60 / 84
秘伝のレシピ 1
しおりを挟む入浴をすませて作業着からいつものドレスに着替えた私は、木くずも泥も落ちてすっかり綺麗な姿になっていた。
いつもの作業着――というのが私の今までだった。
けれど、ミランティス家に来てからの毎日が私の日常になりつつある。
いつものドレスと考えていることが、くすぐったかった。
「ディジー様、料理人がディジー様のいつも召し上がっていたチーズフォンデュのレシピを知りたいと言っているのですが、もしよければ教えていただけませんか?」
「はい、もちろんいいですよ。でも、料理人の方々のお料理はとても美味しいので、私が教えることなんて何もない気がしますけれど」
「エステランドのチーズフォンデュといえば、本場の味です! エステランドで食べたチーズフォンデュが忘れられないと、サフォンさんなんかは自慢げに言うのですよ。私たちがどれほど羨ましく思ったか……!」
ロゼッタさんの後ろで、侍女の皆さんもうんうんと頷いている。
「サフォンさんは、そんなことを自慢するような人には見えませんけれど……」
「ディジー様の前で猫を被っているのですね、それは。サフォンさんは結構――なんといいますか、子供っぽいところがある人です。ダンテ様の侍従の役割を昔から任されていて、皆の保護者のように昔から振舞っていましたが、その反動でしょうか。たまに言動が少年のようなのですよ。よく、奥様と娘の自慢もしてきます」
サフォンさんはいくつなのだろう。年上だとは思っていたけれど、奥様も娘もいるなんて――今度娘さんに会わせて貰えるかしら。
「ふふ、あまり想像はできませんけれど、可愛らしい方なのですね」
「可愛くなど! 私たちがどれほど、エステランドのチーズフォンデュが羨ましかったか……! チーズフォンデュに白葡萄酒の夢まで見たほどです」
「ロゼッタさんはお酒が好きなのですね」
「はい!」
初対面の時、ロゼッタさんはエステランドの特産品について熱く語っていた気がする。
その時はお酒が好きだとは言っていなかったけれど、今は隠さずに力強く頷いてくれる。
「それでしたら、今度お父様にお手紙を送りますね。毎年エステランドの葡萄酒を送って頂けるように頼みましょう。皆の分も」
「そ、それは、それは申し訳なく……」
「大丈夫ですよ。エステランドには葡萄酒が売るほどありますし、お兄様が葡萄酒づくりにももっと力を入れていきたいと言っていましたから」
そんなことを話しながら、私は調理場に向かった。
コックコートを着た体格のいい男性が待っていてくれる。料理長のカールさんである。
調理長というよりも騎士に見えるのだけれど、それもそのはずで昔はミランティス家の兵士として働いていたらしい。
足の怪我をして馬に乗れなくなり、料理の道に進んだと聞いている。
「ディジー様、こんなところに足を運んでいただいて申し訳ありません!」
「エステランドでは私もよく料理をしましたので、調理場を見ると落ち着きます。そんなに、恐縮しないでください」
「ありがたき幸せです」
元兵士ということもあってか、カールさんは生真面目な方だ。
ロゼッタさんが「カールさん、あまりかしこまるとディジー様がかえって気をつかいます。自然体でいてください」と伝えた。
「はい。その方が私も嬉しいです。そもそも、私はディジー様なんて呼ばれる立場ではなくて……エステランドでは街の人々に、ディジーちゃんと呼ばれていました」
「そ、それはあまりにも不敬なのでは。伯爵令嬢をそのように呼ぶなど」
「爵位などあってないようなもので……お父様もエステランド伯爵と呼ばれるのは苦手らしくて、そのように呼ばれると嫌がって逃げるのです。いつもハンチング帽をかぶっていて、挨拶の時に帽子を脱いで薄毛を披露し、笑いを取るのが得意なのですよ」
「えっ」
「そ、それは……!」
カールさんとロゼッタさんは顔を見合わせて、一瞬戸惑った表情を浮かべた後に、すぐに両手で口を隠して肩を震わせて笑い出した。
よかったわね、お父様。お父様の鉄板ネタが、ここでも笑いをとることができている。
お父様に伝えたら「本当かい、ディジーちゃん!?」と大興奮しながら喜ぶはずだ。
74
お気に入りに追加
1,543
あなたにおすすめの小説
挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました
結城芙由奈
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】
今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。
「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」
そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。
そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。
けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。
その真意を知った時、私は―。
※暫く鬱展開が続きます
※他サイトでも投稿中
側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります。
とうや
恋愛
「私はシャーロットを妻にしようと思う。君は側妃になってくれ」
