君を愛さない……こともないような、そうでもないようなって、どっちなんですか旦那様!?~氷の軍神は羊飼い令嬢を溺愛する~

束原ミヤコ

文字の大きさ
上 下
7 / 84

冬の終わりのお出迎え 1

しおりを挟む

 ◇

 ディジー・エステランド様

 この度は、私との婚約に前向きな返事をいただけて嬉しく思っています。
 ありがとう。

 大したものではありませんが、婚約の証にミランティス産のサファイア『人魚の涙』で作られた首飾りを贈ります。
 喜んでいただけると嬉しいのですが。

 雪解けを待って半年後、お迎えにあがります。
 突然の提案で、婚礼の準備も大変かと思います。
 婚礼用のドレスや装飾品などは、ディジー様が私の元に来次第準備を始めますので、ご心配なさらぬよう。

 ダンテ・ミランティス

 ◇

 こんもりとした雪が、丘を覆い尽くしている。
 街へ降りるための道は、お兄様とお父様と一緒に雪かきを行なっているので、他の場所に比べて雪は薄い。

 雪解けまでは数ヶ月。
 私は自室の文机にしまった手紙を出しては眺め、またしまってを繰り返していた。

 几帳面で綺麗な文字は、仕事のお手紙のようにどこか事務的だ。
 婚約の手紙など貰ったことがない。町にいる友人が貰った恋文などは見たことがあるけれど、それには『君に会えなくて寂しい』『会いたい』『夢の中でも君に会いたい』などと書かれていた。

 もちろん、狭い町なので外に出れば嫌でも顔を合わせるだろう。
 だから友人が貰ったのは、旅の商人からの恋文である。

 友人はこの手紙を寄越した商人と結婚できるものと喜んでいた。
 けれど旅商人とは移り気なもので、その後音信不通になったらしい。

 一時期はそのショックで、友人は塞ぎ込んでいた。私は彼女を励ましたし、お兄様にも励まして貰った。

 お兄様は「牧草でも運ぶか? 体を動かしていれば嫌でも忘れるぞ」などと言って、友人に嫌がられていたけれど――。

 ともかく、ダンテ様からの手紙には、恋文という雰囲気が欠片もない。
 貴族の婚約とはこのようなものなのだろうか。はっきりとは愛を伝え合わないものなのかもしれない。

 ダンテ様と私ではないディジーさんが顔見知りだとして、婚約の打診をするほどに愛があるとしても――まるではじめましての相手のような文章を送るものなのかしら。

 羊たちの場合は発情期があるからわかりやすいけれど、人間はそうではない。
 人間って難しいわねと思いながら私は手紙を再び文机にしまった。

 春になったら迎えに来るとお手紙に書いてあるから、両親は私が嫁ぐ準備をしてくれている。
 けれど私はやっぱり勘違いだろうと思っている。
 迎えなどこないのではないかしら。

 人魚の涙の首飾りは、箱にいれたまま大切に机の引き出しの奥へとしまってある。
 これは別のディジーさんへの贈り物だ。
 恐れ多くて触ることもできない。
 ダンテ様が「返せ」ということはないような気がするけれど、できれば返却をさせていただきたい。

 部屋の床に敷いてあるラグの上では、アニマとエメルダちゃんがくっついて眠っている。
 私は揺り椅子に座ると、唯一の趣味である羊毛フェルト作りにとりかかった。

 針でチクチクして羊毛を固めてお人形をつくるのである。
 羊毛フェルトをつくったり、動物たちの世話をしている間は無心になれる。
 あんまり考えても仕方ないのはわかっているけれど、どうしても手紙が気になってしまう。

 ダンテ様が気になるというよりも――本来なら手紙を貰う筈だった別のディジーさんが気になるといったほうが正しいだろうか。
 間違いに気づいて、ダンテ様と別のディジーさんがうまくいってくれるといいのだけれど。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

