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秘伝のレシピ 1
しおりを挟む入浴をすませて作業着からいつものドレスに着替えた私は、木くずも泥も落ちてすっかり綺麗な姿になっていた。
いつもの作業着――というのが私の今までだった。
けれど、ミランティス家に来てからの毎日が私の日常になりつつある。
いつものドレスと考えていることが、くすぐったかった。
「ディジー様、料理人がディジー様のいつも召し上がっていたチーズフォンデュのレシピを知りたいと言っているのですが、もしよければ教えていただけませんか?」
「はい、もちろんいいですよ。でも、料理人の方々のお料理はとても美味しいので、私が教えることなんて何もない気がしますけれど」
「エステランドのチーズフォンデュといえば、本場の味です! エステランドで食べたチーズフォンデュが忘れられないと、サフォンさんなんかは自慢げに言うのですよ。私たちがどれほど羨ましく思ったか……!」
ロゼッタさんの後ろで、侍女の皆さんもうんうんと頷いている。
「サフォンさんは、そんなことを自慢するような人には見えませんけれど……」
「ディジー様の前で猫を被っているのですね、それは。サフォンさんは結構――なんといいますか、子供っぽいところがある人です。ダンテ様の侍従の役割を昔から任されていて、皆の保護者のように昔から振舞っていましたが、その反動でしょうか。たまに言動が少年のようなのですよ。よく、奥様と娘の自慢もしてきます」
サフォンさんはいくつなのだろう。年上だとは思っていたけれど、奥様も娘もいるなんて――今度娘さんに会わせて貰えるかしら。
「ふふ、あまり想像はできませんけれど、可愛らしい方なのですね」
「可愛くなど! 私たちがどれほど、エステランドのチーズフォンデュが羨ましかったか……! チーズフォンデュに白葡萄酒の夢まで見たほどです」
「ロゼッタさんはお酒が好きなのですね」
「はい!」
初対面の時、ロゼッタさんはエステランドの特産品について熱く語っていた気がする。
その時はお酒が好きだとは言っていなかったけれど、今は隠さずに力強く頷いてくれる。
「それでしたら、今度お父様にお手紙を送りますね。毎年エステランドの葡萄酒を送って頂けるように頼みましょう。皆の分も」
「そ、それは、それは申し訳なく……」
「大丈夫ですよ。エステランドには葡萄酒が売るほどありますし、お兄様が葡萄酒づくりにももっと力を入れていきたいと言っていましたから」
そんなことを話しながら、私は調理場に向かった。
コックコートを着た体格のいい男性が待っていてくれる。料理長のカールさんである。
調理長というよりも騎士に見えるのだけれど、それもそのはずで昔はミランティス家の兵士として働いていたらしい。
足の怪我をして馬に乗れなくなり、料理の道に進んだと聞いている。
「ディジー様、こんなところに足を運んでいただいて申し訳ありません!」
「エステランドでは私もよく料理をしましたので、調理場を見ると落ち着きます。そんなに、恐縮しないでください」
「ありがたき幸せです」
元兵士ということもあってか、カールさんは生真面目な方だ。
ロゼッタさんが「カールさん、あまりかしこまるとディジー様がかえって気をつかいます。自然体でいてください」と伝えた。
「はい。その方が私も嬉しいです。そもそも、私はディジー様なんて呼ばれる立場ではなくて……エステランドでは街の人々に、ディジーちゃんと呼ばれていました」
「そ、それはあまりにも不敬なのでは。伯爵令嬢をそのように呼ぶなど」
「爵位などあってないようなもので……お父様もエステランド伯爵と呼ばれるのは苦手らしくて、そのように呼ばれると嫌がって逃げるのです。いつもハンチング帽をかぶっていて、挨拶の時に帽子を脱いで薄毛を披露し、笑いを取るのが得意なのですよ」
「えっ」
「そ、それは……!」
カールさんとロゼッタさんは顔を見合わせて、一瞬戸惑った表情を浮かべた後に、すぐに両手で口を隠して肩を震わせて笑い出した。
よかったわね、お父様。お父様の鉄板ネタが、ここでも笑いをとることができている。
お父様に伝えたら「本当かい、ディジーちゃん!?」と大興奮しながら喜ぶはずだ。
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