成婚の儀を迎える半年前。王太子セオドアは、15年も婚約者だったエマにそう言った。微笑んだままのエマ・シーグローブ公爵令嬢と、驚きの余り硬直する近衛騎士ケイレブ・シェパード。幼馴染だった3人の関係は、シャーロットという少女によって崩れた。
「側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります」
********************************************
ATTENTION
********************************************
*世界軸は『側近候補を外されて覚醒したら〜』あたりの、なんちゃってヨーロッパ風。魔法はあるけれど魔王もいないし神様も遠い存在。そんなご都合主義で設定うすうすの世界です。
*いつものような残酷な表現はありませんが、倫理観に難ありで軽い胸糞です。タグを良くご覧ください。
*R-15は保険です。
婚約者が他の女性に興味がある様なので旅に出たら彼が豹変しました
Karamimi
恋愛
9歳の時お互いの両親が仲良しという理由から、幼馴染で同じ年の侯爵令息、オスカーと婚約した伯爵令嬢のアメリア。容姿端麗、強くて優しいオスカーが大好きなアメリアは、この婚約を心から喜んだ。
順風満帆に見えた2人だったが、婚約から5年後、貴族学院に入学してから状況は少しずつ変化する。元々容姿端麗、騎士団でも一目置かれ勉学にも優れたオスカーを他の令嬢たちが放っておく訳もなく、毎日たくさんの令嬢に囲まれるオスカー。
特に最近は、侯爵令嬢のミアと一緒に居る事も多くなった。自分より身分が高く美しいミアと幸せそうに微笑むオスカーの姿を見たアメリアは、ある決意をする。
そんなアメリアに対し、オスカーは…
とても残念なヒーローと、行動派だが周りに流されやすいヒロインのお話です。
【完結】騎士団長の旦那様は小さくて年下な私がお好みではないようです
大森 樹
恋愛
貧乏令嬢のヴィヴィアンヌと公爵家の嫡男で騎士団長のランドルフは、お互いの親の思惑によって結婚が決まった。
「俺は子どもみたいな女は好きではない」
ヴィヴィアンヌは十八歳で、ランドルフは三十歳。
ヴィヴィアンヌは背が低く、ランドルフは背が高い。
ヴィヴィアンヌは貧乏で、ランドルフは金持ち。
何もかもが違う二人。彼の好みの女性とは真逆のヴィヴィアンヌだったが、お金の恩があるためなんとか彼の妻になろうと奮闘する。そんな中ランドルフはぶっきらぼうで冷たいが、とろこどころに優しさを見せてきて……!?
貧乏令嬢×不器用な騎士の年の差ラブストーリーです。必ずハッピーエンドにします。
完)嫁いだつもりでしたがメイドに間違われています
オリハルコン陸
恋愛
嫁いだはずなのに、格好のせいか本気でメイドと勘違いされた貧乏令嬢。そのままうっかりメイドとして馴染んで、その生活を楽しみ始めてしまいます。
◇◇◇◇◇◇◇
「オマケのようでオマケじゃない〜」では、本編の小話や後日談というかたちでまだ語られてない部分を補完しています。
14回恋愛大賞奨励賞受賞しました!
これも読んでくださったり投票してくださった皆様のおかげです。
ありがとうございました!
ざっくりと見直し終わりました。完璧じゃないけど、とりあえずこれで。
この後本格的に手直し予定。(多分時間がかかります)
【完結】聖女の手を取り婚約者が消えて二年。私は別の人の妻になっていた。
文月ゆうり
恋愛
レティシアナは姫だ。
父王に一番愛される姫。
ゆえに妬まれることが多く、それを憂いた父王により早くに婚約を結ぶことになった。
優しく、頼れる婚約者はレティシアナの英雄だ。
しかし、彼は居なくなった。
聖女と呼ばれる少女と一緒に、行方を眩ませたのだ。
そして、二年後。
レティシアナは、大国の王の妻となっていた。
※主人公は、戦えるような存在ではありません。戦えて、強い主人公が好きな方には合わない可能性があります。
小説家になろうにも投稿しています。
エールありがとうございます!
婚約破棄とか言って早々に私の荷物をまとめて実家に送りつけているけど、その中にあなたが明日国王に謁見する時に必要な書類も混じっているのですが
マリー
恋愛
寝食を忘れるほど研究にのめり込む婚約者に惹かれてかいがいしく食事の準備や仕事の手伝いをしていたのに、ある日帰ったら「母親みたいに世話を焼いてくるお前にはうんざりだ!荷物をまとめておいてやったから明日の朝一番で出て行け!」ですって?
まあ、癇癪を起こすのはいいですけれど(よくはない)あなたがまとめてうちの実家に郵送したっていうその荷物の中、送っちゃいけないもの入ってましたよ?
※またも小説の練習で書いてみました。よろしくお願いします。
※すみません、婚約破棄タグを使っていましたが、書いてるうちに内容にそぐわないことに気づいたのでちょっと変えました。果たして婚約破棄するのかしないのか?を楽しんでいただく話になりそうです。正当派の婚約破棄ものにはならないと思います。期待して読んでくださった方申し訳ございません。
【完結】記憶を失くした貴方には、わたし達家族は要らないようです
たろ
恋愛
騎士であった夫が突然川に落ちて死んだと聞かされたラフェ。
お腹には赤ちゃんがいることが分かったばかりなのに。
これからどうやって暮らしていけばいいのか……
子供と二人で何とか頑張って暮らし始めたのに……
そして………
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる