今日からはじめる錬金生活〜家から追い出されたので王都の片隅で錬金術店はじめました〜

束原ミヤコ

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第一章 マユラ、錬金術師になる

アンナさんの真実

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 エナが朝食を食べていけというのを、レオナードが断ってくれた。
 マユラの怪我を心配してくれているのだろう。
 眠気と痛みでそろそろ限界だったマユラは、ほっと胸を撫で下ろした。

 朝食はとても魅力的だが、先に休みたいのは確かだ。
 グウェルたちにまた来ると挨拶をして、帰路につく。

 ニーナが玄関先で手を振りながら「お姉さん、ありがとう!」と大きな声で何度も礼を言ってくれた。

「……マユラ。辛そうだ。抱きあげようか」
「い、いえ、大丈夫です。歩けますよ」
「……レオナード。それは私の役目だ。今まで兄として振る舞えなかった分、これからは存分に兄としてお前を大切にしよう」
「だ、大丈夫です。お兄様、大丈夫です。大丈夫なので……あぁ……っ」

 ふらふら歩いているマユラに気づいたのか、レオナードが手を差し伸べようとしてくる。
 そこまでしてもらう必要はないと断ったのだが、そのやりとりを聞いていたユリシーズが強引にマユラを抱きあげた。

『はは。人気があるな、マユラ』
「……笑いごとじゃありません。お兄様、大丈夫ですから」

 兄の腕の中で体を硬くするマユラを、師匠がせせら笑っている。
 人の不幸が好きなのだ。この師匠は。どんな人生を送ってきたのだろう。甚だ疑問である。

「マユラ。私とお前は口付けをした仲だ。口付けというのは、男女の愛の誓いだろう。口付けをした相手と結婚をするものだ」
「兄妹ですよ……!?」
「兄妹は結婚できない。ユリシーズ、マユラはお前を嫌っているように見えるが」

 困り顔をして、レオナードが言う。
 それでも言葉が優しいのが、レオナードのよいところである。

「嫌っている? あり得ないな。マユラはいつも私に優しい。あの家で私に優しく声をかける者はマユラぐらいしかいない」
『可哀想だな、お前の兄は』

 マユラの腕の中で師匠がユリシーズを哀れんだ。
 ユリシーズは嫌われていたから皆から距離を置かれていたというわけではない。

「そうではなくてですね、お兄様は皆から尊敬されて恐れられていたのです。レイクフィアの家族たちは、おしゃべりではないですし……私、優しく声をかけたでしょうか……」

 むしろ怯えながら、「お食事です、お兄様」「今日もお疲れ様でした」「お風呂を沸かしましたよ、お兄様。今日は疲れがとれるように、薬草をいれました」と声をかけていた気がする。
 兄の認識が間違っているのだが、兄の中であれは優しく声をかけられていたと思っていたのかと、衝撃を受ける。

「……マユラは私が嫌いか」
「嫌いではないですが、兄妹ですから。口付けは人命救助です。お兄様、真面目に考えてくださるのはありがたいですが、私は妹ですよ」
「私が王国の上層部にまで上り詰めて、法を変えよう」
「お兄様、落ち着いてください。きっと疲れているのですよ。騎士団では色々と気疲れもあるでしょうから」
「……お前は優しい。やはりオルソンなどに渡すべきではなかった。安心しろ、オルソンには私が直々に引導を渡しておいた」
「な、何かしたのですか……」
『殺したのか』
「死は終わりだ。それではつまらん」

 若干師匠の声がわくわくしている。人殺しの話に興奮しないで欲しい。
 更にその上をいく回答が兄からもたらされたので、マユラは青ざめた。
 もう二度と会うこともない人だが、無事であって欲しいと思う。

 丘の上まで辿り着く。すると、草が蔓延っていた庭は綺麗に草が刈られて、壁にへばりついていた蔓植物も綺麗に刈られた、すっかり綺麗になった家が眼前に現れた。
 きっとアンナだ。アンナが、家の手入れをしてくれていたのだろう。

 庭先に、草刈り鎌が落ちている。アンナは物を動かすことができる。
 草刈り鎌を操っている最中に──海中に消えていったスキュラと共に、あんなの体も大地に還ったのだろう。

「アンナさん……」

 辛いばかりの人生だったのではないか。
 明るく優しいアンナの姿が思い出されて、マユラは瞳を潤ませた。
 アンナは、腹の子に気づいていたのだろうか。マユラには言わなかったが──だからこそ、師匠に夫の呪殺を頼むほどに、思い詰めてしまったのではないか。

 そう思うと、ひどく胸が痛んだ。
 アンナの助けに、少しでもなれただろうか。
 
 その心は、ほんの僅かでも救われたのだろうか。
 産声もあげることができなかった命とともに、アンナは──大地に還ることができたのだろうか。

「マユラちゃーん、おかえりなさい!」

 瞳を潤ませるマユラの耳に、のんびりとした声が届く。
 ぱたんと、玄関の扉が内側から開き、箒やらモップやらを宙に飛ばしながら、アンナがぱたぱたと手を振っていた。

「……誰だ、この女は」
「マユラ、この人は……あの海の中の顔と似ているけれど」

 レオナードの言葉にユリシーズは目を見開いて、青ざめる。
 心なしか震えている。幽霊が苦手なのだ。
 マユラはユリシーズの腕の中から降りると、アンナに駆け寄った。

「アンナさん、どうして!」
「マユラちゃん、ひどい怪我だわ。はやくなおさないと」
「アンナさんの体を乗っ取っていた魔物、倒したはずなのに!」
「そうなのよ。倒してくれてありがとう!」
「どうなっているのですか?」

 にこにこしながら、アンナはマユラの両手を握った。
 触れることはできない。その体はマユラの体を通り過ぎてしまう。
 けれど、手を握られたことはわかる。

「うん。……マユラちゃん、ありがとう。……騙してごめんね」
「騙した?」
「ええ。……本当はね、私、いつでも消えることができたの。魔物は私の体を乗っ取ったわけじゃない。私の魂はここにあって、私の感情はここにある。海の中で世界を恨んでいたのは、私の……」
「アンナさん。大丈夫、わかっています」
「うん。ありがとう。……心残りがあったの。ずっと、助けたかったの。でも、言えなかった。とても口には出せなかった。……だって、私の子供を殺してなんて、とても、私には」

 マユラはアンナを抱きしめた。
 もちろん、抱きしめることはできない。でも、触れられないその体に、少しでも温もりが伝わるといいと思いながら、抱きしめるふりをする。

「……あの子はきちんと、消えることができたわ。もう、気配はしない。苦しみもない。マユラちゃんのおかげ」
「……はい。それなら、よかったです」
「あの子が誰かを不幸にすることも、もうないわね。だから……私の心残りは」
「心残り、まだあるのですか」
「ええ。私はいつでも消えることができる。でも、もう少しマユラちゃんと一緒にいたいなって思って。だって心配だもの! こんなに怪我をして。女の子なのにオシャレもしないで。心配だわ!」
 
 アンナは心底苦しげに言って、ぎろりとマユラの後ろにいる男性たちを睨み付けた。

「それにね、それに、すごく呪われているの。すごく呪われているのよ!!!!」

 青ざめ怯え震えながら、アンナは叫ぶ。
 レオナードとユリシーズと師匠が互いを指さした。

「師匠のことか? それともユリシーズ?」
『レオナードだろう』
「レオナードだな」
「俺……?」

 アンナはマユラの影に隠れるようにしながら、レオナードを指さしたのだった。


 
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