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久々の楽しいお仕事
しおりを挟むロゼッタさんや侍女たちと一緒にお屋敷の見回りをしたけれど、ミランティスのお屋敷は堅牢な作りになっているために特に補強するべき場所などは見当たらなかった。
「吹雪の日では松明は消えてしまいますけれど、蓄光石であれば街を照らせますね。万が一外に出てしまった方々の道標になるのでとても素晴らしいと思います」
お屋敷の部屋や壁には蓄光石のランプが並んでいる。
街の街灯などにも使われているために、ヴィレワークの街は夜も明るい。
エステランドよりもヴィレワークにはずっと人が多い。全ての人が大人しく家にいてくれるわけではないだろう。
だからもし暗くなってから外で吹雪に見舞われても、灯りさえあれば道に迷わずに家に帰ることができるはずだ。
「なるほど、そのような考え方もあるのですね。ここにいると、蓄光石があることが当たり前のように感じられますから。嵐の日も明かりを灯すことができるのは、確かに便利かもしれません」
「火事も起こりませんし、安全です」
「そのように言って売り出せば、他の街でも売れるかもしれませんね」
今のところ蓄光石を買い付けるのは一部の貴族や好事家ぐらいだとロゼッタさんは言った。
「ダンテ様はあまり商売気がありませんから。国王陛下に売り出せばもっと広まるものだとは思うのですが」
「ダンテ様は陛下と親しいのですか?」
「親しいというのは語弊があるかもしれませんが、ミランティス家は古くから王の剣であり盾ですから。信頼していただいていると思います。国王陛下はダンテ様と同い年ですし、王都の貴族学園では二年ほど一緒に過ごされていますよ」
「ご友人のような関係なのですね」
貴族学園には私は通っていない。お父様やお母様には勧められたけれど、断ってしまった。
エステランドから外に出ることになるとは思っていなかったからだ。
「私は国王陛下のお顔も知らないのです。知らないことばかりで、お恥ずかしい限りです」
「ディジー様、そんなことはありませんよ!」
「ディジー様、気に病む必要はありません」
「そうですよ、ディジー様!」
恐縮する私を、ロゼッタさんや侍女の皆さんが励ましてくれる。
とてもありがたいことだと思いながら、私は気持ちを切り替えた。
知らないのならばこれから知っていけばいい。それだけのことだ。
「ありがとうございます。もし吹雪が来たら、とても寒いですから、防寒着を用意してくださいね。それから、暖炉に炎を絶やさないようにしてください。凍えてしまいますから。エステランドでは、体を温めるためにポトフやチーズフォンデュなどを食べますよ」
「わかりました、ディジー様」
「あまりいいことではないのかもしれませんが、なんだかいつもと違う準備というのは、わくわくしますね」
「兵士の方々の鉄の鎧もいけませんか、ディジー様?」
「鉄の鎧は凍傷になりますから、毛皮や綿入りのコートなどにしていただくといいかと……! 馬屋にもいつもよりも多めの藁を敷いていただけると……あっ、これは私も手伝えます。馬屋に案内してくださると嬉しいです」
部屋に戻った私は、ドレスからこっそり荷物の中に忍ばせていた作業着へと着替えさせて貰った。
何かあった時のためにともってきたものである。普段着というのがすごく少ない私にとって、作業着は普段着の一つだったのだ。
ロゼッタさんたちは驚いていたけれど、さすがにドレスでは作業ができない。
馬屋に向かい、馬番たちと一緒にヴァルツや他の馬たちのために藁を運ぶ。
ロゼッタさんたちも途中から一緒に手伝ってくれて、手早く作業は終了した。
ヴァルツの艶やかな体を撫でて、「寒くなりますが、ヴァルツも他の子たちもエステランドから来たのですから、きっと大丈夫ですね」と伝えると、ヴァルツは当然だとでも言うように私の体を鼻先でつついた。
馬番の方々は「奥様に手伝っていただくなど恐れ多い」「しかし手慣れていらっしゃる」「さすがはエステランドから来た方だ」と褒めてくれた。
久々の藁の匂いや作業の楽しさに「手伝わせてくださりありがとうございました」とお礼を言って、私は次に保管庫に向かった。
保管庫からは、サフォンさんの指揮の元、保存食や布などの運び出しをおこなっていた。
「サフォンさん、手伝いに来ました」
「ディジー様、その姿はエステランドで拝見した姿ですね」
「サフォンさんとお会いしたときは、きちんと綺麗な格好をしていたように思います」
「ええ。ですが、ダンテ様が結婚をお望みになっている女性とはどのような方なのかと、こっそりお姿を見に行ったのですよ。そのような姿で畑などを耕しているディジー様を見て、ダンテ様の見る目は確かだと安心しました」
「ありがとうございます。この姿の方が、動きやすくて。私が言い出したことですから、手伝わせてください。ミランティスのお屋敷は大丈夫そうなので、お手伝いがしたいのです。お屋敷用の薪を運びますね。あっ、その前に薪を割りましょう。まだ太い枝が多くあるようですので」
「いえ、それはこちらでやります」
「大丈夫です、薪割りは得意なんですよ」
ミランティス家の広い敷地内の一角にあるいくつもの保管庫にある太い枝は、ひとまとめにして乾燥させてある。
薪割り台で兵士の方々がせっせと薪を割っているのに混じって、私も手伝うことにした。
心配そうにロゼッタさんや侍女の皆さんが見守る中、私は斧を借りて薪を割った。
太い枝を半分に、それから燃えやすい大きさに分割していく。
小気味よい音を立てて薪がぱっかり割れるのが、とても楽しい。
薪割りは好きな作業の一つである。
「ディジー様、素敵です!」
「ディジー様、格好いい!」
薪割りをして格好いいと褒められたのは初めてで、ついつい熱が入ってしまう。
気づけば大量の薪が破り終わっていて、それをロゼッタさんたちがせっせとひとまとめにしてくれていた。
「ありがとうございます、ディジー様。ディジー様の勇姿のおかげで、兵士たちのやる気も倍増したようです」
額に浮かんだ汗を拭っていると、サフォンさんがにこやかに声をかけてくれる。
確かに先ほどよりもより熱心に、兵士の方々も働いているようだった。
「男って単純だから」
「本当ね」
「馬鹿な生き物だわ。でも、ディジー様の薪割りを見て興奮する気持ちはよくわかる」
ロゼッタさんたちが顔を見合わせて何かを話しているので、「どうしました?」と首を傾げると、「ディジー様が魅力的だという話をしていました」「そうです」「美しいお姿でした」と力強く言われた。
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