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吹雪の夜に

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 寝衣に着替えて、ダンテ様の元へ向かった。
 ロゼッタさんたちに見送られて、室内に入る。
 夕方から冷え込み始めていたけれど、日が落ちてからは指先がかじかむぐらいに寒くなっていた。

 廊下は寒かったけれど、ダンテ様の部屋の暖炉には赤々と炎がともり温かかった。

「ええと……こんばんは、ダンテ様。お邪魔します」

 ダンテ様も着替えを済ませている。シャツの上から深い色合いの暖かそうなローブを着ていた。
 いつもよりも首周りがゆったりしているために、太い首やしっかりした鎖骨がはっきりと見える。
 
「ディジー……待っていた」

 すぐに私の元に来て、ダンテ様は私の手をひいて部屋の奥に案内してくれる。
 寝室に続く前室のソファセットには、紅茶が用意されている。
 それから、樽酒の入ったボトルも置かれていた。

「お酒、飲んでいましたか? 夕食の時にいつもよりもたくさんお召しになっていたようですけれど、大丈夫でしょうか」

「普段は、多少多く飲んでもあまり酔わない。今日は……どうにもな」

「私も、緊張しています。……一緒にいることができて嬉しいのに、緊張するというのは変な感じですね」

「……ディジー、こちらに」

 ソファに案内されて、ダンテ様の隣に座った。
 少し距離を置いて座ると、腰を抱かれて引き寄せられる。
 やや強引なその仕草に、心臓が跳ねる。よく考えたら、私からぐいぐい触ることはよくあったけれど、ダンテ様からというのははじめてかもしれない。

「……嫌ではないか」

「あたたかいです。ダンテ様、あたたかくて、大きいですね」

 体を預けるようにしてぴったりとくっついてみる。
 私よりもずっと大きな体に寄り添っていると、宿木にとまる鳥になったようだった。

「ディジー、君は小さくて、柔らかい」

「そんなに小さいほうではないですよ。ダンテ様が特別大きいのです」

「そうか」

「はい。昔のように線の細い少年の面影があれば、私もすぐに思い出していたかもしれません。あの時は、私はダンテ様のことを年下の男の子だと思っていたのですよ」

「小さかったからな。それを、悩んでもいた」

「そうなのですね。本当に、とても大きくなられました。ダンテ様と結婚したい女性は沢山いるのだと聞きました。ダンテ様が女性たちに人気だというのはよくわかります。私が雌羊であれば、ダンテ様と交尾をしたいと思うでしょうし」

「待て、ディジー」

「はい」

「色々と、気になることが……」

 ダンテ様がお酒に手を伸ばしたので、私も紅茶のカップを手にした。
 一口飲むと、体があたたまる。
 ミランティス家は砦のように立派だから、風で家が揺れるようなことはない。
 けれど、強い風が窓に打ちつけている音がする。ごうごうと、風が鳴り始めている。

「……勘違いをされているようだが、俺と結婚を望む貴族の娘たちは、俺と結婚をしたいのではなく、ミランティス家に嫁入りをしたいというだけだ。女性と個人的に関わるようなことは、ほぼなかった。俺は、なんというか、愛想がないだろう。ただ黙っているだけで、威圧的に見えるらしい」

「そうなのですね。ダンテ様の威風堂々とした佇まいは大変素敵だと思います。ただそこにいるだけで、自然と雌が寄ってくるような素晴らしい男性的魅力で満ちていますよ」

「そ、そうか。……君も、そう感じてくれていると、思ってもいいのだろうか」

「はい、もちろんです」

「その、こ、交尾の話だが」

「春先になると、動物たちは恋の季節になります。子孫を残すために発情期になるのですね。自然な成り行きに任せることもあれば、優秀な馬や牛を産んでもらうために、私たちがこれはという雄を選んでお見合いをさせることもあって」

「君も、その」

「人間にも発情期というものがあるのでしょうか? 今は春で、私はあなたに恋をしましたので、もしかしたら同じかもしれません。人間も動物ですから」

 ダンテ様は何かを吐き出すように、小さく息をついた。
 はっきりと浮き出た喉仏が上下するのが見える。

「ディジー……可憐な君の口からそのような言葉を聞くと、どうしていいのか」

「ご、ごめんなさい……私も少し、雰囲気に飲まれたといいますか、酔っているみたいです」

「君に触れてもいいのだと、許可を与えられているのだと受け取ってもいいのだろうか」

 指先が、唇を辿った。
 熱を持った瞳に見つめられて、私は自分の瞳が潤むのを感じる。
 泣きたいわけじゃないのに、どうしてか視界がぼやける。

「君と再会したときに、俺は……愛していると、伝えそうになった。誤魔化すために、あのような醜態を晒してしまったのだが……今なら、伝えていいだろうか」

 お酒のせいだろう。
 いつもよりもずっと饒舌なダンテ様の低い声が、静かな部屋に密やかに響く。

「君と出会った時、俺は両親を失ったばかりだった。俺の事情を何も知らない君は、それでも何かを察したように俺を励ましてくれた。どれほど救われたのか、わからない程に。俺にとって君は、俺の人生の全てになった」

 あれほどうるさく響いていた風の音がぴたりとやんでしまったかのように、ダンテ様の声だけしか聞こえない。
 触れられている肌が熱を持ったように熱い。
 胸はうるさいぐらいに高鳴り続けていて、他のことなんて考えられないぐらいに、聴覚も触覚も、五感の全てがダンテ様でいっぱいになっている。

「だから……俺の元に君が来てくれたことがあまりにも、嬉しくて。思わず、君を愛していると叫びそうになってしまった」

「叫ぶ……ダンテ様が? いつも、落ち着いていらっしゃるのに」

「君の前では醜態ばかりを晒している。自分が、自分ではないようだ」

「そんな風には見えませんよ。いつも、素敵です。それに可愛らしくていらっしゃいます」

「……ディジー、愛している。君だけを、ずっと想っていた」

「……っ」

 体に僅かに緊張が走った。
 囁くように告げられた言葉に、全身が震える。

「愛さないような、そうでもないような……という言葉も、今思えばとてもお可愛らしくて、私は好きです」

「あれは、忘れてくれ」

 気恥ずかしさを誤魔化しながらくすくす笑う私の頬を、大きな手のひらが撫でた。
 焦点がぼやけるぐらいに、距離が、近づいていく。
 触れた唇は柔らかく、お酒の味がした。

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