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蛍マグロのマグロ丼 2
しおりを挟むこんな時、物申しそうなアリアネちゃんは、長椅子で心地よさそうに眠っている。
まるで天使のように可愛い。アリアネちゃんの周りに動物たちが寝そべり、涅槃を形成していた。
「ヴィルヘルム、邪魔をしては駄目よ」
「どうして俺が邪魔をしなければならない」
「だってヴィルヘルムだって男じゃない。リコリスちゃんに片想いしたり、ユリウス君から奪おうとするかもしれないじゃない」
「俺がリコリスを? あり得ない」
「ヴィルヘルムは食欲しかないので大丈夫だと思いますよ。ユリウス様は渡しません」
「リコリス、残念な知らせだ。俺の人間体は、ユイマールなど目ではないぐらいに麗しいぞ。俺がひとたび人間体になれば、お前もユリウスもたちまち俺にゾッコンになるだろう」
「表現が古いわよ、ヴィルヘルム」
ユマお姉さんは「ゾッコンとか、いにしえ?」と指摘している。
「それなら、お前ならどう表現するんだ?」
「メロキュン?」
「ごめんなさい、ユマお姉さん。私もゾッコンの方が、馴染み深いです」
「リコリスちゃんはお嬢様だものね」
話をしている間に、土鍋からプツプツと泡が出始める。
私は火力を弱めた。
この間に、蛍マグロを薄切りにしながら、人数分の器を準備する。
マグロ丼のための丼は、ルーベンス先生とユリウス様が模擬試合を始める前に、すごい勢いで木彫りで作ってくださったものだ。
ルーベンス先生とユリウス様に作っていただいた器に入ることができるなど、お米もマグロも幸せだろう。
「ご飯が炊けましたね」
テーブルの上に準備が整ったところで、土鍋の蓋を開ける。
ふわりと立ち上る湯気の向こう側に、ツヤツヤと輝くお米の姿がある。
久々のお米に、私の心は浮き足だった。
アリアネちゃんはうどん派だけれど、私は白米が好きなのである。
サバイバルキャンプでは食べられないと思っていた白米が、目の前に。
これも全て、アリアネちゃんやユリウス様、ヴィルヘルムやルーベンス先生、ユマお姉さんのおかげだ。
私はこの場にいるみなさんに感謝の祈りを捧げた。
ありがとう、白米。キャンプで食べる、カマド炊きの白米。輝いてる。
白米を器によそい、少し冷ました後に蛍マグロの切り身を乗っける。
彩に森で摘んできた野ネギを散らした。
「すまない、俺が作るつもりが、すっかりユリウス君との漢同士の拳の語らいに夢中になっていた。リコリス君、醤油ならあるぞ!」
私がマグロ丼を準備していると、ユリウス様とルーベンス先生が戻ってきた。
ルーベンス先生が腰に下げている調味料セットから、黒い液体の入った小瓶を取り出して渡してくれる。
「お醤油! ありがとうございます、ルーベンス先生!」
「それが醤油か!」
やはりマグロ丼に醤油がないと味気ないものである。
私は久々に見るお醤油に色めきだった。
ついでにヴィルヘルムも、知識だけは知っている醤油を実際に目にして、嬉しそうに瞳を輝かせた。
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