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懐かしい演奏
しおりを挟む聖歌隊の子供たちが文句を言えるぐらいに、大聖堂の神官様は優しいのだろう。
困り顔で子供たちの文句を受け止めて、困り顔で「まぁまぁ」と宥めている。
「あの、ヴァイオリンを貸していただいてもよろしいでしょうか」
「奥様に、ですか? それはもちろん構いませんが」
私は神官様からヴァイオリンを受け取る。
ちらりとダンテ様を見ると、軽く頷かれた。
好きにして構わないという意味だろう。
公爵家の妻として身構えずに、好きなようにふるまっていい。
先程の言葉はきっとダンテ様の本心だ。
私はヴァイオリンを肩にあてて、弓を持って構える。
これも――懐かしい。
私の楽器は、持ってこなかった。そもそも私はエステランドに帰されると思っていたからだ。
けれどそうではなくなった今でも、持ってこなくて正解だったとは思う。
下手な演奏なんて聴かせるものではない。
でも――今は、気になるのだ。
神官様の演奏はきちんと曲を奏でていた。けれど、音が、ずれていたような気がして――。
何を弾こうかと迷い、せっかくだから幼い頃から毎日のように弾いていた『星の円舞曲』を弾くことにした。
これは練習曲のひとつだけれど、昔から私の大好きな曲だ。
またたく星空の下で手を繋いで踊る情景を表現している。
お祭りの最後で奏でる曲でもあるし、例えばお祝いの曲としても、鎮魂歌としても使われる。
弦に弓をあてる。
最初の一小節を奏でた時点で違和感に気づいた。やっぱり音がずれている。
一度弓を、用意されていたテーブルの上に置いて、弦を調節する。
何度かそれを繰り返し、違和感なく曲が奏でられるかを確認するために、星の円舞曲を再び弾いた。
音程を確認するためだったけれど、途中から夢中になってしまった。
楽隊の愛らしい子供たちが手拍子をしてくれるのに気をよくして、結局最後まで弾いてしまった。
音楽に合わせて、足が浮く。体が宙に浮かびあがる。心が、弾む。
自然と喜びに口角がつりあがり、頬が上気する。やっぱり──楽しい。
弦から弓を外すと、一斉に皆が拍手をしてくれる。
いつの間にか、聖歌隊の子供たちと神官様だけではなくて、大聖堂に礼拝に来た方々や他の神官様たちも集まっていた。
「あ……すみません、つい、楽しくなってしまって。神官様の演奏が悪いわけではなくて、音がずれていたようです。なおしましたので、もう大丈夫かと思います」
「聞いただけでわかるものですか?」
「ええ、大体は……多分、大丈夫だと思います」
「すごく上手でした」
「もっと聞きたいです」
「小鳥の讃歌、弾けますか? 一緒に歌いたいです!」
ヴァイオリンを返そうとすると、聖歌隊の子供たちが次々に口を開いた。
私はもう一度ダンテ様を見た。
ダンテ様は何か懐かしいものを見るような目で私を見て、それから頷いてくれる。
私が小鳥の讃歌を弾きだすと、聖歌隊の子供たちは美しい声で歌い出す。
小鳥の讃歌もまた有名な曲だ。
子供が生まれた日に小鳥たちが歌声で祝福してくれる様子を表現した歌である。
歌が終わり、演奏を終えると、集まっている皆が微笑みながら拍手をしてくれる。
私は照れながらも、神官様に今度こそヴァイオリンを返した。
「ありがとうございます。お恥ずかしいです、私も上手いわけではなくて……」
「奥様の演奏は、聞いていると心が明るくなります。音楽には人となりがでるといいますが、奥様の演奏は明るく、自由で、実り豊かな大地を連想させるものですね」
「それは、褒めすぎというものです。でも、ありがとうございます。とても、楽しかったです」
恐縮しながら私は何度も頭をさげた。
子供たちもこぞって「歌いやすかった」「楽しかったです」と言ってくれるのがなんだか嬉しい。
けれど思いのほかたくさんの人たちが集まってきてしまったのが恥ずかしく、私はダンテ様の腕を引っ張った。
「そろそろ帰るか」
「はい、お待たせしてしまって、すみません」
「いや。君の演奏が聞けて、よかった」
そう言うと、ダンテ様は私に手を差し出してくれる。
今日はずっと、私はダンテ様の腕にくっついていた。
これは、人混みではぐれないようにするためだった。
今は人混みではないからしがみつく必要はないのだけれど、差し出された手に自分の手を重ねてみる。
胸がふんわりと温かい。
演奏をしたせいであがっていた熱がどうにもひかずに、私よりも体温の低いひんやりとしたダンテ様の手のひらが心地よかった。
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