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序章:日陰千草の初任務

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 そもそも──ただの事務員として、私はSSHに入ったのだ。 

 高校を卒業して行き場をなくしていた私に声をかけてくれたのは、保護者のような存在の黛壱(まゆずみいち)さんだった。


「就職先、見つからないんだったら僕のところに来る? もちろん、アルバイトを探してもいいけど、千草のその体質じゃ、ちょっと難しいかもしれないし」


 黛さんはいつものように柔和な笑顔で、卒業式を終えて校門から出てきた私にそう声をかけてくれた。 
 私には卒業式に出席してくれる両親はいないし、迎えにきてくれるような家族もいないから、黛さんが迎えにきてくれたことは純粋に嬉しかった。  
 就職先も決まっていなかったから、余計に。


 商業科の高校に通っていた私は、高校三年生の時に一通りの就職活動をした。
 学校側が斡旋してくれるし、見学もした。 
 もちろんやる気はあった。
 だって、働かないと食べていけないことぐらい、私は十分知っていたからだ。


 でも──だめだったのだ。 
 私の態度が悪かったとか、成績が悪かったとか、面接の時にまともに話もできなかったとか、そういうことじゃない。


 理由はもっと、ずっと難しいところにあって。 
 難しいところというか、私一人の力じゃどうしようもできないところにあった。


 私は──人じゃないものが、よく見えるのだ。 


 好きで見ているわけじゃない。
 理由はわからないけれど、ずっと見える。 
 小さい頃からずっと。


 どの職場に行っても、見えるのである。 
 人が多ければ多いほど、見える量は増えた。 

 人の体にまとわりつく黒い影やら、不気味な手やら、ばけものやら、ともかく、気味の悪いものがたくさん。  

 幼い頃から見え続けているというのに慣れることなんてなくて、私は怖いものが苦手である。

 だって気持ち悪いし、ともかく怖いのだ。恐怖に理由なんかない。
 ただ、怖いものがいるから怖いのである。  


 黛さんは、私と初めて出会った時、「千草は、一千年に一度の逸材だね」と言った。


 私は人ではないものに好かれやすく、呼び込みやすく、また、見えてしまう体質であるらしい。

 黛さんはそれを『壊れた収集電波発生スピーカー』と呼んだ。 
 私にとっては、激しく迷惑で、何の役にも立たない特異体質である。

 そのせいで私は、家族を失い、黛さんと出会ったのだ。 
 黛一。
 神聖生物保管庫、通称SSHの、第七分室の室長に。

 そんなわけだから、黛さんから誘われた仕事とは、もちろんSSH7と呼ばれる、神聖生物第七分室の一員。

 でも、私はてっきりオフィスで書類仕事をする事務員だと思っていた。


 それなのに──。


「じゃ、ちぐちゃん。頼んだよ!」


 私は今、『出る』と評判の、いかがわしいホテルの一室にいる。 
 私の前にいるのは、派手なアロハシャツを着ていて、アロハシャツの中には何故か『健康第一』と書かれたダサめな黒Tシャツを着ていて、金ピカの金髪に、室内なのにサングラス。 

 両耳にこれでもかというほどのピアスをつけた、チンピラみたいな見た目の男性──灰沢枷瑠亜(はいざわかるあ)先輩は、にっこり笑って、私を恐ろしい部屋に一人残して扉から出ていったのだった。


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