1 / 1
序章:日陰千草の初任務
しおりを挟むそもそも──ただの事務員として、私はSSHに入ったのだ。
高校を卒業して行き場をなくしていた私に声をかけてくれたのは、保護者のような存在の黛壱(まゆずみいち)さんだった。
「就職先、見つからないんだったら僕のところに来る? もちろん、アルバイトを探してもいいけど、千草のその体質じゃ、ちょっと難しいかもしれないし」
黛さんはいつものように柔和な笑顔で、卒業式を終えて校門から出てきた私にそう声をかけてくれた。
私には卒業式に出席してくれる両親はいないし、迎えにきてくれるような家族もいないから、黛さんが迎えにきてくれたことは純粋に嬉しかった。
就職先も決まっていなかったから、余計に。
商業科の高校に通っていた私は、高校三年生の時に一通りの就職活動をした。
学校側が斡旋してくれるし、見学もした。
もちろんやる気はあった。
だって、働かないと食べていけないことぐらい、私は十分知っていたからだ。
でも──だめだったのだ。
私の態度が悪かったとか、成績が悪かったとか、面接の時にまともに話もできなかったとか、そういうことじゃない。
理由はもっと、ずっと難しいところにあって。
難しいところというか、私一人の力じゃどうしようもできないところにあった。
私は──人じゃないものが、よく見えるのだ。
好きで見ているわけじゃない。
理由はわからないけれど、ずっと見える。
小さい頃からずっと。
どの職場に行っても、見えるのである。
人が多ければ多いほど、見える量は増えた。
人の体にまとわりつく黒い影やら、不気味な手やら、ばけものやら、ともかく、気味の悪いものがたくさん。
幼い頃から見え続けているというのに慣れることなんてなくて、私は怖いものが苦手である。
だって気持ち悪いし、ともかく怖いのだ。恐怖に理由なんかない。
ただ、怖いものがいるから怖いのである。
黛さんは、私と初めて出会った時、「千草は、一千年に一度の逸材だね」と言った。
私は人ではないものに好かれやすく、呼び込みやすく、また、見えてしまう体質であるらしい。
黛さんはそれを『壊れた収集電波発生スピーカー』と呼んだ。
私にとっては、激しく迷惑で、何の役にも立たない特異体質である。
そのせいで私は、家族を失い、黛さんと出会ったのだ。
黛一。
神聖生物保管庫、通称SSHの、第七分室の室長に。
そんなわけだから、黛さんから誘われた仕事とは、もちろんSSH7と呼ばれる、神聖生物第七分室の一員。
でも、私はてっきりオフィスで書類仕事をする事務員だと思っていた。
それなのに──。
「じゃ、ちぐちゃん。頼んだよ!」
私は今、『出る』と評判の、いかがわしいホテルの一室にいる。
私の前にいるのは、派手なアロハシャツを着ていて、アロハシャツの中には何故か『健康第一』と書かれたダサめな黒Tシャツを着ていて、金ピカの金髪に、室内なのにサングラス。
両耳にこれでもかというほどのピアスをつけた、チンピラみたいな見た目の男性──灰沢枷瑠亜(はいざわかるあ)先輩は、にっこり笑って、私を恐ろしい部屋に一人残して扉から出ていったのだった。
0
お気に入りに追加
21
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
となりの音鳴さん
翠山都
ホラー
新たに引っ越してきたコーポ強井の隣室、四〇四号室には音鳴さんという女性が住んでいる。背が高くて痩身で、存在感のあまりない、名前とは真逆な印象のもの静かな女性だ。これまでご近所トラブルに散々悩まされてきた私は、お隣に住むのがそんな女性だったことで安心していた。
けれども、その部屋に住み続けるうちに、お隣さんの意外な一面が色々と見えてきて……?
私とお隣さんとの交流を描くご近所イヤミス風ホラー。
招く家
雲井咲穂(くもいさほ)
ホラー
仕事を辞めたばかりで将来の見えない日々を送っていた谷山慶太は、大学時代の先輩・木村雄介の誘いで、心霊調査団「あやかし」の撮影サポート兼記録係としてバイトをすることになった。
初仕事の現場は、取り壊しを控えた古びた一軒家。
依頼者はこの家のかつての住人の女性――。遺産として譲り受けたのはいいものの、借り手も買い手もつかない家を持て余していたのだという。
≪心霊調査団「あやかし」≫のファンだという依頼人は、ようやく決まった取り壊しの前に木村達に調査を依頼する。この家を、「本当に取り壊しても良いのかどうか」もう一度検討したいのだというが――。
調査のため、慶太たちは家へ足を踏み入れるが、そこはただの空き家ではなかった。風呂場から聞こえる水音、扉の向こうから聞こえるかすかな吐息、窓を叩く手に、壁を爪で削る音。
次々と起きる「不可思議な現象」は、まるで彼らの訪れを待ち構えていたかのようだった。
軽い気持ちで引き受けた仕事のはずが、徐々に怪異が慶太達の精神を蝕み始める。
その「家」は、○△を招くという――。
※保険の為、R-15とさせていただいております。
※この物語は実話をベースに執筆したフィクションです。実際の場所、団体、個人名などは一切存在致しません。また、登場人物の名前、名称、性別なども変更しております。
※信じるか、信じないかは、読者様に委ねます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる