65 / 84
吹雪の夜に
しおりを挟む寝衣に着替えて、ダンテ様の元へ向かった。
ロゼッタさんたちに見送られて、室内に入る。
夕方から冷え込み始めていたけれど、日が落ちてからは指先がかじかむぐらいに寒くなっていた。
廊下は寒かったけれど、ダンテ様の部屋の暖炉には赤々と炎がともり温かかった。
「ええと……こんばんは、ダンテ様。お邪魔します」
ダンテ様も着替えを済ませている。シャツの上から深い色合いの暖かそうなローブを着ていた。
いつもよりも首周りがゆったりしているために、太い首やしっかりした鎖骨がはっきりと見える。
「ディジー……待っていた」
すぐに私の元に来て、ダンテ様は私の手をひいて部屋の奥に案内してくれる。
寝室に続く前室のソファセットには、紅茶が用意されている。
それから、樽酒の入ったボトルも置かれていた。
「お酒、飲んでいましたか? 夕食の時にいつもよりもたくさんお召しになっていたようですけれど、大丈夫でしょうか」
「普段は、多少多く飲んでもあまり酔わない。今日は……どうにもな」
「私も、緊張しています。……一緒にいることができて嬉しいのに、緊張するというのは変な感じですね」
「……ディジー、こちらに」
ソファに案内されて、ダンテ様の隣に座った。
少し距離を置いて座ると、腰を抱かれて引き寄せられる。
やや強引なその仕草に、心臓が跳ねる。よく考えたら、私からぐいぐい触ることはよくあったけれど、ダンテ様からというのははじめてかもしれない。
「……嫌ではないか」
「あたたかいです。ダンテ様、あたたかくて、大きいですね」
体を預けるようにしてぴったりとくっついてみる。
私よりもずっと大きな体に寄り添っていると、宿木にとまる鳥になったようだった。
「ディジー、君は小さくて、柔らかい」
「そんなに小さいほうではないですよ。ダンテ様が特別大きいのです」
「そうか」
「はい。昔のように線の細い少年の面影があれば、私もすぐに思い出していたかもしれません。あの時は、私はダンテ様のことを年下の男の子だと思っていたのですよ」
「小さかったからな。それを、悩んでもいた」
「そうなのですね。本当に、とても大きくなられました。ダンテ様と結婚したい女性は沢山いるのだと聞きました。ダンテ様が女性たちに人気だというのはよくわかります。私が雌羊であれば、ダンテ様と交尾をしたいと思うでしょうし」
「待て、ディジー」
「はい」
「色々と、気になることが……」
ダンテ様がお酒に手を伸ばしたので、私も紅茶のカップを手にした。
一口飲むと、体があたたまる。
ミランティス家は砦のように立派だから、風で家が揺れるようなことはない。
けれど、強い風が窓に打ちつけている音がする。ごうごうと、風が鳴り始めている。
「……勘違いをされているようだが、俺と結婚を望む貴族の娘たちは、俺と結婚をしたいのではなく、ミランティス家に嫁入りをしたいというだけだ。女性と個人的に関わるようなことは、ほぼなかった。俺は、なんというか、愛想がないだろう。ただ黙っているだけで、威圧的に見えるらしい」
「そうなのですね。ダンテ様の威風堂々とした佇まいは大変素敵だと思います。ただそこにいるだけで、自然と雌が寄ってくるような素晴らしい男性的魅力で満ちていますよ」
「そ、そうか。……君も、そう感じてくれていると、思ってもいいのだろうか」
「はい、もちろんです」
「その、こ、交尾の話だが」
「春先になると、動物たちは恋の季節になります。子孫を残すために発情期になるのですね。自然な成り行きに任せることもあれば、優秀な馬や牛を産んでもらうために、私たちがこれはという雄を選んでお見合いをさせることもあって」
「君も、その」
「人間にも発情期というものがあるのでしょうか? 今は春で、私はあなたに恋をしましたので、もしかしたら同じかもしれません。人間も動物ですから」
ダンテ様は何かを吐き出すように、小さく息をついた。
はっきりと浮き出た喉仏が上下するのが見える。
「ディジー……可憐な君の口からそのような言葉を聞くと、どうしていいのか」
「ご、ごめんなさい……私も少し、雰囲気に飲まれたといいますか、酔っているみたいです」
「君に触れてもいいのだと、許可を与えられているのだと受け取ってもいいのだろうか」
指先が、唇を辿った。
