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いきどまり
しおりを挟む膝下ほどまで積もった雪は、日差しに照らされてずっしり重たいシャーベット状になっている。
それぞれスコップを持ってそれをどかして、足場を作り、いくつかの火桶に薪をいれて火をつけた。
燃えあがる炎に元気づけられるように、大聖堂の道の雪かきに取りかかる。
ここに来るまでにも体力を奪われて、足場を作るのも大変で、疲れが見え始めているロゼッタさんたちを休ませて、ダンテ様と並んで雪をすくっては道の脇に積んでいく。
全く疲れた様子を見せないダンテ様のスコップさばきは素晴らしく、その姿は氷の軍神というよりは氷の土木作業員という感じで、逞しく素敵だった。
ロゼッタさんたちは一休みしながら、カールさんたちと料理をはじめてくれている。
雪道を歩くだけで体力はかなり奪われるものだから、慣れていないロゼッタさんたちは大変だっただろう。
何回か滑りそうになっているのを、カールさんに助けられて、照れていた。
今まではよくわからなかったけれど、人が人を好きになるというのは微笑ましい。
冬から春に変わるように、心が弾むような気持ちになる。
「ダンテ様、疲れませんか? 大丈夫ですか?」
「俺は、問題ない。ディジーは……」
「私はこのとおり、とっても元気ですよ!」
ある程度雪が薄くなると、灰を撒く。日の光がよくあたり、雪が溶けやすくなるのだ。
服や手は灰で黒く汚れるけれど、見た目など気にしていられない。
それにしても、なだらかな丘は今は小山のように見える。
真っ白な雪にすっぽりと覆われて、丘の上にある大聖堂はすっかり隠れてしまっていた。
閉じ込められている人たちは、不安な時を過ごしているだろう。
夕方までに道ができるといいのだけれど――。
「ダンテ様!」
低地でも傾斜があれば雪崩が起きる。
雪崩というか、地滑りというか。丘にはあまり背の高い木々がはえていない。そのせいもあるのだろう。
雪に亀裂が入り、ずるりと斜面を滑って落ちる。
規模はさほどではないけれど、巻き込まれたら雪に埋まってしまう。
「皆、離れろ!」
ダンテ様はすぐに気づいて、私を抱えると、少し離れたところで休憩所を作っている皆の元まで一気に飛び退いた。
私たちと一緒に作業をしていた皆さんも、転がるようにしながら逃げる。
「わ……!」
空を飛んでいるような感覚に私は目を丸くした。
丘の上から雪が滑り落ちて、丘の入り口に積み重なる。それはまるで、小高い壁のようだ。
「だ、大丈夫ですか、ダンテ様! 皆さん無事ですか!?」
「大丈夫です、ディジー様!」
「あぁ、驚いた……!」
巻き込まれた人はいないようだった。
逃げている途中で滑って転んだのか、地面にうずくまったり倒れたりして、いつもは身ぎれいな使用人の皆さんがどろどろになっている。
ロゼッタさんが心配そうに駆け寄ってきてくれる。
私はダンテ様の腕の中から降ろして貰って、大丈夫だと手を振った。
「よく気づいた。ディジー、怪我は」
「助けていただいたので、大丈夫ですよ。皆さんも無事なようで、よかったです」
「ディジー様のお陰です」
「本当に……!」
息を切らしながら、皆さんが返事をしてくれた。
私は倒れている方々に手を差し伸べて、起きあがるのを手伝った。
体についた泥や雪を払ってあげると、皆さん瞳を潤ませながらお辞儀をしてくれる。
そんなに恐縮しなくてもいいのだけれど――。
「ご無事でなによりでした。雪が溶けるのを待つべきでしょうか。これ以上は、危険ですし、皆さんも疲れていますし……」
「……だが、大聖殿の者たちを捨て置くことはできない。神官たちを見殺しにしてはいけない。彼らは、街の者たちの心の支えだ」
「はい。子供たちも中にいるのだと聞きました。ダンテ様、雪を退かすのが難しいなら、物資を持って丘をのぼります。足りないものを届けて、無事を確認できればいいのですから。雪道は得意なので、私が行きますよ」
「駄目だ」
「大丈夫です、これでも私、とても体力があるのです。動けます」
「俺が行く」
「それは駄目です。ダンテ様に何かあったら、ミランティス領の人たちは困ってしまいます」
そんな押し問答をしていると、ロゼッタさんやカールさんたちも「自分が行きます」「私たちが!」と言い出した。
私の提案はよくなかっただろうかと思いながら、困り果てる。
雪道に慣れていないミランティスの人たちよりも、私が行くべきだろうと思うのに。
皆さんすごく心配してくれる。ダンテ様も厳しい顔で、駄目だと言う。
どうすればいいのかしら――。
悩んでいる私の耳に、地響きのような音が聞こえてくる。
「ディジーちゃん! 手伝いに来たよ!」
「ディジー! 見てくれ、すごい牛だ!」
地響きと共に現れたのは、いつも見慣れたハンチング帽をかぶったお父様と、いつ何時もタンクトップ一枚のお兄様の姿だった。
「お父様、お兄様!」
二人とも、巨大な牛に乗っている。
闘牛場のオルデイル牛である。
元々高地の雪山に住んでいるオルデイル牛だ。その上普通のオルデイル牛よりもずっと大きな闘牛用の牛たちは、雪道など全く意に介さないように突き進んできた。
私たちの傍らにいるヴァルツが、苛立たし気に地面を踏み鳴らす。
雪道を突き進むオルデイル牛にちょっと嫉妬している様子である。
私は微笑ましく思いながら、ヴァルツの体を撫でた。
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