追放された公爵令嬢は、流刑地で竜系とソロキャンする。

束原ミヤコ

文字の大きさ
上 下
48 / 82

クラーケン捕獲師

しおりを挟む

 海面から差し込む光の中に、ユリウス様の姿がある。
 エメラルドグリーンの水中になびく赤い髪が、とても綺麗。

 光が届かないのだろう、暗い海の底でどちらか水面か分からずに、クラーケンの足に絡め取られてきりもみ状態になっていた私は、自由になった体で水中を蹴って、ユリウス様に手を伸ばす。

 ユリウス様の両足が一本に纏められるように真っ直ぐ伸びて、その先端がイルカの尾ひれのような形に変わっている。
 どんどん私の方へと近づいてくるユリウス様は、私の体をしっかりと抱きしめると、心配そうな瞳で私の顔をのぞき込んだ。

 海水で冷えた体に、ユリウス様の体温が燃えるように熱い。
 ぐんぐんと、海面に向けて私を抱きしめたユリウス様が浮上していく。

 クラーケンが討伐されて安心したのか、遠くに居たお魚さんたちが戻ってきている。
 桃色や黄色や青色の色鮮やかな魚や、大きな体のエイや、食べると美味しいシマシマエビや、高級魚の蛍マグロの姿戻った海は、とても賑やか。

 海中でなびくユリウス様の赤い髪。そして蛍マグロ。マグロ丼。
 酸欠のせいか、マグロ丼の幻が見える。

 神竜の乙女の戦衣は万能だと思っていたのに、水中では時間制限があるとか聞いてない。

 ヴィルヘルムに文句を言わなければいけないわね。
 そういったことは、先に教えておいて欲しい。

 魔法少女の傍にはべるマスコットキャラクターとしては失格よね。

「……っ」

 肺の中の空気が足りなくなってくる。
 息苦しさに空気を吸い込もうとしたら、空気の代わりに水が入ってくるのが目に見えている。

 けれど、苦しい。
 ユリウス様の腕をきつく掴んだ。

 苦しそうに眉を寄せたユリウス様が、私の顔を両手で包み込むようにする。
 真摯な瞳が私を見つめる。

 徐に唇が重なった。
 喉に、空気が吹き込まれる。唇が熱い。海水が入り込まないようにだろう、深く重ねられた唇の柔らかい感触に、酸欠とは違う目眩を感じた。

 唇が触れていたのは一瞬で、ユリウス様の金色の瞳が「もう少しだから頑張れ」と言うように、気遣うように私を見る。

 私は大丈夫だとこくんと頷いた。
 海水をかき分けて、水面に浮上する。

 降り注ぐ光の眩しさに、目を細める。
 新鮮な空気を目一杯吸い込むと、喉の奥に何かがつっかえていたように、けほけほと噎せた。

「大丈夫か、リコリス! すまない、どこに君がいるのかの確認に手間取り、救出が遅れてしまった」

「だいじょうぶ、です……」

 海の中で顔だけ水面に出してゆらゆらと揺れながら、ユリウス様はまるで大切なものを守るように、私を優しく抱きしめた。

 背中に直接皮膚が触れている。

 そういえば私は水着だし、ユリウス様は上半身裸だった。
 触れあう素肌の感触が急に恥ずかしくなってしまって、顔に熱があつまってくる。

「苦しいのか、リコリス? 水を飲んだか?」

 私はふるふると首を振る。

 酸素を供給する為に、唇をあわせてくださったのだろう。

 けれど、柔らかい感触の記憶が脳裏を巡って、なんだか無性に恥ずかしい。

 痛いほどに、胸の鼓動が早まっている。

 触れあう皮膚から、私の鼓動がユリウス様に伝わってしまったらどうしよう。
 恥ずかしがっている場合でも、ときめいている場合でもないことは分かっているのに、体はまるでいうことを聞いてくれなかった。