拝啓、許婚様。私は貴方のことが大嫌いでした

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
【ある日僕の元に許婚から恋文ではなく、婚約破棄の手紙が届けられた】 僕には子供の頃から決められている許婚がいた。けれどお互い特に相手のことが好きと言うわけでもなく、月に2度の『デート』と言う名目の顔合わせをするだけの間柄だった。そんなある日僕の元に許婚から手紙が届いた。そこに記されていた内容は婚約破棄を告げる内容だった。あまりにも理不尽な内容に不服を抱いた僕は、逆に彼女を遣り込める計画を立てて許婚の元へ向かった――。 ※他サイトでも投稿中

妹に婚約者を奪われたので妹の服を全部売りさばくことに決めました

常野夏子
恋愛
婚約者フレデリックを妹ジェシカに奪われたクラリッサ。 裏切りに打ちひしがれるも、やがて復讐を決意する。 ジェシカが莫大な資金を投じて集めた高級服の数々――それを全て売りさばき、彼女の誇りを粉々に砕くのだ。

お二人共、どうぞお幸せに……もう二度と勘違いはしませんから

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
【もう私は必要ありませんよね?】 私には2人の幼なじみがいる。一人は美しくて親切な伯爵令嬢。もう一人は笑顔が素敵で穏やかな伯爵令息。 その一方、私は貴族とは名ばかりのしがない男爵家出身だった。けれど2人は身分差に関係なく私に優しく接してくれるとても大切な存在であり、私は密かに彼に恋していた。 ある日のこと。病弱だった父が亡くなり、家を手放さなければならない 自体に陥る。幼い弟は父の知り合いに引き取られることになったが、私は住む場所を失ってしまう。 そんな矢先、幼なじみの彼に「一生、面倒をみてあげるから家においで」と声をかけられた。まるで夢のような誘いに、私は喜んで彼の元へ身を寄せることになったのだが―― ※ 他サイトでも投稿中   途中まで鬱展開続きます(注意)

もういいです、離婚しましょう。

うみか
恋愛
そうですか、あなたはその人を愛しているのですね。 もういいです、離婚しましょう。

【完結】お姉様の婚約者

七瀬菜々
恋愛
 姉が失踪した。それは結婚式当日の朝のことだった。  残された私は家族のため、ひいては祖国のため、姉の婚約者と結婚した。    サイズの合わない純白のドレスを身に纏い、すまないと啜り泣く父に手を引かれ、困惑と同情と侮蔑の視線が交差するバージンロードを歩き、彼の手を取る。  誰が見ても哀れで、惨めで、不幸な結婚。  けれど私の心は晴れやかだった。  だって、ずっと片思いを続けていた人の隣に立てるのだから。  ーーーーーそう、だから私は、誰がなんと言おうと、シアワセだ。

子持ちの私は、夫に駆け落ちされました

月山 歩
恋愛
産まれたばかりの赤子を抱いた私は、砦に働きに行ったきり、帰って来ない夫を心配して、鍛錬場を訪れた。すると、夫の上司は夫が仕事中に駆け落ちしていなくなったことを教えてくれた。食べる物がなく、フラフラだった私は、その場で意識を失った。赤子を抱いた私を気の毒に思った公爵家でお世話になることに。

私を幽閉した王子がこちらを気にしているのはなぜですか?

水谷繭
恋愛
婚約者である王太子リュシアンから日々疎まれながら過ごしてきたジスレーヌ。ある日のお茶会で、リュシアンが何者かに毒を盛られ倒れてしまう。 日ごろからジスレーヌをよく思っていなかった令嬢たちは、揃ってジスレーヌが毒を入れるところを見たと証言。令嬢たちの嘘を信じたリュシアンは、ジスレーヌを「裁きの家」というお屋敷に幽閉するよう指示する。 そこは二十年前に魔女と呼ばれた女が幽閉されて死んだ、いわくつきの屋敷だった。何とか幽閉期間を耐えようと怯えながら過ごすジスレーヌ。 一方、ジスレーヌを閉じ込めた張本人の王子はジスレーヌを気にしているようで……。 ◇小説家になろうにも掲載中です! ◆表紙はGilry Drop様からお借りした画像を加工して使用しています

処理中です...