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近くに座ってもいいですか、旦那様 1
しおりを挟むダンテ様の部屋を退室した途端に、ロゼッタさんが震えながら頭をさげてくる。
私は驚いてしまって、ロゼッタさんの両腕をそっと掴んだ。
「ど、どうしましたか、ロゼッタさん。頭をあげてください」
「この度は私どもの主の大変お恥ずかしい姿を見せてしまいまして……」
「恥ずかしい姿……? 主の恥ずかしい姿……ダンテ様は何か恥ずかしい姿をしていたでしょうか。立派な方でしたよ」
フェロモンが出ている雄という感じでした。
「大きくて立派でした。貴族の男性はもっと線が細いのかと想像していたのですが、ダンテ様は立派な胸板や立派な腕や、上背も立派でした」
つい熱が入ってしまう。だって、牧草を沢山運べそうだったのだもの。
エステランドの男性たちにとって、屈強さとはとても大切なものである。
牧畜もそうだけれど、農業だって基本的には肉体労働。林業もそう。
家屋の修繕だって自分たちで行うし、道の整備もする。
太い丸太を運び、木箱いっぱいのお野菜を運び、袋一杯の小麦を運ぶのだ。
――とうぜん、腕は太い方がいい。
なんて力説していたら、以前旅の商人に騙されたお友達――イレーヌに「それは個人差があるわ、ディジー。私は細くて嫋やかな男性が好きだもの!」と言われた。
確かにイレーヌを騙した旅商人は、細くて嫋やかだった。
「ミランティス公爵領の特産品が宝石だとお聞きして、煌びやかな――指や首に沢山宝石をつけた男性を想像していたのですけれど、そんなことはなかったです。よく考えたら、採掘も肉体労働ですものね」
炭鉱夫も屈強である。宝石は煌びやかだけれど、それを採掘する方々は皆腕が太いのだ。
なんせ、岩をピッケルで砕くのだから。
「そ、そうなのです。ダンテ様はつい先日までは国境の平定戦に従軍なさっていて、それはそれはお強かったのですよ。氷の軍神とまで呼ばれておりまして」
「まぁ、すごい」
「戦場に立てば、敵兵は逃げ出し、ダンテ・ミランティスの名を聞くだけで皆、震えあがると言われております。敵国では知らない人はいないぐらいで……」
ロゼッタさんははっとしたように口をつぐんだ。
「私としたことが、余計なことをいいました」
「何故でしょうか。ダンテ様はお強いのですね。それはとても素晴らしいことだと思います」
敵国、戦場、敵兵。
どれもがあまり馴染みのないものだけれど。
王国の端にある片田舎のエステランドには、他国との軋轢の影響はほとんどない。
そんな情報も届かないぐらいだ。大切なのは、夏が暑いのか、冬が寒いのか。雨が降るのか、日照りが続くのか。
それぐらいである。
「……あの見た目で、あの体躯でしょう。表情も乏しいですし。女性たちは遠巻きに、ダンテ様を見ています。端的に言えば、怖がられています。ですから、ディジー様には、ダンテ様の怖くないところをお伝えしなければいけなかったのに」
「冷血公爵という二つ名はお聞きしていましたけれど、とても表情が豊かでした」
「え、ええ、そうですか?」
「豊かに見えたのですけれど……」
私は軽く首を傾げる。
慌てたり恥ずかしがったり、困ったりしていた気がするけれど。
それにしてもダンテ様は、檻の中の猛獣のような扱いをされている。
そんなに――怖そうには見えなかったのだけれど。
ロゼッタさんは何だか嬉しそうにしながら、私を部屋へと案内してくれた。
私の為――正確には、私ではないディジーさんのために用意された部屋である。
エステランドの私の部屋が、三つぐらいは余裕で入りそうな広さだ。
そこには既に私が持ってきた荷物が綺麗に収納されていた。
「婚姻の準備が整うまでは、ディジー様はこちらでお過ごしください」
「ありがとうございます、ロゼッタさん」
「何かあれば、何でもお申し付けください。それでは、飲み物を準備して参りますね。長旅、お疲れでしょう。ゆっくりと体を休めてください」
「はい、ありがとうございます」
確かに言われてみれば、疲れている気がする。
ロゼッタさんたちのお陰で旅の間はとても快適だったけれど、見知らぬ人たちにたくさん会うというのは少し疲れる。
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