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初恋とはこれほどに
しおりを挟む紐で括ってひとまとめにした薪をせっせと屋敷に運び込み、それが終わると各地区にある地区をまとめる首長の元へと薪を運ぶのを手伝った。
首長の方々は地区役場と呼ばれる建物で働いている。
その建物の前に荷馬車をとめて、兵士の方々に混じりせっせと荷馬車から薪を降ろしていると、ディーンさんが慌てたように走ってきた。
「ロゼッタ! ディジー様になんてことをさせているんだ。そのような姿で……!」
「お兄様、これは、その」
一緒に手伝ってくれているロゼッタさんをディーンさんが叱りつける。
私は慌てて弁解をした。
「ディーンさん、私がわがままを言って、手伝わせていただいているのです。私のせいでおおごとになってしまっているのですから、働くのは当然のことだと思いまして。それに、とても楽しいんですよ」
「ディジー様……なんと尊い志でしょう。皆、聞きましたか。ディジー様はミランティス家に来たばかりだというのに、その慈悲をミランティス領の人々皆に向けられている。この方が、ダンテ様が妻にと望んだ方です!」
「ディーンさん、恥ずかしいので……!」
ディーンさんの朗々と響く声に、街の人々が何事かと視線を送る。
それから「ディジー様!」「先日はダンテ様と仲睦まじいお姿、拝見させていただきました!」と声をかけてくれた。
馬上から私が挨拶をしている姿を見ていたのだろう、私は「こんにちは!」と挨拶をした。
覚えていてくれたのは嬉しい。挨拶をしてよかった。
「吹雪が来るかもしれません、無闇に外に出ないようにしてくださいね! 家の中を暖かくして、食べ物と飲み水を確保しておいてください。川も湖も凍るぐらいですから。水道は凍ってしまうかもしれません」
「わかりました、ディジー様!」
「皆、ディジー様直々に声をかけていただいたのだから、しっかり備えをしよう!」
街の人々が気合を入れて、それから「手伝いますよ」と薪を運ぶのを手伝ってくれる。
「ディジー様、ありがとうございます。高貴な身分の方が直々に姿を見せて声をかけてくれることほど、人々にとって励まされることはありませんから。ダンテ様は、そういったことは不得手ですからね。なんというか、どうにも威圧的になってしまって」
「ダンテ様は、誠実で可愛らしい方だと思いますよ」
「えっ」
「ええっ」
同じ顔で、ディーンさんとロゼッタさんが驚いている。
「ディジー様がいらっしゃってから、ダンテ様はディジー様に嫌われるような姿ばかり見せているかと思い、とても心配していました」
「誠実なのは確かに。お父上に似てとても真面目に育たれたのだと思いますが、可愛らしいというのは一体……」
「動物は話すことができませんが、態度や視線で会話ができます。ダンテ様も同じで……もちろん動物と同じと言っているわけではなくて、でも私にはなんだかそれが可愛らしくて……時々、気持ちを口にしてくださるのもすごく、ときめくといいますか」
「なるほど」
「わかるようなわからないような」
「い、今のは、内緒ですよ……! 恥ずかしいですから! さぁ、次の薪を運びましょう。孤児院や教会に配るのですよね?」
ダンテ様に好きだと伝えたばかりだと思い出して、恥ずかしくなってしまった。
恋というのは、不思議だ。胸がざわめいて、落ち着かない。
エステランドでは恋の話を友人たちから聞いていたけれど、それはどこか他人事だった。
いざ自分が恋をするという立場になると、今まで感じたことのなかった感情が湧き上がってくる。
それは恥ずかしさだったり、喜びだったり、色々。
丘の上の大聖堂まで薪を届けると、神官様や大聖堂で育てられている子供たちがお礼を言ってくれた。
大聖堂までの道は一本しかないから、もし周囲から閉ざされてしまった時に数日過ごせるように、食べ物を多めに確保するようにと伝えた。
神官様たちは真剣な表情でそれを聞いて、何度も頷いてくれた。
街をひと回りしてミランティス家に戻ると、ダンテ様がすぐに私の元にやってきた。
「ディジー、街に向かったと聞いたが、その姿は」
「ごめんなさい、ダンテ様。エステランドでは、街の人々と一緒に吹雪の備えをしました。だから、私もお手伝いをしたくて。あ、あの! 恥ずかしいので、あまり見ないでください。すぐに着替えてきますので」
「……そのような姿で、街に」
「よくなかったですよね、ごめんなさい」
「いや。……謝ることはない。ディジー、君が動いてくれたおかげで、俺の命令を皆がより真剣に受け止めてくれたようだ。大体の手配は終わった。君も少し、休め」
「ありがとうございます、ダンテ様」
私はダンテ様に好きだと伝えて、部屋から飛び出してしまったのだけれど、ダンテ様は落ち着いていた。
元々ダンテ様は素晴らしい体格をお持ちの魅力的な雄であるということは理解していた。
けれど、今は余計に輝いて見える。
というか、ダンテ様の体から香り立つようなフェロモンが感じられるような気がして、胸が高鳴ってしまう。
そそくさとダンテ様から離れて、私はロゼッタさんたちに促されるままに入浴に向かった。
そういえば一日作業をしていたので、服も体も汚れている。
エステランドにいた時は気にしたことなどなかったのに、汚れた姿をダンテ様に見せるのはやっぱり少し恥ずかしかった。
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