熱を持った瞳に見つめられて、私は自分の瞳が潤むのを感じる。
泣きたいわけじゃないのに、どうしてか視界がぼやける。
「君と再会したときに、俺は……愛していると、伝えそうになった。誤魔化すために、あのような醜態を晒してしまったのだが……今なら、伝えていいだろうか」
お酒のせいだろう。
いつもよりもずっと饒舌なダンテ様の低い声が、静かな部屋に密やかに響く。
「君と出会った時、俺は両親を失ったばかりだった。俺の事情を何も知らない君は、それでも何かを察したように俺を励ましてくれた。どれほど救われたのか、わからない程に。俺にとって君は、俺の人生の全てになった」
あれほどうるさく響いていた風の音がぴたりとやんでしまったかのように、ダンテ様の声だけしか聞こえない。
触れられている肌が熱を持ったように熱い。
胸はうるさいぐらいに高鳴り続けていて、他のことなんて考えられないぐらいに、聴覚も触覚も、五感の全てがダンテ様でいっぱいになっている。
「だから……俺の元に君が来てくれたことがあまりにも、嬉しくて。思わず、君を愛していると叫びそうになってしまった」
「叫ぶ……ダンテ様が? いつも、落ち着いていらっしゃるのに」
「君の前では醜態ばかりを晒している。自分が、自分ではないようだ」
「そんな風には見えませんよ。いつも、素敵です。それに可愛らしくていらっしゃいます」
「……ディジー、愛している。君だけを、ずっと想っていた」
「……っ」
体に僅かに緊張が走った。
囁くように告げられた言葉に、全身が震える。
「愛さないような、そうでもないような……という言葉も、今思えばとてもお可愛らしくて、私は好きです」
「あれは、忘れてくれ」
気恥ずかしさを誤魔化しながらくすくす笑う私の頬を、大きな手のひらが撫でた。
焦点がぼやけるぐらいに、距離が、近づいていく。
触れた唇は柔らかく、お酒の味がした。
86
お気に入りに追加
1,551
あなたにおすすめの小説
女嫌いな辺境伯と歴史狂いの子爵令嬢の、どうしようもなくマイペースな婚姻
野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
恋愛
「友好と借金の形に、辺境伯家に嫁いでくれ」
行き遅れの私・マリーリーフに、突然婚約話が持ち上がった。
相手は女嫌いに社交嫌いな若き辺境伯。子爵令嬢の私にはまたとない好条件ではあるけど、相手の人柄が心配……と普通は思うでしょう。
でも私はそんな事より、嫁げば他に時間を取られて大好きな歴史研究に没頭できない事の方が問題!
それでも互いの領地の友好と借金の形として仕方がなく嫁いだ先で、「家の事には何も手出し・口出しするな」と言われて……。
え、「何もしなくていい」?!
じゃあ私、今まで通り、歴史研究してていいの?!
こうして始まる結婚(ただの同居)生活が、普通なわけはなく……?
どうやらプライベートな時間はずっと剣を振っていたい旦那様と、ずっと歴史に浸っていたい私。
二人が歩み寄る日は、来るのか。
得意分野が文と武でかけ離れている二人だけど、マイペース過ぎるところは、どこか似ている?
意外とお似合いなのかもしれません。笑
完)嫁いだつもりでしたがメイドに間違われています
オリハルコン陸
恋愛
嫁いだはずなのに、格好のせいか本気でメイドと勘違いされた貧乏令嬢。そのままうっかりメイドとして馴染んで、その生活を楽しみ始めてしまいます。
◇◇◇◇◇◇◇
「オマケのようでオマケじゃない〜」では、本編の小話や後日談というかたちでまだ語られてない部分を補完しています。
14回恋愛大賞奨励賞受賞しました!
これも読んでくださったり投票してくださった皆様のおかげです。
ありがとうございました!
ざっくりと見直し終わりました。完璧じゃないけど、とりあえずこれで。
この後本格的に手直し予定。(多分時間がかかります)
【完結】母になります。
たろ
恋愛
母親になった記憶はないのにわたしいつの間にか結婚して子供がいました。
この子、わたしの子供なの?
旦那様によく似ているし、もしかしたら、旦那様の隠し子なんじゃないのかしら?
ふふっ、でも、可愛いわよね?
わたしとお友達にならない?
事故で21歳から5年間の記憶を失くしたわたしは結婚したことも覚えていない。
ぶっきらぼうでムスッとした旦那様に愛情なんて湧かないわ!
