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第一章 マユラ、錬金術師になる

ひとまずの休息

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「俺は、呪われているのか……」
「レオナードさん、尋常じゃなく迷いますから、もしかしてそれが呪いですか?」
「いや、それはうまれつきだ」
『ははは』
「ふ……」

 心配するマユラに、レオナードがあっさりこたえる。
 うまれつきなら、呪いではないだろう。師匠とユリシーズがくつくつ笑っている。
 人の不幸を笑うあたり、似ている人たちである。
 魔導師はこういう人が多いのだろうか。

「すごく呪われているのよ。あんまり怖いものだから、この人がきたときは隠れていたのだけれど。でも、マユラちゃんと一緒に戦ってくれたし、勇気を出して指摘してみたわ。だってこのままじゃマユラちゃんまで不幸になってしまうかもしれないもの」

 ふるふる震えて、さめざめ泣きながらアンナが言う。
 そしてはっとしたようにじっとマユラを見つめて、ぱちんと手を叩いてにっこりした。

 この感情の起伏の激しさ。幽霊だからだろうか。アンナは幽霊になってから感情のコントロールが上手くいかないと言っていたので、きっとそうなのだろう。

「マユラちゃん、呪われた話は後にしましょ。話したところで解決できるわけじゃないものね。まずは傷をなおして、それからお風呂ね。お風呂もわかしてあるのよ、家事も育児もアンナさんに任せておいて」
「育児の必要はまだ……」
「そのうち必要になるかもしれないじゃない? 命短し恋せよ乙女だわ。けれど、そちらのレオナードさんは駄目よ。呪われているのだから」
「……う゛っ」

 レオナードが胸をおさえて小さくうめいた。
 呪われていると言われてショックなのだろう。

「マユラちゃんが傷をなおしている間、皆お風呂に入りなさいな。海風で髪がべたべたよ。とくにそこの」
「兄です」
「兄だ」
「マユラちゃんのお兄さん。あまり似ていないわね。性格の悪そうなお兄さん。べたべたで汚いわ。さっさと綺麗にしてちょうだい。師匠もね。マユラちゃんと一緒にお風呂に入れるなんて思わないことね!」
『思っていない。おい、不幸女。偉そうではないか、急に』
「だって幽霊だもの。殺したってしなないのよ、もう」

 アンナが胸をはって言う。
 マユラは錬成部屋に入ると、残っていた治療のポーションのラムネを、カリカリ食べた。
 すぐに切り傷や、両手の火傷が癒えていき、ようやくなくなった痛みに安堵の息をつく。

「マユラ、怪我は……」
「大丈夫です。もう治りましたよ」
「よかった。……すまない。俺が共にいたのに、守れなくて」
「大丈夫ですって。レオナードさんは責任感が強い、いい人ですね。ありがとうございます。私の怪我は私の責任なので、気にしないでくださいね」

 綺麗になった両手を、心配するレオナードに見せる。
 視線の先で、お湯の入った桶の中でひとりでに浮き上がるブラシや石鹸にもみくちゃにされて文句を言っている師匠の姿が見える。

 師匠に直接触ることはできないが、お湯やブラシなどを自在に操ることができるアンナは師匠を洗うことができるようだ。

「マユラ。ユリシーズと俺は、もう帰るよ。今日は疲れただろうし。呪いの話は気になるが、今のところ命に別状はない。また、時間を改めて話を聞きに来る」
「何故、私が帰るという話になっている?」
「帰らないのか?」
「兄が妹と共に住むことに何か問題があるか? 家賃や生活費は私が支払う。レイクフィアの家族には、お前がここにいることは黙っておこう」

 レオナードならばどれほど居てもらっても構わないが、ユリシーズには帰ってもらいたい。
 嫌いではないが、ずっと一緒にいられると、マユラの胃に負担がかかる。
 怖い兄は怖いので苦手だが、優しい兄は不気味だ。
 そのうち慣れる日がくるかもしれないが、今はまだ心が追いつかない。

「あの、お兄様。お帰りになっていただけると嬉しいのですが」
「何故だ?」
「そ、それは、その……私、お兄様のことが苦手なのです。ずっと嫌われていると思っていましたし、実際嫌われていましたし、怖いので……!」
「……っ」

 はじめてはっきり気持ちを伝えると、ユリシーズは大きく瞳を見開いた。
 
「そ、そうか……あぁ、そうか……そうだな。私はお前を愛しているが、お前にとってそれは迷惑だということだな」
「……そういうわけでは、そこまでは言っていませんけれど」
「よりいっそうの努力が必要というわけだな。理解した」
「理解していただけるのなら、助かります」

 どういう理解のしかたをしたのかは不明だが、一緒に暮すという選択肢が消えただけありがたい。
 常々、レイクフィアの家族たちは浮世離れしていると思っていたマユラだが、ここにきてよりいっそうそれを強く感じた。
 魔法のこと以外は途端に駄目なのだ。

「レオナードさん、お帰りになる前に、呪いのことだけ聞いていきませんか? 私だったら気になって夜も眠れなくなってしまいます」
「そうだな。……薄々、わかってはいるが」

 レオナードとユリシーズが家を出る前に、マユラはアンナを呼び戻して、洗い終わった師匠をタオルでごしごし拭きながらリビングに皆で集まった。

「アンナさん。呪いの話、聞いてもいいですか?」
「ええ。もちろん」
「レオナードさんは呪われているのですよね」
「そうなの! すごく怖いのよ。すごくすごく怖い、まっくろでどす黒くて絡みつくようなこわいものが、背中にくっついているの。よく平気でいられるわね。鈍感すぎるのではないかしら!」
「ど、鈍感……」
「レオナードさんが鈍感だということは周知の事実ですから、大丈夫ですよ」
「そうか……」

 ショックを受けるレオナードを、マユラは励ました。
 彼の過去の話を聞いたときから、そんなことはわかっていた。太陽のようにいい人なのだが、鈍感過ぎて女性から向けられる感情に気づかない人なのだ。

「やっぱり、亡き王女の呪いでしょうか……」
「亡き王女?」
「アンナさんとお兄様は知りませんでしたね。師匠と私は話を聞いていたのですが」
「知っている。レオナードが騎士団をやめた原因だ。隣国に嫁ぐはずの王女が死んだ。私はあれが嫌いだった。男になら誰にでも、尻尾を振るような女だった」
「お兄様、そんなことは言ってはいけませんよ」
「そうか。気をつける」

 兄に注意をすると、すぐに殊勝な態度で頷いた。なんだか妙な感じである。

「亡き王女は、レオナードさんに恋をして、レオナードさんの前で自死をしたそうなのです。でも、遺体は見つからず、消えてしまったのだとか」
「なるほどねぇ。じゃあきっとそれね。呪いは私には見えるけれど、マユラちゃんたちには見えないのよね?」
「見えませんね」
「すごいわよ。こわいわよ。呪いを見ることができたら、原因がなにかはっきりするのではないかしら。ともかくすごくすごく敵意を持って、私やマユラちゃんを睨んでいるもの」
「わぁ……」

 マユラはぶるりと震えた。
 ユリシーズが嫌な顔をして「近づくな」と、レオナードから離れる。
 師匠だけは『ははは、女の執念か、こわいな』と、楽しそうに笑っていた。
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