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第一章 マユラ、錬金術師になる
三年前のトラブル
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グウェルやエナが食事をしていけというのを、グウェルはまだ病み上がりだからと丁重に断って、マユラは師匠とレオナードと共に帰路についた。
「レオナードさん、今日はありがとうございました。一人で帰ることができますので、大丈夫ですよ。レオナードさんは一人で帰れますか?」
「さすがの俺でも、自宅に帰るときに迷ったりはしないよ」
それならよかった。
王都は広いから、レオナードが自宅に辿り着けなかったらどうしようかと一瞬思ってしまった。
『自宅にすら帰ることができないとなると、相当の間抜けだな』
「さすがにそこまでは……いや、知らない地区に行けばその可能性もなくはないが」
「レオナードさんも南地区に?」
「あぁ。南地区のファルトメイ通りに家がある。傭兵ギルトも近いしね」
それがどこなのかマユラは知らないが、傭兵ギルドのある場所と聞いて頷いた。
「錬金術協会支店や、魔法協会支店もあったんじゃないかな。錬金術師として店を開くなら、錬金術協会には一度顔を出したほうがいいかもしれない」
『くだらん。錬金術とは個の技術を極めるもの。組織に迎合してどうする』
「そうなのかもしれないが、あとから何か文句をつけられても面倒だろう」
「それはそうですね。商売をするには筋を通すのは大切です。レオナードさん、教えてくださってありがとうございます」
お礼を言うマユラに、師匠は不機嫌そうに『ふん、くだらん』と言って黙った。
「私はグウェルさんを助けるため、スキュラについて調べてみますね」
「あぁ。俺の方も、傭兵ギルドで情報を集めてくる。マユラ」
「はい」
「もうすぐ夜になる。家まで送ろう」
「大丈夫ですよ?」
「君は大丈夫かもしれないが、俺は心配だ。俺のために、君を送られせて欲しい」
レオナードの申し出を、マユラはありがたく受けることにした。
拒絶する理由もない。
それにしても──普段からこんな風に誰かを助けているのだとしたら、レオナードが痴情の縺れに巻き込まれるのは少しわかる気がした。
頼りになる美形に優しくされたら、恋愛感情を抱く女性は多いだろう。
口を開けば嫌味と皮肉ばかり言う、あっさり人を呪殺する師匠とは大違いである。
レオナードと共に屋敷まで続く坂道をゆっくりのぼりながら、マユラはそんなことを考える。
眼下には海が広がっている。
夕日に照らされた海は、水面が黄金色の草原のように輝いていた。
「レオナードさん、少し気になることがあるんですが」
「なんだろう?」
「三年前の痴情の縺れは、解決したのでしょうか? レオナードさんと私が一緒に歩いていると、レオナードさんに何か不幸が降りかかったりはしませんか?」
ふと心配になって、マユラは尋ねる。
悋気の強い女性とはどこにでもいるものだ。
アルティナ家にいるときも、マユラはオルソンに相手にもされていなかったのに、ただ正妻の座におさまっているというだけで、リンカに水をかけられたり階段から突き落とされそうになったり、頬を叩かれたりよくしたものである。
もしレオナードがリンカのような女性に好かれているのだとしたら、マユラと二人でいるところを見られたら、大事になりかねない。
「あぁ……詳しい話はしていなかったね。すまない」
「いえ。話しづらいことなら、言わなくていいのですが」
「そんなこともないんだ。三年前、俺が騎士団長として働いていたときのことだ」
レオナードは二十一歳。ルクスソラ―ジュの若き騎士団長として、忙しく働いていた。
一年前に優秀な魔導師が入団して(お兄様のことだと、マユラは密やかに思う)魔物退治は格段にやりやすくなった。
だが優秀な魔導師は偏屈で、魔物退治や悪人退治以外のことをあまりやりたがらない。
例えば王族の警備や、街の見回りなど。そういうことは無駄だと言う。
それはともかく。そんなある日のこと。
レオナードはメルディ・サリヴァス姫の護衛を、国王から命じられた。
メルディ・サリヴァスは、サリヴァス王家の一の姫である。
隣国の王に嫁ぐことが決まり、隣国までの護衛をしろとの王命だった。
レオナードは騎士団の精鋭を連れて、メルディ姫の護衛についた。
「隣国までは、馬車で半月程度の旅路だ。メルディ姫は隣国の王に嫁ぐことについて、心配しているようだった」
「隣国の王というと、草原の王ファスティマ様ですね。武勇に優れて、雄々しく美しい方だと聞いたことがあります」
何故マユラがそれを知っているのかというと、ヴェロニカグラスの注文が、隣国からも入っていたからだ。
テネグロ王、ファスティマ・テネグロの話は、街の者たちから噂で聞いた。
「あぁ。両国の友好のための大切な婚姻だから、任務にも気合が入った。メルディ様のお心が安らかになるようにと色々気を回して……それが、いけなかったんだろうな」
「いけなかったんでしょうね」
『いけなかったんだろうな』
マユラと師匠の声が重なる。
その先は、聞かなくてもなんとなくわかった。
「いつしかメルディ様は、俺に頼るようになってな。俺の姿が見えないと、不安がるようになってしまった。夜も共に眠れと命じられて……」
「わぁ……」
「さすがに断ったが」
色っぽい話がはじまるのかと思ってマユラは頬を染めたが、レオナードは笑いながら否定した。
「私を連れて逃げて欲しいと、乞われてしまったときには、困り果てたよ」
「それで……どうなったんですか?」
「ファスティマ王に謁見する前日だ。メルディ様の部屋に俺は呼び出された。メルディ様は俺に、愛しているから憎いと言って──宿の窓から身を投げた」
「え……」
『死んだか』
マユラは青ざめたが、何でもないことのように師匠は淡々と尋ねる。
「いや。メルディ様は消えてしまった。まるで、鳥が空に飛び立つように、どこかに。遺体は見つからず、メルディ様はどこにもいない。ファスティマ王は鷹揚な方で、怒ったりはしなかった。国王陛下も俺を罪には問わなかったが、俺は騎士団にいることが嫌になってしまって、逃げてきたというわけだ」
そう言って、レオナードは深く嘆息した。
マユラはなんと声をかけていいのか分からずに、口をきゅっと結んだ。
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