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第一章 マユラ、錬金術師になる
怒れるユリシーズの呪い 2
しおりを挟むオルソンは唐突に現れたユリシーズに腰が抜けんばかりに驚き怯えている。
実際腰を抜かして、寝室の床に座り込んでいた。
「なぜ、とは。馬鹿げた質問をするものだ。私はお前の捨てたマユラの兄。妹の不幸を知り、お前に会いにきた。何も驚くことではないだろう」
「お、オルソン様、その方は……!? まさか、玲瓏たる魔王、ユリシーズ様……!?」
太陽の騎士も十分どうかと思うが、玲瓏たる魔王というのもかなりどうかとユリシーズは思っている。
リンカが身を乗り出すようにして見つめてくるので、ユリシーズは冷めた目で女の顔を一瞥した。
(マユラの方が百億倍可愛いのでは? それに優秀で、気立がよく努力家だ。オルソンはどうかしているな)
リンカがたいしたことのない女だとわかり、ユリシーズは少し満足した。
よほど愛らしいのかと思っていたが、そんなことはなかった。
「オルソン。レイクフィアは裏切りを忘れない。馬鹿にされて貶められたことを忘れない。不誠実さには、不誠実さで返さないといけないと、私は考えている」
「な、何をするつもりだ、ユリシーズ!? マユラはここにはいないぞ、離縁の話をしたらあっさり承諾して出ていったのだ! 彼女も納得の上でのことだ、俺は何も悪いことはしていない!」
「マユラはどこにいった?」
「知るか! 王都にでも戻ったのだろう。そのうちお前の家に戻るんじゃないか?」
これは、おそらく本当だろう。
オルソンはユリシーズに怯えている。マユラには情がないのだから、マユラの居場所を隠して庇うことはしない。
ここで嘘をつく理由がオルソンにはない。
「そうか。わかった」
「出ていけ、ユリシーズ! 俺は陛下の従兄弟だ、陛下に伝えてお前を処罰してもらうぞ!?」
「──弱い犬はよく吠える。権力が己を守ってくれると思ったら、大間違いだ。権力は、盾にも剣にもならない。ちなみに、食うこともできない。それはただの言葉であり、概念だからだ」
一瞬、オルソンは呆気に取られた顔をした。
ユリシーズは腕を組んで、軽く首を傾げる。
それから、冷たく鋭い眼差しをオルソンとリンカに向けた。
「レイクフィアを小馬鹿にしたお前たちには、相応の罰が必要だ。私がこの国で一番優秀な魔導師であることは、知っているな」
「そ、それがなんだというのだ。殺す気なのか、俺たちを!?」
「そんな馬鹿なことはしない。馬鹿を殺して私の手を汚して、何の理がある」
だが──と、ユリシーズは続けた。
「妹を傷つけた罪には、罰を。私はお前たちに呪いをかけよう。お前たちの子供は、お前たちを不幸にする。稼いでも稼いでも金が貯まらず、領民たちからは石を投げられて、家は没落するだろう」
そもそも、アルティナ家には金がなかった。
レイクフィアから花嫁の支度金という名で、多額の援助を受けて、その後はマユラが領地で商売を成功させたから、今の豊かさがあるのだ。
ユリシーズが呪いなどかけなくとも、アルティナ家は没落するだろう。おそらくは。
だが、呪いはかけておかなくてはいけない。そうしないと、腹の虫がおさまらない。
マユラを傷つけていいのは、レイクフィアの家族だけ。もっと言えば、自分だけだ。
──全ては、愛故にだ。
ユリシーズの言葉と共に、リンカの周囲に黒い靄がまとわりついて消えていく。
「きゃあああっ」
「リンカに何をする!? 腹に子がいるのだぞ!」
「別に、子の命を奪おうというわけではない。ただ呪いをかけただけだ。不運の呪いを」
これは、嘘である。
黒い靄は魔法でつくったただの霧だ。呪いの言葉はただの出まかせだ。
ユリシーズは呪殺魔法を最も嫌っている。呪いには、呪殺の他にもいろいろなものがあるのだが、どれも人の不幸を願うばかりのろくな魔法ではない。
そういった陰湿な魔法を、ユリシーズは嫌っている。
使おうと思えば使えるのだろうが、使いたくはなかった。
「なんてことをしてくれたんだ!」
「今すぐ呪いを解いて!」
オルソンとリンカは、まさかユリシーズが嘘をついているとは思わないのだろう。
青ざめて、泣き叫んで、すがりついてこようとする。
ユリシーズの呪いを、本気で信じたようだった。
ユリシーズはもう二人には用がないと、一瞬で王都のレイクフィア家の自室に戻った。
それにしても──マユラはどこに消えてしまったのだろう。
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