今日からはじめる錬金生活〜家から追い出されたので王都の片隅で錬金術店はじめました〜

束原ミヤコ

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第一章 マユラ、錬金術師になる

新居祝い

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 裏庭の井戸水は、長年使われていなかったとは思えないぐらいに綺麗だった。
 水を水瓶いっぱいになるまで汲んで、それを桶に移す。

 ごちゃごちゃと置いてあるものを一先ず全部部屋の隅に移動させて、粉石鹸を床に撒いて、モップに水を浸して床の掃除をはじめる。

 四年前にここに住んでいた『殺された妻』は、きちんとしっかりと妻として夫を支えていたようだ。
 モップもあるし、掃除用具も揃っている。食器類も調理器具もたくさんある。

 粉石鹸なども買いに行こうかと思っていたが、袋いっぱい常備してあった。
 腐るものではないために、そのまま使用することができた。

『手際がいいな』
「慣れていますから」

 現場監督のようにマユラを見ている師匠が、感心したように言う。
 片付けというのは、慣れてしまえばそう難しいものでもない。

 捨てるものは捨てる、とっておくものはきちんと収納する。
 これさえ守っていれば、そこまでごちゃつくこともない。
 あっという間に埃塗れで汚れた床がぴかぴかになった。

 補修が必要かとも思ったが、床はそこまで悪い状態でもなさそうだ。
 しっかり磨けば、よい木材を使っている立派な家だとわかる。
 
『お前は孤児ではないのか、マユラ』
「どうして孤児だと思うのですか?」
『見た目が、いかにも』
「見た目で差別するのはよくないですよ。私は孤児ではありません。つい最近までは結婚していましたが、離縁してここに」

 磨いた床に、移動させていた家具をずるずると運んでいく。
 細腕のマユラだが、長年家事をしていたために腕力には自信があった。
 レイクフィア家の家族たちは本や杖よりも重たいものを持たないために、重たい荷物を運ぶのはマユラの仕事だったのだ。

 家具を移動させているマユラの元に、師匠がぬいぐるみの体で案外身軽に移動してやってくる。
 家具を足場にして家具から家具へと飛び移る様は、ぬいぐるみというよりも本物の猫ちゃんを彷彿とさせた。

『お前……人妻だったのか!?』
「そうですけど」
『……そうか、人妻か』
「人妻といっても、結婚当初から夫には浮気相手がいたようですし、私と夫の間には何もなく、私は使用人のようなものでした」
『なるほどな。可哀想に』

 テーブルをピカピカに磨いて、椅子を並べる。ソファの埃を落として拭いて、暖炉の前に置いた。
 それだけで、案外部屋、という感じがする。
 棚を部屋の端に置いて、そこに転がっていた本を綺麗に入れていく。

 壊れた椅子や棚は、暖炉の薪にしてしまおうと思い、マユラはずるずると裏庭に運んでいく。
 マユラは一人暮らしなので、裏庭にゴミを放置しても誰かに咎められたりはしない。
 とりあえずいらないものはひとまとめにして、裏庭においておけばいい。

『男に捨てられて、自暴自棄になってこの屋敷に来たのだな。さては自殺志願者か』
「違いますよ! こんなに生きる気満々な私のどこが、自殺志願者に見えますか?」
『呪殺希望者かと』
「そんなわけがないじゃないですか。今までずっとこき使われる生活を送ってきましたので、一人で生きる決意をして王都に来たのです。物を作ることは好きなので、錬金術で身をたてようと思って。安い家を探したら、ここだったのですよ」

 マユラが部屋を移動すると、師匠はちょこちょことやってきては何かと話しかけてくる。
 さては何年もの間一人だったから、寂しかったのね──と、思ったが、マユラは言わなかった。

 猫師匠は可愛いぬいぐるみだが、その声からするに、中身は渋い中年男性である。恐らくは。
 猫師匠は若いお兄さんと言い張っているので、若いのかもしれないが。

 大魔導師というと連想するのは、三角帽子を被った白いお髭のおじいさん。
 もしくは、黒いローブの不機嫌そうな中年男性のどちらかだ。
 後者はマユラの父である。

 そういえば兄も大魔導師と言えなくはない。まだ二十五歳だ。十分若い。
 兄はマユラにとっては非常に怖い男だったが、見た目だけは麗しの貴公子なので、使用人の女性たちからは憧れられていた。

 見た目だけで言えば、元夫のオルソンも美男子だった。
 美男子だから性格もいいかと言われれば、そうではない場合もあるのだ。

 ともかく、猫師匠といえども男性である。できるだけプライドを傷つけないほうがいい。
 寂しかったんですね、やっぱり──などは、余計な一言だ。

『お前、その若さで。まともな魔法も使えず、男運も家族運もないとは。哀れな』
「これからです、これから! まだ二十歳なのですから、人生これからです!」
『私がお前を立派な錬金術師に育ててやる。育ててやらなくてはならん気がしてきた』

 師匠は簡単に人を呪殺するようだが、話してみると案外気さくでいい猫のぬいぐるみだ。
 マユラがお礼を言うと『ふん』とそっぽを向いて、綺麗になったソファの上によじ登って丸くなった。
 それから静かになったので覗き込むと、目を閉じて寝ていた。ぬいぐるみなのに寝るとは、不思議なものだ。
 
 夕方までかかって、一先ずはリビングと、リビングから続く錬金窯のある研究室、キッチンと浴室は綺麗に磨き上げた。
 二階はこれからだ。リビングにはソファがあるので、しばらくはソファで眠ればいい。
 
「一先ず終わりましたよ、お掃除! 師匠、起きてください、師匠。今日は引っ越し祝いなので、ご飯を食べに行きましょう」

 綺麗になった風呂場で水浴びを済ませたマユラは、新しい服に着替えた。
 それから寝起きの師匠を抱きあげると、坂を下りて夕方の港町へと向かった。


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