は必要ないだろうかとか。気になりますよ、それは」
「では、できる限り毎朝、お伝えしますね」
婚礼着に着替えさせてもらいながら、私はロゼッタさんと言葉を交わしている。
侍女の方々も私の爪や髪を整えてくれている。
お人形のようにじっとしていることにも、だんだん慣れてきた。
髪をとかしてもらったり、爪にやすりをかけてもらったりするのは、気持ちがいい。
「ディジー様、ご無理はなさらないでくださいね」
「毎朝空を見るだけですから、無理はしていませんよ」
「きっとこれから、起きられない日も出てくると思うのです」
「そうですよ」
「もちろんそうです」
「起きられない日……? あぁ、なるほど……!」
ロゼッタさんたちの言葉の意味に気づいて、私は頬を染めた。
初夜を迎えるのだと思うと、緊張と気恥ずかしさが混ざり合って、言葉が喉の奥につまってしまった。
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