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第一章 マユラ、錬金術師になる
輝く水
しおりを挟む錬金釜いっぱいに水をそそいでくれるレオナードに、マユラは丁寧にお辞儀をするとお礼を言った。
「ありがとうございます、おかげさまで助かりました」
『水をくんで中に入れただけだろう。猿にでもできる』
「師匠、失礼ですよ」
マユラは師匠のふにふにの頬をつついた。
レオナードは親切な男だ。嫌味がなく、感情のゆらぎが少ない。
感情のゆらぎが少ないというのは、苛立ったり怒ったりしないということである。
とても強いのに、近くにいておそろしさを感じないのはおそらくレオナードの人徳だ。
背が高く、筋肉質で体格がいい。顔立ちも整っている。
これで──華やかな騎士団に所属をしていたのだとしたら、それは痴情も縺れるというものだ。
ルクスソラージュ騎士団とは、王の騎士団である。
王の護衛から魔物退治、有事の際の戦闘などを行う騎士団で、騎士を目指すものたちの憧れ。
実力があれば入団することができるが、将校クラスの地位を目指すとなると、実力だけではなく家柄も重要になってくる。
基本的には狭き門だ。レイクフィアの家族は騎士団に所属している。
だがどれほど実力があろうとも、家柄が伴わなくては出世は難しい。
レイクフィアの家族たちは地位が欲しくて、貴族籍を手に入れた。
「……あぁ!」
「どうした、マユラ」
「思い出しました。太陽の騎士レオナ……騎士団長の名前です」
「わ、忘れて欲しい……! それは笑顔が爽やかで太陽のような騎士という意味で名付けられたんだ、すごく恥ずかしい」
レオナードははじめて狼狽えた。
ぶわっと赤く染まる顔に、彼が本気で恥ずかしがっていることがわかる。
『ふははは! 明るい笑顔が素敵な騎士様! なんとも間抜けな二つ名だな!』
「師匠、からかわない! いい名前です。レオナードさんは騎士団長様だったのに、お辞めになってしまったのですね」
太陽の騎士レオナという名前をマユラが記憶しているのは、兄がレオナードについて「魔法も使えない凡人の癖に、騎士団長だとは世も末だ」と敵視して、よく怒っていたからだ。
けれど魔法が使えないレオナードと戦うと兄は互角で、模擬戦はいつも引き分けだった、らしい。
マユラは家にいて噂を聞いていただけなので、もちろんレオナードの顔は知らなかった。
「なるほど、痴情の縺れ。縺れるわけです。騎士団長様と、女性たちの恋愛……さもありなん、という感じですね」
「いや、俺は縺れさせたいわけではなかったのだが」
『痴情のもつれ……なんともまぁ、情けない。我が弟子を任せることはできんな」
「任せないでください、私は一人で大丈夫ですから。師匠もいますし」
『……そ、そうか』
今度は師匠が照れている。
マユラは照れる男性たちをそっとしておくことにした。
水が満たされた錬金釜の前に立つと、水に両手をかざす。
「よし。魔力をそそぎます。魔力を馴染ませて、浄化、ですね」
『初歩的な魔法だ。お前にもそれぐらいはできるだろう』
「頑張ります」
水の浄化は、たとえば泥水を飲水にするために行われる魔法である。
そのほかには、泥のついた野菜を綺麗にしたり、肉の血抜きなどにも使われる便利な魔法だ。
レイクフィア家で家事全般を任されていたマユラにとって、それはどちらかというと得意な魔法である。
もちろんレイクフィア家の家族たちは、そんな魔法は使わない。
彼らは浄化せずとも綺麗な水が飲めるし、野菜の泥を落とす必要も、衣服を綺麗にする必要もないのだ。
それは誰かが代わりに行ってくれる事柄である。
「全ての不純を取り除き、麗しの白き肌を見せよ。浄化!」
マユラが水に魔力をそそぐと、錬金釜の中の水面に波紋が広がっていく。
水に混じりあう魔力が、錬金釜の中の水を黄金に染めあげた。
光が釜からあふれて、錬成部屋を照らす。
マユラの髪がふわりと広がり、錬金釜からあふれた魔力風に靡いた。
それは突風となり、部屋の中に嵐のように吹き荒れる。
師匠は飛ばされないように、自分の体をテーブルからはやした黒い手で固定した。
マユラの隣に立っているレオナードは突然の嵐に吹き飛ばされそうになるマユラの背を、力強く支える。
『おぉ』
「すごい……!」
光と風がおさまると、師匠が感嘆のため息をつき、レオナードは驚いたような表情で呟いた。
「すごいな。魔力のない俺でも、君の魔力のすさまじさがわかる」
「……わ、ぁ……っ」
「ど、どうした」
「わ、私、魔力は本当に少なくて。ですからありったけの力を込めて魔力をそそいだのですが、こんなことになるとは思っていなくて……とても驚きました」
驚きのあまり、床に座り込みそうになったが、マユラはなんとか堪えた。
『なるほどな。どうやら私の見込み違いだったようだ。マユラ、お前の魔力は特殊だ。魔力そのものを練って発現させる魔法は不得意なようだが、何かに魔力を注ぐ行為が得意なのだろう。つまり、錬金術への適性だけがやたらと高い』
「私、魔力量が少ないおちこぼれではないのですか?」
『違うな。身の中にある魔力量は、素晴らしく多い。だが、魔法に適性がないのだ。錬成に特化している。どうして今まで気づかなかったのか』
それはレイクフィアの家族が、錬金術を邪道だと嫌っていたからだ。
「よかった。それでしたらきっと、解熱のポーションも問題なく作ることができますね!」
錬金術の適性についてよりも──ニーナとの約束を果たせることが、嬉しかった。
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