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クラーケン捕獲師
しおりを挟む海面から差し込む光の中に、ユリウス様の姿がある。
エメラルドグリーンの水中になびく赤い髪が、とても綺麗。
光が届かないのだろう、暗い海の底でどちらか水面か分からずに、クラーケンの足に絡め取られてきりもみ状態になっていた私は、自由になった体で水中を蹴って、ユリウス様に手を伸ばす。
ユリウス様の両足が一本に纏められるように真っ直ぐ伸びて、その先端がイルカの尾ひれのような形に変わっている。
どんどん私の方へと近づいてくるユリウス様は、私の体をしっかりと抱きしめると、心配そうな瞳で私の顔をのぞき込んだ。
海水で冷えた体に、ユリウス様の体温が燃えるように熱い。
ぐんぐんと、海面に向けて私を抱きしめたユリウス様が浮上していく。
クラーケンが討伐されて安心したのか、遠くに居たお魚さんたちが戻ってきている。
桃色や黄色や青色の色鮮やかな魚や、大きな体のエイや、食べると美味しいシマシマエビや、高級魚の蛍マグロの姿戻った海は、とても賑やか。
海中でなびくユリウス様の赤い髪。そして蛍マグロ。マグロ丼。
酸欠のせいか、マグロ丼の幻が見える。
神竜の乙女の戦衣は万能だと思っていたのに、水中では時間制限があるとか聞いてない。
ヴィルヘルムに文句を言わなければいけないわね。
そういったことは、先に教えておいて欲しい。
魔法少女の傍にはべるマスコットキャラクターとしては失格よね。
「……っ」
肺の中の空気が足りなくなってくる。
息苦しさに空気を吸い込もうとしたら、空気の代わりに水が入ってくるのが目に見えている。
けれど、苦しい。
ユリウス様の腕をきつく掴んだ。
苦しそうに眉を寄せたユリウス様が、私の顔を両手で包み込むようにする。
真摯な瞳が私を見つめる。
徐に唇が重なった。
喉に、空気が吹き込まれる。唇が熱い。海水が入り込まないようにだろう、深く重ねられた唇の柔らかい感触に、酸欠とは違う目眩を感じた。
唇が触れていたのは一瞬で、ユリウス様の金色の瞳が「もう少しだから頑張れ」と言うように、気遣うように私を見る。
私は大丈夫だとこくんと頷いた。
海水をかき分けて、水面に浮上する。
降り注ぐ光の眩しさに、目を細める。
新鮮な空気を目一杯吸い込むと、喉の奥に何かがつっかえていたように、けほけほと噎せた。
「大丈夫か、リコリス! すまない、どこに君がいるのかの確認に手間取り、救出が遅れてしまった」
「だいじょうぶ、です……」
海の中で顔だけ水面に出してゆらゆらと揺れながら、ユリウス様はまるで大切なものを守るように、私を優しく抱きしめた。
背中に直接皮膚が触れている。
そういえば私は水着だし、ユリウス様は上半身裸だった。
触れあう素肌の感触が急に恥ずかしくなってしまって、顔に熱があつまってくる。
「苦しいのか、リコリス? 水を飲んだか?」
私はふるふると首を振る。
酸素を供給する為に、唇をあわせてくださったのだろう。
けれど、柔らかい感触の記憶が脳裏を巡って、なんだか無性に恥ずかしい。
痛いほどに、胸の鼓動が早まっている。
触れあう皮膚から、私の鼓動がユリウス様に伝わってしまったらどうしよう。
恥ずかしがっている場合でも、ときめいている場合でもないことは分かっているのに、体はまるでいうことを聞いてくれなかった。
どうやら私は、本当に恋をしてしまったらしい。
こんな感情ははじめてだ。
どうして良いのかわからない。
「ユリウス様、助けてくださってありがとうございました。神竜の乙女となった私に敵はないのだと思っていました。少々調子に乗っていたようです」
「そんなことはないぞ。クラーケンに勇敢に立ち向かうリコリスは、さながら戦女神のようで、美しく気高かった。ずっと見ていたいほどに、俺の心を掴んで離さない女神。それが君だ。リコリス、無事で良かった。本当に良かった」
「迷惑をかけてしまってごめんなさい。ユリウス様にお任せしておけば、余計な手間をかけるようなことにはならなかったのに」
「そんなことはない。俺はとても助かった。俺一人では、クラーケンには勝てなかったかもしれない。クラーケンと海中で戦うのは、クラーケン捕獲師業界では一番無謀なことだと言われているからな」
「ユリウス様、クラーケン捕獲師の資格が……?」
「あぁ。一級魔物捕獲師の資格の中に、クラーケン捕獲師も含まれているからな」
「凄いです! どうして今まで隠していたのですか?」
「いや、自慢になるようなことでもない。君に伝えるべき事柄だとは思っていなかったし、王子としてはその程度の資格を持っているのは当然だろう」
ユリウス様はどこか照れたように言った。
クラーケン捕獲師という肩書きが、ユリウス様の背後で光り輝いている。
空から降り注ぐ光とともに、恋を祝福する小さな天使達が私の元へ舞い降りてくるような気がした。
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