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あらためましてもう一度です、旦那様!

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 ◇

 
 心臓の悪い静養中の少年と、ダンテ様の姿が重なる。
 重なる。重なる。 
 重なる。

 重なるようで、重ならない。

 だって、大きいのだもの。

 記憶の中の少年は無口で、私よりも小さかった。
 でも、ダンテ様は大きい。寡黙なのは少年と一緒だけれど。
 そういえば私はあの少年の名前さえ聞いていなかった。

 途中でどうしてか怒らせてしまったみたいで、どこかに行ってしまったからだ。

 私はとても反省した。軽率だった。
 心臓が悪いというのは大変なことなのに、おまじないなんてものに頼って、治るといいな──なんて、願ってしまった。
 
 多分、傷つけたのだ。

 だから謝ろうとして、翌日少年を探したのだけれど、朝早くに馬車で王都に帰ったようだと町の人たちに聞いた。

 もう二度と会うことはないだろうと思うと、子供心にやるせなさが残った。

 どこかで元気にしていることを願うことしかできないけれど──なんてことがあったのを、私はダンテ様に言われるまですっかり忘れていた。

 髪の色は同じ。目の色も、同じ。
 よくよく見ると、似ている──気がする、けれど。六歳の時の記憶なんて曖昧で、そんな気がするだけかもしれない。

 少年が大人になるのだから大きくなって当たり前だけれど。
 ダンテ様は本当に大きくなった。そして素晴らしく屈強そうな体を手に入れた。
 可愛かった子鹿が、ヘラジカに成長するようなものである。

 大変喜ばしいことだ。

「ダンテ様、心臓が悪いわけではなかったのですね。よかった」

 でも、どうして怒って帰ってしまったのだろう。
 心臓がよくなるようにと言った私の軽薄さが嫌だったのかと思っていたのだけれど。

「……身分を隠して、静かに過ごすためだった。名前を隠し、立場を隠していた」

「そうなのですね。あの、ダンテ様」

 怒って帰ってしまったダンテ様が、私を妻にしてくれるというのは、いよいよ謎だ。

 不思議だなぁと思ったままそばにいるよりは、聞いてみたほうがいい。

「ダンテ様、怒って帰ってしまったでしょう? 私は礼儀作法ができていなかったでしょうから、怒らせてしまうのも当然だと思います。けれど、また同じことをしてしまって、ダンテ様と喧嘩になってしまうのは……だから、私の何が悪かったのか、教えてほしいのですけれど」

 私が尋ねると、ダンテ様は何故か深く眉間に皺を寄せて、やや青ざめた。
 それから真剣な、一見してものすごく怒っているように見える表情で、ぎろりと私を睨みつける。

 私はじっとダンテ様を見つめた。
 これは、怒っているわけではなさそう。
 多分、当惑しているとか、焦っているとか、困っているとか。
 そんな感情が顔に出ている気がする。

「──怒っていたわけではない」

「そうなのですか? てっきり、おまじないがよくなかったのかなと、思っていました」

「そんなことはない……!」

 よかった、私の一度きりの雪割草のおまじないで怒らせてしまったのだとしたら、少し悲しいなと思っていた。
 私はダンテ様の胸の辺りに、手を当てた。

「ダンテ様の心臓がご無事でなによりでした。大きくなられて、とても喜ばしいことです」

「ディジー。……挨拶もせずに、いなくなってしまい悪かった。君に謝らなくてはいけなかったんだ、本当は。……あの日の翌日、どうしてもミランティス家に戻らなくてはいけない事態になってしまった」

「どうしても?」

「あぁ。あの時、俺の両親はすでに亡くなっていて、俺は家督を継いでいた。それを不服とした親戚が家に乗り込んできたと手紙をもらい──ミランティス家を守るために、戻った」

「それは、大変でしたね。……ダンテ様は、ご両親が亡くなって、悲しかったのですね」

「……よく、覚えているな」

「はい。思い出しました。ダンテ様は私のはじめての演奏の観客で、はじめて手を繋いだ男の子ですから」

「……そうなのか」

「あっ、もちろん、お兄様やお父様を抜きにして、ですけれど」

「そうなのか……」

 ところで、どうしてこんな話になったのだったかしら。
 私は羊クッションをダンテ様にプレゼントしようとしていたのだったわね。
 羊クッションのプレゼントと、私とダンテ様の出会い。
 
 何か関係があったかしら。特になさそうだけれど。
 ともかく、ダンテ様は私のことを知っていたから、妻にしようとしてくれている。
 あの日私はダンテ様に嫌われたわけではなくて、娶ってもいいと思うぐらいには、悪い印象ではなかったということだ。

「俺は、君のおかげで立ち直ることができた。ずっと、君のことを覚えていた。結婚をしたいと、考えていた。……だから、ディジー。家に帰るなどとは、言わないでほしい」

「家に?」

「あぁ。故郷に、好きな男がいたかもしれないが」

「いませんよ」

「い、いないのか……?」

「はい。私のお友達は恋多き女でしたけれど、私は、これといって、特には……」

「……そうか」

「あの、ダンテ様。どうしてそう思われたのでしょうか?」

 そんな素振りを見せてしまっただろうかと、私は首を捻る。
 思い当たる節は特にない。当然である。好きな人なんていないのだから。
 しいていえば家族や動物たちが恋しいというぐらいだけれど、その気持ちはここにきて一日目でなくなった。

 今はダンテ様と仲良くしたいと思って頑張ってる真っ最中だ。

「しばらく、部屋から出てこなかった。何を尋ねても、はぐらかしていた。挨拶の時にあのような態度をとった俺を、嫌っているのかと」

「あの、言われるまで忘れていましたので、それは特に、大丈夫なのですけれど」

「そうなのか……」

「それよりもダンテ様、あの時は演奏を聞いていただいてありがとうございました。おかげで、皆の前でも緊張せずに演奏をできるようになったのですよ。また会えて、とても嬉しいです」

「あ、あぁ、俺も同じだ」

「では、あらためまして。これからよろしくお願いします、ダンテ様」

「それは、無論……!」

「では、こちらに」

 私はダンテ様の手を引いて、寝室に案内しようと引っ張った。
 寝室に羊クッションが置いてあるのだ。

 ダンテ様は何故かその場で固まって動かなくなってしまった。

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