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運命と出会う 2
しおりを挟む迷子ではない。歩くことはできる。この程度で、疲れたりはしない。
大人を呼ばれたくはない。事情を説明できないからだ。
せっかく、サフォンから逃げてきたのに。もう一度、ディジーの演奏が聴きたい。
まだこの場所から、離れたくない。
「……君の演奏が、聴きたい」
──声が、出た。
何故だかはわからない。だが、声が出なくなってから初めて、心の底から話をしたいと思えたのだ。
久々に出した声は、小さく掠れていた。
だが、きちんと伝わったのだろう。ディジーは嬉しそうに、花畑の花々のように可憐に微笑んだ。
「あまり、うまくはありませんけれど……それに、お身体は大丈夫ですか?」
「問題ない」
「それなら、よかったです」
こういう時、人はあれこれと事情を詮索してくるものではないのだろうか。
ディジーは何も聞かなかった。
何も聞かずに、俺の言葉をすぐに信用して立ち上がると、ヴァイオリンを構える。
すぐに、明るい音楽が流れ出した。星の舞踏曲だ。練習中なので、それしか弾けないのだろう。
だが、十分だった。ディジーの演奏を聴いていると、体が熱くなる。心が、穏やかになる。
体を包んでいた心を蝕むような様々な感情が消えていき、どうしてか、泣きそうになってしまう。
座ったままの俺の膝に、動物たちが何故か乗ってくる。頭の上にはリスが乗り、膝の上には子犬やウサギや子羊が。
暖を取るように、ひしめきあって乗ってくる。
動物たちからは、陽光の匂いがする。
俺の前で演奏を続けるディジーは、本当に女神の御使いで、俺の元に止まっている両親の無念な魂を天上へと誘っていってくれる気がした。
「実は、人前で弾くのは緊張してしまって、なかなかうまくできなくて。私のはじめての観客になってくれて、ありがとうございました」
演奏を終えると、ディジーは恥ずかしそうに言った。
それから、少し考えるように首を傾げる。
「……あの、何か、悲しいことがありましたか?」
「……っ」
「ごめんなさい。なんだかそんな気がしたのです」
ディジーはヴァイオリンをケースにしまうと、俺の前に座って、俺の手を取った。
手のひらはあたたかく、皮膚が少し硬い。
この街の子供たちは、よく働いている。ディジーもそうなのかもしれない。
その手の感触に感心した。そして、距離の近さに気づいて、すぐさま逃げたいような、けれどずっとこのままでいたいような、妙な気持ちになる。
「王都から来たのだと、聞きました。王都では怖いことがあったのだと、噂で知っています。エステランドでは怖いことは起こりません。蜂に追われたり、蛇が出てきたりすると少し怖いですけれど」
「……ここは、穏やかな場所だな」
「はい。何もない場所ですけれど、私は好きです」
ディジーはそう言って、小さな白い花を積んで、俺の指に巻き付ける。
「早く、病気がよくなりますように」
「これは……」
「これは、雪割草という花です。雪がとけだすと、一番早く咲く花で、春の訪れを伝えてくれるエステランドではとても大切な花です。雪割草を体に巻いておまじないをすると、願いが叶うと言われています。ただし、一回だけ。大切なお願いをしなくてはいけません。お願いとは、貴重なものなのです」
「その貴重な願いを、何故、俺に」
「心臓は大切なものですから。はじめて私の演奏を聴いてくれたあなたが、元気でいてくれると私は嬉しいです」
途端に、別段悪いわけではない心臓が、どくどくと鳴り始める。
顔が熱い。熱が出た時のように、真っ赤に染まった。
俺は──恋に、落ちたのだ。
そう気づいたのは、逃げるようにしてディジーの元から走り去り、屋敷に戻った後のことだった。
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