 どうやら私は、本当に恋をしてしまったらしい。
 こんな感情ははじめてだ。

 どうして良いのかわからない。

「ユリウス様、助けてくださってありがとうございました。神竜の乙女となった私に敵はないのだと思っていました。少々調子に乗っていたようです」

「そんなことはないぞ。クラーケンに勇敢に立ち向かうリコリスは、さながら戦女神のようで、美しく気高かった。ずっと見ていたいほどに、俺の心を掴んで離さない女神。それが君だ。リコリス、無事で良かった。本当に良かった」

「迷惑をかけてしまってごめんなさい。ユリウス様にお任せしておけば、余計な手間をかけるようなことにはならなかったのに」

「そんなことはない。俺はとても助かった。俺一人では、クラーケンには勝てなかったかもしれない。クラーケンと海中で戦うのは、クラーケン捕獲師業界では一番無謀なことだと言われているからな」

「ユリウス様、クラーケン捕獲師の資格が……?」

「あぁ。一級魔物捕獲師の資格の中に、クラーケン捕獲師も含まれているからな」

「凄いです! どうして今まで隠していたのですか?」

「いや、自慢になるようなことでもない。君に伝えるべき事柄だとは思っていなかったし、王子としてはその程度の資格を持っているのは当然だろう」

 ユリウス様はどこか照れたように言った。

 クラーケン捕獲師という肩書きが、ユリウス様の背後で光り輝いている。
 空から降り注ぐ光とともに、恋を祝福する小さな天使達が私の元へ舞い降りてくるような気がした。


しおりを挟む
感想 17

あなたにおすすめの小説

勇者パーティを追放された聖女ですが、やっと解放されてむしろ感謝します。なのにパーティの人たちが続々と私に助けを求めてくる件。

八木愛里
ファンタジー
聖女のロザリーは戦闘中でも回復魔法が使用できるが、勇者が見目麗しいソニアを新しい聖女として迎え入れた。ソニアからの入れ知恵で、勇者パーティから『役立たず』と侮辱されて、ついに追放されてしまう。 パーティの人間関係に疲れたロザリーは、ソロ冒険者になることを決意。 攻撃魔法の魔道具を求めて魔道具屋に行ったら、店主から才能を認められる。 ロザリーの実力を知らず愚かにも追放した勇者一行は、これまで攻略できたはずの中級のダンジョンでさえ失敗を繰り返し、仲間割れし破滅へ向かっていく。 一方ロザリーは上級の魔物討伐に成功したり、大魔法使いさまと協力して王女を襲ってきた魔獣を倒したり、国の英雄と呼ばれる存在になっていく。 これは真の実力者であるロザリーが、ソロ冒険者としての地位を確立していきながら、残念ながら追いかけてきた魔法使いや女剣士を「虫が良すぎるわ!」と追っ払い、入り浸っている魔道具屋の店主が実は憧れの大魔法使いさまだが、どうしても本人が気づかない話。 ※11話以降から勇者パーティの没落シーンがあります。 ※40話に鬱展開あり。苦手な方は読み飛ばし推奨します。 ※表紙はAIイラストを使用。

稀代の悪女として処刑されたはずの私は、なぜか幼女になって公爵様に溺愛されています

水谷繭
ファンタジー
グレースは皆に悪女と罵られながら処刑された。しかし、確かに死んだはずが目を覚ますと森の中だった。その上、なぜか元の姿とは似ても似つかない幼女の姿になっている。 森を彷徨っていたグレースは、公爵様に見つかりお屋敷に引き取られることに。初めは戸惑っていたグレースだが、都合がいいので、かわい子ぶって公爵家の力を利用することに決める。 公爵様にシャーリーと名付けられ、溺愛されながら過ごすグレース。そんなある日、前世で自分を陥れたシスターと出くわす。公爵様に好意を持っているそのシスターは、シャーリーを世話するという口実で公爵に近づこうとする。シスターの目的を察したグレースは、彼女に復讐することを思いつき……。 ◇画像はGirly Drop様からお借りしました ◆エール送ってくれた方ありがとうございます!

【完結】捨てられた双子のセカンドライフ

mazecco
ファンタジー
【第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞作】 王家の血を引きながらも、不吉の象徴とされる双子に生まれてしまったアーサーとモニカ。 父王から疎まれ、幼くして森に捨てられた二人だったが、身体能力が高いアーサーと魔法に適性のあるモニカは、力を合わせて厳しい環境を生き延びる。 やがて成長した二人は森を出て街で生活することを決意。 これはしあわせな第二の人生を送りたいと夢見た双子の物語。 冒険あり商売あり。 さまざまなことに挑戦しながら双子が日常生活?を楽しみます。 (話の流れは基本まったりしてますが、内容がハードな時もあります)

この度、猛獣公爵の嫁になりまして~厄介払いされた令嬢は旦那様に溺愛されながら、もふもふ達と楽しくモノづくりライフを送っています~

柚木崎 史乃
ファンタジー
名門伯爵家の次女であるコーデリアは、魔力に恵まれなかったせいで双子の姉であるビクトリアと比較されて育った。 家族から疎まれ虐げられる日々に、コーデリアの心は疲弊し限界を迎えていた。 そんな時、どういうわけか縁談を持ちかけてきた貴族がいた。彼の名はジェイド。社交界では、「猛獣公爵」と呼ばれ恐れられている存在だ。 というのも、ある日を境に文字通り猛獣の姿へと変わってしまったらしいのだ。 けれど、いざ顔を合わせてみると全く怖くないどころか寧ろ優しく紳士で、その姿も動物が好きなコーデリアからすれば思わず触りたくなるほど毛並みの良い愛らしい白熊であった。 そんな彼は月に数回、人の姿に戻る。しかも、本来の姿は類まれな美青年なものだから、コーデリアはその度にたじたじになってしまう。 ジェイド曰くここ数年、公爵領では鉱山から流れてくる瘴気が原因で獣の姿になってしまう奇病が流行っているらしい。 それを知ったコーデリアは、瘴気の影響で不便な生活を強いられている領民たちのために鉱石を使って次々と便利な魔導具を発明していく。 そして、ジェイドからその才能を評価され知らず知らずのうちに溺愛されていくのであった。 一方、コーデリアを厄介払いした家族は悪事が白日のもとに晒された挙句、王家からも見放され窮地に追い込まれていくが……。 これは、虐げられていた才女が嫁ぎ先でその才能を発揮し、周囲の人々に無自覚に愛され幸せになるまでを描いた物語。 他サイトでも掲載中。

未来の地球と辺境の星から 趣味のコスプレのせいで帝のお妃候補になりました。初めての恋でどうしたら良いのか分かりません!

西野歌夏
ファンタジー
恋を知らない奇妙で野暮な忍び女子# 仕事:奉行所勤め# 今まで彼氏なし# 恋に興味なし# 趣味:コスプレ# ー時は数億年先の地球ー そんな主人公が問題を起こし、陰謀に巻き込まれ、成り行きで帝のお妃候補になる話。 帝に愛されるも、辺境の星から、過去の地球から、あちこちから刺客が送り込まれて騒ぎになる話。 数億年前の地球の「中世ヨーロッパ」の伯爵家を起点とする秘密のゲームに参加したら、代々続く由緒正しい地主だった実家に、ある縁談が持ち込まれた。父上が私の嫁入りの話を持ってきたのだ。23歳の忍びの私は帝のお妃候補になってしまった。プテラノドン、レエリナサウラ、ミクロラプトルなどと共存する忍びの国で、二つの秘密結社の陰謀に巻き込まれることになる。 帝と力を合わせて事件を切り抜けて行くうちに、帝に愛され、私は帝にとってなくてはならない存在にー

飯屋の娘は魔法を使いたくない?

秋野 木星
ファンタジー
3歳の時に川で溺れた時に前世の記憶人格がよみがえったセリカ。 魔法が使えることをひた隠しにしてきたが、ある日馬車に轢かれそうになった男の子を助けるために思わず魔法を使ってしまう。 それを見ていた貴族の青年が…。 異世界転生の話です。 のんびりとしたセリカの日常を追っていきます。 ※ 表紙は星影さんの作品です。 ※ 「小説家になろう」から改稿転記しています。

王子の呪術を解除したら婚約破棄されましたが、また呪われた話。聞く?

十条沙良
恋愛
呪いを解いた途端に用済みだと婚約破棄されたんだって。ヒドクない?

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

処理中です...