だけど何故かこの3歳の男の子はとても可愛いの。
セレナの居場所 ~下賜された側妃~
緑谷めい
恋愛
後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。
我儘令嬢なんて無理だったので小心者令嬢になったらみんなに甘やかされました。
たぬきち25番
恋愛
「ここはどこですか?私はだれですか?」目を覚ましたら全く知らない場所にいました。
しかも以前の私は、かなり我儘令嬢だったそうです。
そんなマイナスからのスタートですが、文句はいえません。
ずっと冷たかった周りの目が、なんだか最近優しい気がします。
というか、甘やかされてません?
これって、どういうことでしょう?
※後日談は激甘です。
激甘が苦手な方は後日談以外をお楽しみ下さい。
※小説家になろう様にも公開させて頂いております。
ただあちらは、マルチエンディングではございませんので、その関係でこちらとは、内容が大幅に異なります。ご了承下さい。
タイトルも違います。タイトル:異世界、訳アリ令嬢の恋の行方は?!~あの時、もしあなたを選ばなければ~
転生したら、実家が養鶏場から養コカトリス場にかわり、知らない牧場経営型乙女ゲームがはじまりました
空飛ぶひよこ
恋愛
実家の養鶏場を手伝いながら育ち、後継ぎになることを夢見ていていた梨花。
結局、できちゃった婚を果たした元ヤンの兄(改心済)が後を継ぐことになり、進路に迷っていた矢先、運悪く事故死してしまう。
転生した先は、ゲームのようなファンタジーな世界。
しかし、実家は養鶏場ならぬ、養コカトリス場だった……!
「やった! 今度こそ跡継ぎ……え? 姉さんが婿を取って、跡を継ぐ?」
農家の後継不足が心配される昨今。何故私の周りばかり、後継に恵まれているのか……。
「勤労意欲溢れる素敵なお嬢さん。そんな貴女に御朗報です。新規国営牧場のオーナーになってみませんか? ーー条件は、ただ一つ。牧場でドラゴンの卵も一緒に育てることです」
ーーそして謎の牧場経営型乙女ゲームが始まった。(解せない)
毒家族から逃亡、のち側妃
チャイムン
恋愛
四歳下の妹ばかり可愛がる両親に「あなたにかけるお金はないから働きなさい」
十二歳で告げられたベルナデットは、自立と家族からの脱却を夢見る。
まずは王立学院に奨学生として入学して、文官を目指す。
夢は自分で叶えなきゃ。
ところが妹への縁談話がきっかけで、バシュロ第一王子が動き出す。
「白い結婚最高!」と喜んでいたのに、花の香りを纏った美形旦那様がなぜか私を溺愛してくる【完結】
清澄 セイ
恋愛
フィリア・マグシフォンは子爵令嬢らしからぬのんびりやの自由人。自然の中でぐうたらすることと、美味しいものを食べることが大好きな恋を知らないお子様。
そんな彼女も18歳となり、強烈な母親に婚約相手を選べと毎日のようにせっつかれるが、選び方など分からない。
「どちらにしようかな、天の神様の言う通り。はい、決めた!」
こんな具合に決めた相手が、なんと偶然にもフィリアより先に結婚の申し込みをしてきたのだ。相手は王都から遠く離れた場所に膨大な領地を有する辺境伯の一人息子で、顔を合わせる前からフィリアに「これは白い結婚だ」と失礼な手紙を送りつけてくる癖者。
けれど、彼女にとってはこの上ない条件の相手だった。
「白い結婚?王都から離れた田舎?全部全部、最高だわ!」
夫となるオズベルトにはある秘密があり、それゆえ女性不信で態度も酷い。しかも彼は「結婚相手はサイコロで適当に決めただけ」と、面と向かってフィリアに言い放つが。
「まぁ、偶然!私も、そんな感じで選びました!」
彼女には、まったく通用しなかった。
「なぁ、フィリア。僕は君をもっと知りたいと……」
「好きなお肉の種類ですか?やっぱり牛でしょうか!」
「い、いや。そうではなく……」
呆気なくフィリアに初恋(?)をしてしまった拗らせ男は、鈍感な妻に不器用ながらも愛を伝えるが、彼女はそんなことは夢にも思わず。
──旦那様が真実の愛を見つけたらさくっと離婚すればいい。それまでは田舎ライフをエンジョイするのよ!
と、呑気に蟻の巣をつついて暮らしているのだった。
※他サイトにも掲載中。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる