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第一章 マユラ、錬金術師になる
炎の聖杯
しおりを挟むマユラは玄関までレオナードを迎えに行った。
玄関先にいたのはレオナード一人だ。
「ベルグランさんたちは先にギルドに戻った。仕事があるし、あまり大勢で押しかけるのはマユラに悪い、邪魔をしたくないと言って」
「大切なお客様ですから、邪魔ではないですけれど」
「伝えておくよ。約束の素材をとってきた」
マユラはレオナードをリビングに案内した。
錬成に集中していたからだろう、気づけば日が傾きはじめている。
時刻は夕刻。空腹を感じたマユラは先に食事をすまそうと、レオナードを錬成部屋で待たせると、キッチンに向かう。
「アンナさんはどうしたのかしら……レオナードさんが嫌い? 知り合い、とか……」
不思議に思いながら、マユラはヴェロニカの街の者に貰っていた芋とシダールラム肉、黄金キノコを使用して手早くポトフを作った。甘みを出すために、余っていた生命の雫も少し入れた。
錬成に使用する素材だが、普通に食料としても食べることができる。
魔物肉はあまり流通していないものの、好事家などは好んで食べる。専門店もあるぐらいだ。
シダールラム肉を調理するのははじめてだが、普通の羊肉とさほど変わらない。
できあがったポトフを持ってリビングに戻ると、再び師匠がレオナードを攻撃していたので、師匠の頭をマユラはぼふっと叩いた。
「何してるんですか、師匠」
『なんとなくだ』
「なんとなく攻撃しないでください! レオナードさん、すみません」
「いや、気にしなくていい。師匠はそのあたりの魔物よりもずっと強い。いい鍛錬になる」
さすがは太陽の騎士。師匠に異空間から放たれる何本もの黒い槍で襲われているのに、笑顔が爽やかだ。
マユラは師匠の頭をやや乱暴に掴むと、テーブルの上にぽんと置いた。
ようやく目覚めたルージュが、マユラのポケットから出てくるとレオナードに向かって嬉しそうに激突していく。
レオナードはルージュを肩に乗せると、長い指で小さな体をそっと撫でた。
「レオナードさん、もしよければ一緒に食べませんか? シダールラム肉が嫌いじゃなければ……」
「ありがたい。よく迷うと言っただろう? 魔物肉は貴重な食料で、よく食べる。といっても、俺の場合はただ焚き火で焼く程度のことしかしないのだけどね」
「よかった、どうぞ。師匠も食べることができればよかったのですが、残念です」
『必要ない。お前たちは食わないと生きていけないのだから、燃費が悪いな』
師匠は大人しくソファに座った。師匠の動力源は何だろう。
人には魂がある。それが大地にかえるのだとアンナは言った。アンナは大地にかえることができずに、幽霊となった。
だが、どうやら師匠は幽霊とはまた違うようだ。
魂をうつす実験──と、言っていたが。
自分のことを語らない師匠は、いつか五百年前に何があったのかを教えてくれるのだろうか。
シダールラムの肉は臭みもなくとろりとして柔らかい。
生命の雫の甘みが優しく、味付けのスパイスとよく混ざり合って、深みのある味わいである。
「美味しい。魔物の肉が旨いと思ったのははじめてかもしれない」
「レオナードさんは料理は不得意ですか?」
「あぁ。俺が肉を焼くと、大抵が生焼けになるか焼きすぎるんだ」
「案外不器用なんですね」
「器用に見えるだろうか?」
「そうですね……なんでもできそう、という感じはします。でも、何でもできる人なんていませんよね。私も皆さんに協力してもらったから、こんなに早く錬金魔法具を作ることができたのですし」
それは師匠のおかげであり、レオナードたちのおかげであり、家を綺麗にしてくれたアンナのお陰でもある。
「それにしても、素材の採集がとても早いですね」
「あぁ。傭兵ギルドでは移動手段として、大山犬を飼っていてね。俺の大山犬は森の中ではぐれたんだが、一人で先に傭兵ギルドに戻っていた」
大山犬とは、山岳地帯に生息している馬ほどの大きさの山犬のことである。
賢く、足腰が強く体力があり、馬と同じぐらい騎乗用の乗り物として人気が高い。
「……レオナードさん」
「何だろう?」
「レオナードさんの大山犬の名前、イヌ、ではありませんか?」
「そうだが、よくわかったな」
「あはは、やっぱり」
ルージュをトリと呼んでいたレオナードのことだ。やはり、イヌ。
なんというか──華やかな見た目に反して、その中身はずっと素朴な男なのだろう。
「ごちそうさまでした。さぁ、最後の準備をしていきましょう」
空腹が満たされると、元気が出た。錬成は、案外体力を使う。
集中が途切れると、おそらく失敗をしてしまう。食事を終えると、長時間の集中で、疲れた脳に栄養が行き届いた感じがした。
マユラは食器を片付けたあと、師匠を抱えて、ルージュを肩に乗せたレオナードと共に錬成部屋に向かった。
◆炎の聖杯◆
素材:サラマンダーの炎袋
ウォールデーモンの柱片
クリスマリアの神聖なる瞳
これらは、おそろしく討伐難度の高い魔物たちである。
レオナードたちに感謝しながら、マユラは素材を錬金釜の中に入れた。
釜の中で、濃い魔素がどろりととけて混じり合う。
美しい金杯の中で煌々と燃える炎を想像する。
やがて──ぼこぼこと錬金釜の中の水が泡立ち、その激しい泡立ちがしんとおさまると、ぷかりと美しい聖杯が姿を現した。
「よし……!」
『おぉ。……上出来だ、我が弟子。錬金術師になって二日目で、ここまでできる人間はいない』
「ありがとうございます、師匠」
「マユラはやはりすごいな。才能がある。素晴らしいな」
「レオナードさん、褒めすぎですが……嬉しいです」
金の聖杯の中では、炎が燃えている。
炎に触れようとするマユラの手を、ぱしっと師匠が叩いた。
『触るな、馬鹿者。手が焼ける。それは炎だ。耐えない炎。取り扱いが難しいのだ、これは』
「すみません、あんまり綺麗なものですから……つまり、鞄の中に入れたりしたら」
『入れるな。燃えるぞ』
「気をつけます」
炎の聖杯をテーブルの上に置くと、夕暮れの部屋が明るく照らされた。
「お料理などに便利ですね。あかりとりにもなりますし」
『消えない炎が便利か? 危険だろう』
「確かにそれはそうですね」
マユラは頷く。炎は消えるからこそ、安全に取り扱うことができる。
燃え続ける炎は、一歩間違えば家や街を焼きかねない。
「さぁ、これでスキュラ討伐の準備が整いました。あとは夜を待って、船を出すだけですね」
「スキュラが出没するのは夜。グウェルさんが釣りをしていたのは、港から少し離れた場所だが、港の湾からは出ていないそうだ。スキュラが出現したら俺に任せてくれ」
「ありがとうございます、レオナードさん。一緒に来てくれるのですか?」
「当然だ」
何故そんなことを聞くのかという風に、レオナードは頷く。
レオナードの返事は心強い。一人で夜の海に行くというのは、やはり少し不安なものである。
「師匠も来てくれますよね」
『……何故私が』
「さては海が怖いのですね」
『行ってやる』
ルージュは危険なのでアンナと一緒に留守番をしてもらうことにした。
アンナの姿はなかったが、きっとどこかで話を聞いてくれているだろう。
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