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吹雪の朝と笑わない公爵閣下の変化

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 翌日も、激しい雪が降り続いていた。
 ヴァルツや馬たちの世話のために馬屋に行く間も前が見えないぐらいに辺りは白くけぶり、夜から明け方まで降った雪は膝下まで埋もれるほどに積もっていた。

 広い公爵家の各所には暖炉の他にも円形の炉が置かれて炭が燃やされている。
 けれど広すぎるお屋敷はあまり温まることなく、室内でも吐く息が白くなった。
 
 ロゼッタさんたちはエステランドウールのコートを着ていて、いつもはビシッとしている侍女さんたちも一緒に「寒いです」「寒い」と言いながらくっついている。
 ダンテ様と一緒に馬屋の確認に行こうとする私についてこようとするので「来なくていいです」と断った。
 部屋の中で凍えそうになっているのだから、外になど出てはいけない。

 もこもこのコートを着て長靴をはいて、帽子をかぶって外に出て、馬屋まで辿り着く。
 馬屋の中でヴァルツたちは体を寄せ合って静かにしていた。
 飼葉をたして、体を藁で擦り温めるのを手伝う。
 ヴァルツは嬉しそうに、尻尾をパタリと振っていた。
 
 馬番たちが、馬屋にも火を焚いてくれている。そのせいか、屋敷よりは狭い馬屋はそこまで寒くはなかった。
 雪が降ったほうが、あんがい暖かいのが不思議だ。

 馬番の方々にお鍋に入ったスープやパンや葡萄酒などを届けると、「ありがたいです、ディジー様。申し訳ありません、ダンテ様」と口々にお礼を言ってくれた。

「前が見えませんね、ダンテ様。風と雪で吹き飛ばされそうです」

「君は、待っていたほうがよかった」

「ふふ、大丈夫ですよ。慣れているので。それに、馬たちが心配でした。でも、こんなに吹雪になるなんて。ダンテ様、転ばないでくださいね」

「君も足元に気をつけて」

 はぐれないように手を繋いで屋敷に戻る間も、頭や肩に積もるぐらいに雪が後から後から落ちてくる。
 屋敷に戻るとロゼッタさんたちがすぐに、布で私たちの頭や手を拭いてくれて、新しいコートに着替えさせてくれた。
 濡れた長靴を履きかえるついでに、たらいにお湯を用意して、足を温めてくれる。
 ダンテ様は断ろうとしていたので、私がその手を引っ張って「せっかくですから」と並んで一緒に入った。

 ロゼッタさんたちが新しいお湯を沸かしに行っている間、長椅子に座って大きなたらいに一緒に足をつけながら、私はダンテ様の足に自分の足をすり寄せてみる。

 私よりもずっと大きい。足も手も、大人と子供ぐらいの差がある。

「ダンテ様は足も大きいのですね。ほら、私よりも指が一本分ぐらい大きいです」

「君は、小さい」

「はい。ダンテ様に比べると小さいですよ」

 手を差し出してみると、重ねてくれる。関節一本ぶんぐらい大きな手を触れ合わせて、大きさの違いを確認した。

「皆を守ってくれる、大きな手ですね。ダンテ様がしっかりと物資を蓄えていてくださったので、不安なく過ごすことができます。普段からの備えというのはとても大切なものですね」

「ミランティス家での伝統でな。……もちろん全ての当主が立派に責務を果たしていたというわけではないが、俺の両親は立派な人だった。有事の際にすぐに動けるように、倉に金や物資を蓄えておく。戦のためだな」

「なるほど、とても勉強になります。私も、頑張りますね」

「……君は散財とは無縁に見える。むしろ、もう少し何かを欲しがったりしてくれて構わない」

「素敵な旦那様がいて、家の者たちが優しくて。それ以上に欲しいものなんて、何もないですよ。それに、首飾りもいただきました。普段使いするのはおそれおおいぐらいに綺麗なので、大切に宝石箱にしまってあります」

 首飾りは、普段使いしてくれて構わないとダンテ様には言われているけれど、なくしたり傷つけたりしたら大変だ。
 ダンテ様からの贈り物なので、大切にしまってある。

「……ディジー」

「待ってくださいね、ダンテ様。今、何を言いたいか当てます。そのまま、動かないでくださいね」

 何か言いたげに名前を呼んで眉を寄せるダンテ様を、私はじっと見つめる。

「首飾りをつけていないことを気にしている顔です。もちろんとっても気に入っていますよ! 大切なので、大切な時につけようと思っていて。お出かけの日や、それから、着飾った時などに」

「……よくわかったな」

「だんだんわかるようになってきました」

「今は?」

「今は……え、ええと……その、今は、いけませんよ。それは、後で」

「……よくわかる」

 ダンテ様は私の顔にかかった髪を、そっと払うようにして頬に触れた。
 昨日一緒に眠ってから、ダンテ様は何かが吹っ切れたように私に対して親しげに振舞ってくれるようになっている。
 私たちを隔てていた薄い壁が一枚とれたようだった。

 出会った時のことや、再会した時のこと。
 色々なすれ違いやわだかまりが消えたからなのかもしれない。
 私はあまり気にしていなかったけれど、ダンテ様はきっと色々と気に病んでくれていたのだろう。
 
 それはとても嬉しいことなのだけれど。
 見つめる瞳に熱がともり、お湯の中で足を擦り合わせるようにされると、とても落ち着かない気持ちになる。
 
 唇に触れたいと、言われているのがわかる。
 もちろん構わないけれど、人が来る場所では恥ずかしくて、私は俯いた。
 ダンテ様はほんの微かに、口元に笑みを浮かべる。

 笑わない公爵閣下──というのは、どこかにいってしまったみたいだ。
 表情は確かにあまり変わらないけれど、笑っているのが分かる。

 ロゼッタさんや侍女の皆さんには変化がわからないらしいけれど、確かに笑うことが多くなっている。

 新しいお湯を持ってロゼッタさんたちが戻ってきた。
 私とダンテ様を交互に見つめると「私としたことが、お邪魔でしたね……!」と急いで部屋から出て行こうとするので、私は慌ててロゼッタさんを「大丈夫です!」と、引き留めた。


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