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第二章 マユラ、錬金術店を開く

お兄様へのお願いと情報収集

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 さんざん頭を悩ませて、いくつかの図案を作った。
 マユラは絵が割とうまい。そのせいで、本当は可愛い絵にしたいのに、鳥も猫も妙に現実味があふれる絵になってしまう。

 アンナにも描いて貰ったが、アンナはマユラにさらに輪をかけて上手かった。
 これは故郷の田舎で暇だったから、そして王都に来ても夫がいなくて暇だったから、その辺の鳥や木々や花をスケッチして暮らしていたかららしい。

 そんなわけで、マユラとアンナが書いた鳥や猫や王冠は、陰影があり妙に写実的だった。
 それが悪いというわけではないのだが、ブリキ缶の中央に小さくマークを入れるつもりだったので、あまり適していない絵柄だともいえる。

「もっと可愛い感じにしたいですね。王冠の猫ちゃんでもいいですし、小鳥でもいいですけれど……」
「いっそ王冠の猫ちゃんと、小鳥、両方にしたら? 缶は二種類あったほうが、選ぶ楽しみがあっていいもの」
「そうですね、そうしましょう。アンナさん、少し出かけてきますね。食材も乏しいですし、ブリキ缶を作ってもらう場所も探さないと。アンナさんは何か買って来てほしいものはありますか?」
「んー……そうねぇ。じゃあ、お洗濯用の洗剤と、マユラちゃんのもうすこしまともな服と、髪飾りかしら」
「髪飾りと服は、お金が入ったら考えますよ」
「えぇ~……」

 不服そうなアンナに苦笑しながら、マユラは出かける支度をした。
 手帳と万年筆も鞄に入れて、それから家賃を抜いた残りの金──八万ベルク弱を袋に入れて、鞄に突っ込んだ。
 今日は師匠と、ルージュを連れている。ただの買い物なので、特に危険なことはないはずだ。
 頭の上にルージュを乗せて、それから師匠を小脇に抱えて家を出た。

 坂をおりて、まずは騎士団本部に向かうことにした。
 市場で買い物をすませたあとだと荷物が重いので、それは帰り道でいい。

『今日はどこに行くつもりだ、マユラ。採集にしては軽装だな』
「お兄様に会いに行くのですよ。素材をいただいたお礼をしなくてはいけませんし、それから、絵を描いてもらおうと思いまして」
『嫌いな相手に会いに行くとは、酔狂よな』
「嫌いではありません、苦手なだけです。でも、謝ってくれましたし、お兄様たちの厳しさに耐えたおかげで今の私がありますから。感謝もしています」
『お前の家族は、どのような人間たちなんだ?』

 朝の澄んだ空気の中、マユラは師匠と話しながら坂道を降りていく。
 光を受けて輝く海面が美しい。昨日あの海の中で、おそろしくも悲しい魔物に襲われたことが、嘘のようだ。

「レイクフィア家……魔導師の家系です。家族たちは皆立派な魔導師です。特にお兄様は国一番の魔導師と言われていて……レイクフィア家では、私のようにうまく魔法が使えない者は落ちこぼれでした。家族の一員とはみなされていないと、思っていたのですけれど」
『お前が一人で生きられるように、厳しく接したとかなんとか』
「はい。おかげ様で、家事は全般特になりましたし、お金の管理も行うことができるようになりました。勉強は、家にたくさんあった本を読みましたのでなんとかなりましたし、体も頑丈になりました。どこでも眠れる特技もあります」
『……まるで誰かと同じだ。胸糞悪い』
「師匠とは違いますよ。だって私の周りには人がいました。師匠は一人でした。師匠の方がずっと辛かったのではないでしょうか」

 マユラはそれでも家に置いてもらっていたのだ。
 幽閉塔でたった一人だった名前のない鬼子──アルゼイラとは違う。

「あの夢の続きは……」
『そのうちまた、夢に見るだろう。私がわざわざ語ることでもない』
「話してくれてもいいのに」

 五百年前の王と王妃の子だとしたら、アルゼイラは王家に連なる者なのだろうか。
 王家の歴史について、マユラはそこまで詳しいわけではない。
 城にある記録書でも読むことができればまた違うだろうが。

『私に興味を持つ必要はない。私は天才魔導師であり、お前の師匠だ。それ以外に何かが必要か?』
「そんなこともないですけれど」

 人で賑わう街を通り過ぎて、南地区の一角にある乗合馬車の待合所でしばらく待って、乗合馬車に乗り込んだ。
 騎士団本部があるのは城の一角である。南地区からはかなり距離があり、徒歩で向かうと日が暮れてしまうだろうと、道行く人に騎士団本部に行きたいのだと尋ねて回ったら、乗合馬車の場所を教えてくれた。

 マユラは乗合馬車に乗り込んだ。ほろのない乗合馬車は、十名程度がのることができる。
 ぎゅうぎゅうと乗客たちとひしめきあって馬車に乗っている間、師匠はずっと静かにしていた。
 人が多い場所があまり好きではないのだろうなと思う。
 角のあるアルゼイラは、あの後一体どうなったのだろう。

 しばらくして、城門前街に辿り着いた。
 城の見学者が集まるために、城門前広場には多くの店が出ており、賑わっている。

「お兄様に絵を描いてもらって、それから、亡き王女の話も少し聞けたらいいのですけれど……」

 マユラは目の前にそびえる白亜の城を見上げて呟いた。
 レオナードの呪いをとくにあたり、マユラは王女のことを何も知らない。
 名前さえ、よく知らないのである。
 レオナードと王女の間に何があったのか、もう少し情報を得たかった。
 できれば、レオナード本人からではなく、第三者の誰かから。


 
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