37 / 84
人前です、旦那様
しおりを挟むダンテ様に抱きつく私を受け止めたダンテ様は、無言で私の体をぎゅっと抱きしめた。
大きな体にすっぽりと包み込むようにされると、喜びから我にかえった私は羞恥に顔が赤くなるのが分かる。
この闘牛場にはものすごくたくさんの人たちがいる。
その沢山の観客の方々の前で抱き合っていることに気づいてしまったのだ。
恥ずかしい――という感覚は、今まであまりなかったように思う。
抱きしめられると身の置き場のなさを感じるし、見られているのが恥ずかしい。
「ダンテ様、ダンテ様、そんなに心配なさらなくても大丈夫です、私は怪我もなく無事ですよ……!」
「ディジー」
覆いかぶさるようにぎゅうぎゅう抱きしめてくるダンテ様は、私に暴れ牛が向かってきたのを見たのが、よほど心配だったのだろう。
大丈夫だとその背中をぽんぽん叩くと、ダンテ様はやっと顔をあげた。
「……すまない。君は怪我をしているかもしれないというのに、俺は」
「怪我はしていませんよ。元気です。それよりも、皆さんがすごく、困っています」
本日二回目、花吹雪がとても長い。
ダンテ様と私がなかなか離れないので、皆さん喜びの拍手もやや疲れてきている。
ダンテ様ははっとしたように周囲を見渡して、眉間に皺を寄せると深く息をついた。
それから、つかず離れずの位置にいる支配人をぎろりと睨みつける。
「このようなことはよく起こるのか。俺の元には報告は来ていないが」
「い、いえ、滅相もない。闘牛は長らく行っていますが、はじめてのことです」
「では――」
「「申し訳ありません!」」
ダンテ様に向けて、牛の飼育人たちが一斉に頭をさげた。
「ミランティス公爵と奥方様が来てくださっていると知り、つい、迫力を出そうと、いつもよりも倍量のホワイトウッドを布にしみこませてしまいました。そのため、勝負が決まっても興奮がおさまらず、このようなことに」
「観客の方々や、奥方様を危険な目に合わせてしまうとは、斬首されても仕方ないほどの罪です!」
「どうぞ、ミランティス公爵、我らの罪をお裁きください!」
床に額を押し付けて謝罪をする飼育人の方々と対峙するダンテ様を、皆、固唾を飲んで見守っている。
斬首とは、穏やかではない。
エステランドでも犯罪は起こる。この場合、地域の自警団の方々が罪人を捕らえてくれる。
お父様が直々に采配する場合もあるけれど、最近はその役目はお兄様に任せきりだ。
お兄様直々に出て行くことは少ない。犯罪といっても、たとえば痴情のもつれの大喧嘩とか――その程度しか起こらないのだ。
むしろ、事故が起きてその救援に行く場合のほうが多い。
エステランド以外ではどのように罪を裁いているのかよく知らないけれど、ミランティス領では斬首が主流なのだろうか。それほど、凶悪な犯罪が多いのかもしれない。
でも、牛が暴れたぐらいで――確かに、危険だったけれど。
それは、私たちが見に来たせいでもあるのだし。
――難しいわね。でも、斬首は、やりすぎではないかしら。
「ダンテ様、牛は無事で、皆様も無事でした。斬首は罰が重すぎるのではないでしょうか……」
思わずそう口にすると、ダンテ様は私を凝視した。
それから、形のよい額を片手でおさえる。
「ミランティス領では斬首は行わない。人聞きの悪いことを言うな。ディジーが怖がったらどうしてくれるんだ……」
「申し訳ありません!」
「申し訳ありません、ミランティス公爵!」
「怪我人は出なかった。皆が楽しんでいる興行に、水をさすつもりはない。だが、二度と同じことが起こらないように気をつけろ。……ディジーに感謝することだ。ディジーがいなければ、俺は牛を斬っていた」
「ありがとうございます!」
「ありがとうございます、ミランティス公爵! それにしても、瘤を叩くと大人しくなるなんて、知りませんでした」
「奥様、どうしてご存じなのですか?」
「奥様……」
はじめての呼び名に、私は照れた。
なんだかくすぐったい。私はダンテ様の妻なので、間違ってはいないのだけれど――。
「野生のオルデイル牛の発情期を見に行ったことが何度かありまして。雄牛同士が争いはじめて、戦いが苛烈になると、雌牛が瘤を思い切り頭で突くのです。そうすると興奮が収まって、勝負が終わるのです」
知っていることを話せるのが嬉しく、私は身振り手振りを交えて説明した。
「どうも、瘤には精神を安定させるような何かがあるようで……その後、落ち着いた雄牛は交尾をはじめるのです。私たちはこれを、快楽物質と呼んでいるのですが」
「お、おくさま」
「奥様、それは、その反応に困ります……」
「あっ、えっ、あぁ、ごめんなさい……!」
どれが悪かったのだろう。発情かしら。
「申し訳ありません。素晴らしい学術的な知見ですのに。私たちは闘牛を育てていますが、血統を大切にしているので無暗に雄同士を争わせるような飼育方法はしていません」
「野生のオルデイル牛はそのような行動を……」
「確かに、闘牛の際は、瘤を狙ったりしません。なるほど、そのような理由で……」
ふむふむと話し合う男性たちの前で、私は両手を顔にあてた。
ちらりとダンテ様を見る。
「ごめんなさい……つい、癖で。ダンテ様の妻として相応しくないことを口にしてしまいました」
「いや、いい。気にするな」
呆れられたかと思ったけれど、ダンテ様は何でもないように言った。
それから「君は、博識だな」と、褒めてくれた。
心の中にふんわりとあたたかい春風が吹いている。
私の旦那様が――優しい人でよかった。
86
お気に入りに追加
1,543
あなたにおすすめの小説
挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました
結城芙由奈
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】
今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。
「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」
そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。
そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。
けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。
その真意を知った時、私は―。
※暫く鬱展開が続きます
※他サイトでも投稿中
「本当に僕の子供なのか検査して調べたい」子供と顔が似てないと責められ離婚と多額の慰謝料を請求された。
window
恋愛
ソフィア伯爵令嬢は公爵位を継いだ恋人で幼馴染のジャックと結婚して公爵夫人になった。何一つ不自由のない環境で誰もが羨むような生活をして、二人の子供に恵まれて幸福の絶頂期でもあった。
「長男は僕に似てるけど、次男の顔は全く似てないから病院で検査したい」
ある日ジャックからそう言われてソフィアは、時間が止まったような気持ちで精神的な打撃を受けた。すぐに返す言葉が出てこなかった。この出来事がきっかけで仲睦まじい夫婦にひびが入り崩れ出していく。
側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります。
とうや
恋愛
「私はシャーロットを妻にしようと思う。君は側妃になってくれ」
成婚の儀を迎える半年前。王太子セオドアは、15年も婚約者だったエマにそう言った。微笑んだままのエマ・シーグローブ公爵令嬢と、驚きの余り硬直する近衛騎士ケイレブ・シェパード。幼馴染だった3人の関係は、シャーロットという少女によって崩れた。
「側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります」
********************************************
ATTENTION
********************************************
*世界軸は『側近候補を外されて覚醒したら〜』あたりの、なんちゃってヨーロッパ風。魔法はあるけれど魔王もいないし神様も遠い存在。そんなご都合主義で設定うすうすの世界です。
*いつものような残酷な表現はありませんが、倫理観に難ありで軽い胸糞です。タグを良くご覧ください。
*R-15は保険です。
