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嫁が可愛すぎる問題
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ふわふわしたミルクティー色の髪に、相手の瞳を目をそらさず真っ直ぐに見つめる甘栗色の瞳。
大きな瞳に小さめの鼻と口。体のラインを露わにしている白いセーターと、上品なスカート。
華奢な体に豊かな胸と、くびれた腰が目に毒だった。
光彩の中に星が散っているような煌めく瞳が細められて、俺を見上げてディジーがにっこり微笑んでいる事実に目眩がする。
可愛いが渋滞して、今すぐ過呼吸で倒れそうだ。
ディジーから婚約の了承を得られたとき、夢なのではないかと思ったぐらいだ。
長年の思い人にようやく、ようやく会えたというのに――。
机の上に置かれた首飾りの小箱を眺めて、俺はがっくりと肩を落とした。
「何が駄目だったのだ……首飾りは嫌いなのか」
「何が駄目だったかと言われたら、全て駄目だったと思いますが……」
すかさず、ディーンが話しかけてくる。
ディーンはロゼッタの兄で、長年ミランティス家に仕えてくれている家の男である。
一つに縛った長い黒髪と金の瞳が特徴的なディーンは、額に手を当ててやれやれと首を振っている。
俺は返されてしまった小箱を指で軽く弾いた。
「宝石が、小さかったか」
「そういうことではないかと」
「女性とは、宝石を好むものと考えていた俺が安易だった。ディジーの好みを把握していなかったのだ。なんと愚かな……」
「ダンテ様。ディジー様の好み云々の前に反省しなくてはいけないことが沢山ありますが」
眉間に皺を寄せて、厳しい声でディーンが言う。
ディーンとロゼッタは双子の兄妹で、俺よりも若い。
だが、はっきりと意見をしてくれるところが気に入っている。
俺に遠慮して何も言わない人間よりも、よほど信用できる。
「先程の挨拶は何ですか。あれではディジー様が困ってしまいますよ」
「仕方なかった。あまりにも可憐すぎて、言葉が出てこなかった」
「お気持ち、お察ししますが……」
「察するというのは、お前もディジーが可憐だと思ったと言うことか、ディーン。まさか、恋敵か?」
「そんなわけがないでしょう。あくまで一般論として、ディジー様は可愛らしい方であるという印象を伝えたまでです」
「そうか」
思わずディーンを睨んでしまい、俺は眉間に指を当てた。
深々と溜息をついて、軽く頭を振る。
それにしても、可愛らしかった。
俺がディジーと出会ったのは、俺が十歳、ディジーが六歳の頃。あの頃から何も変わっていない。
あの可憐で愛らしいディジーがそのまま大きくなった。
もちろん愛らしいが、同時に女らしく、とてつもなく魅力的に。
「ダンテ様。愛さない、こともないような気がするというのは、どういうことですか。久しぶりだ、会いたかった、来てくれて嬉しい――というような、一般的な挨拶が何故できないのですか」
「本当はそう言おうと思っていたのだ。だが、あまりにも可憐すぎて、思わず、愛していると叫びそうになってしまった」
「叫べばいいじゃないですか」
「久々にあった男に愛していると叫ばれたら怖いだろう?」
「怖いですが、ディジー様は優しそうなかたでしたので、にこにこしながら、ありがとうございます――と言ってくれるのではないですか」
「……か、可愛い。想像するだけで可愛くて死ぬ」
「落ち着いてください、ダンテ様」
あまりにも可愛い。
どうしよう、可愛い。旦那様と呼ばれた時点でもう駄目だったのだ。
旦那様。俺が、ディジーの旦那様。
愛らしい声で旦那様と呼ばれるなど、平常心でいられるほうがおかしい。
「可愛かった、ディジー。なんて可愛いんだ……なんだ、あの服は。俺を殺しにきている」
「そんなつもりはないとは思いますが。エステランド産の羊毛のセーターですよ。上品で愛らしい服でしたね」
「あぁ。可愛かった」
「可愛い以外に感想はないのですか」
「わからん。可愛いという以外には何一つわからん」
「……ダンテ様。もう二十二歳ですよね。落ち着いて」
「二十二歳はときめいてはいけないのか」
「そのような怖い顔でときめくとか言われても……ともかく。ダンテ様、第一印象で大失敗をしているのですから、もう少しディジー様と交流を深めるべきです。首飾りを返されたのもなにか事情があるはずですよ」
「首飾りが嫌いだった……というわけではないのか。高価すぎて自分には相応しくないと言っていたな」
はじめて耳打ちされてしまった。
甘くていい香りがした。正直、柔らかい手のひらと、甘い香りと至近距離で耳に触れる吐息と、鼓膜を揺らす可憐な声が気になりすぎて、冷静に会話の内容を反芻するのが難しいぐらいだ。
「エステランドとは、羊が有名で、それ以外にも動物が多い場所です。ディジー様は宝石よりももっと好きなものがあるのではないでしょうか」
「そ、そうか。……そうかもしれないな。ともかく、もう少しディジーを知る必要があるな。ディジーを、知る……必要が……」
「不埒な想像をするのはやめてください。ダンテ様、二十二歳ですよね。冷血公爵。氷の軍神とまで呼ばれた方が、思春期ではないのですから。ディジー様は落ち着いた男性が好きかもしれませんよ」
「そうだな。気をつける」
ディーンの指摘はもっともだ。
俺は表情を引き締めた。
婚礼の儀式の準備ができるまでは一ヶ月ほどあるのだから、ディジーともっと親しくならなくては。
俺はディジーを愛しているが、できることならディジーにも俺を好きになってもらいたい。
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