婚約者が他の女性に興味がある様なので旅に出たら彼が豹変しました
Karamimi
恋愛
9歳の時お互いの両親が仲良しという理由から、幼馴染で同じ年の侯爵令息、オスカーと婚約した伯爵令嬢のアメリア。容姿端麗、強くて優しいオスカーが大好きなアメリアは、この婚約を心から喜んだ。
順風満帆に見えた2人だったが、婚約から5年後、貴族学院に入学してから状況は少しずつ変化する。元々容姿端麗、騎士団でも一目置かれ勉学にも優れたオスカーを他の令嬢たちが放っておく訳もなく、毎日たくさんの令嬢に囲まれるオスカー。
特に最近は、侯爵令嬢のミアと一緒に居る事も多くなった。自分より身分が高く美しいミアと幸せそうに微笑むオスカーの姿を見たアメリアは、ある決意をする。
そんなアメリアに対し、オスカーは…
とても残念なヒーローと、行動派だが周りに流されやすいヒロインのお話です。
【完結】騎士団長の旦那様は小さくて年下な私がお好みではないようです
大森 樹
恋愛
貧乏令嬢のヴィヴィアンヌと公爵家の嫡男で騎士団長のランドルフは、お互いの親の思惑によって結婚が決まった。
「俺は子どもみたいな女は好きではない」
ヴィヴィアンヌは十八歳で、ランドルフは三十歳。
ヴィヴィアンヌは背が低く、ランドルフは背が高い。
ヴィヴィアンヌは貧乏で、ランドルフは金持ち。
何もかもが違う二人。彼の好みの女性とは真逆のヴィヴィアンヌだったが、お金の恩があるためなんとか彼の妻になろうと奮闘する。そんな中ランドルフはぶっきらぼうで冷たいが、とろこどころに優しさを見せてきて……!?
貧乏令嬢×不器用な騎士の年の差ラブストーリーです。必ずハッピーエンドにします。
完)嫁いだつもりでしたがメイドに間違われています
オリハルコン陸
恋愛
嫁いだはずなのに、格好のせいか本気でメイドと勘違いされた貧乏令嬢。そのままうっかりメイドとして馴染んで、その生活を楽しみ始めてしまいます。
◇◇◇◇◇◇◇
「オマケのようでオマケじゃない〜」では、本編の小話や後日談というかたちでまだ語られてない部分を補完しています。
14回恋愛大賞奨励賞受賞しました!
これも読んでくださったり投票してくださった皆様のおかげです。
ありがとうございました!
ざっくりと見直し終わりました。完璧じゃないけど、とりあえずこれで。
この後本格的に手直し予定。(多分時間がかかります)
【完結】聖女の手を取り婚約者が消えて二年。私は別の人の妻になっていた。
文月ゆうり
恋愛
レティシアナは姫だ。
父王に一番愛される姫。
ゆえに妬まれることが多く、それを憂いた父王により早くに婚約を結ぶことになった。
優しく、頼れる婚約者はレティシアナの英雄だ。
しかし、彼は居なくなった。
聖女と呼ばれる少女と一緒に、行方を眩ませたのだ。
そして、二年後。
レティシアナは、大国の王の妻となっていた。
※主人公は、戦えるような存在ではありません。戦えて、強い主人公が好きな方には合わない可能性があります。
小説家になろうにも投稿しています。
エールありがとうございます!
旦那様の様子がおかしいのでそろそろ離婚を切り出されるみたいです。
バナナマヨネーズ
恋愛
とある王国の北部を治める公爵夫婦は、すべての領民に愛されていた。
しかし、公爵夫人である、ギネヴィアは、旦那様であるアルトラーディの様子がおかしいことに気が付く。
最近、旦那様の様子がおかしい気がする……。
わたしの顔を見て、何か言いたそうにするけれど、結局何も言わない旦那様。
旦那様と結婚して十年の月日が経過したわ。
当時、十歳になったばかりの幼い旦那様と、見た目十歳くらいのわたし。
とある事情で荒れ果てた北部を治めることとなった旦那様を支える為、結婚と同時に北部へ住処を移した。
それから十年。
なるほど、とうとうその時が来たのね。
大丈夫よ。旦那様。ちゃんと離婚してあげますから、安心してください。
一人の女性を心から愛する旦那様(超絶妻ラブ)と幼い旦那様を立派な紳士へと育て上げた一人の女性(合法ロリ)の二人が紡ぐ、勘違いから始まり、運命的な恋に気が付き、真実の愛に至るまでの物語。
全36話
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる