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はじめての水中戦 2
しおりを挟むどうしよう、格好良い。
状況が許せば頬に手を当てて「きゃー」と言いたい。
こんな気持ちは、ルーベンス先生の逞しい裸体ピンナップを部屋の壁に飾ったとき以来だ。
「リコリス! 集中しろ、思春期は後にしろ!」
「ちょっと黙っていてください、おじいちゃん!」
両親に恥ずかしいプライベートを覗かれたようないたたまれなさを感じながら、私を応援するヴィルヘルムに私は文句を言った。
『クラーケンの弱点は、二つの大きな目だ! 足や体は攻撃してもあまりダメージは入らない、細切れにするなら別だが、まずは目を狙え、リコリス!』
私の脳内のルーベンス先生の幻が、ヴィルヘルムよりも余程有益なアドバイスをしてくれる。
「リコリス、俺がクラーケンの気をひく! リコリスは弱点の目を!」
ユリウス様が追いすがってくるクラーケンの足を切り払いながら言った。
私は頷くと、剣を構える。
それにしてもクラーケン、さっきからユリウス様ばかりを狙っている。
私よりもユリウス様の方が美味しそうなのかしら。
確かに私がクラーケンだったら、私よりもユリウス様を食べたいと思うわね。食べるところが多そうだし。
私は水面を蹴ってクラーケンに向かって走る。
振り下ろした剣の切っ先が、クラーケンの瞳に突き刺さる。
はじめて痛みを感じたように、クラーケンが残りの足を海面に叩きつけた。
私の剣が突き刺さったまま、その巨体が海中に沈んでいく。
剣を掴んでいた私の体を、引き戻された足が拘束する。
私も一緒に海中に引きずり込まれていく。
どぼん、と私の体は海に沈んだ。
一瞬視界が暗くなったけれど、それは私が衝撃で目を閉じていたからだった。
瞼を開くと、透明度の高い海の中をくっきりと見渡すことができる。
エメラルドグリーンに輝く海を、お魚さん達が泳いでいる。
海の底はかなり深いようで、下を見ても暗いだけで底までは見下ろすことができない。
海中深く沈んでいくクラーケンは、海中の方が得意らしく、二本の足で私を拘束し、残りの足を大きく広げている。
剣が刺さっていない方の瞳が爛々と光り、私を睨み付けている。
突き刺したままの剣を、私は抜いた。
息苦しさは感じない。
私の体には薄い空気の膜のようなものが張られている。どこまで持つのかは分からないけれど、水上でも水中でも戦えるようになっているみたいだ。
剣を抜いた私をクラーケンは食べようとしているらしい。
蠢く足の中心に、巨大な口がある。
その口は、鍾乳洞のようにぽっかりと開き、無数の小さな歯がはえている。
私は足の拘束から抜けようと、剣を足に突き刺した。
すっぱりと足は切れたけれど、すぐに他の足が私を掴む。切られた足は、瞬く間に再生していく。
ユリウス様と同じぐらい、クラーケンは再生能力が高いみたいだ。
切っても切っても、足は私に絡みついてくる。
次第に呼吸が苦しくなってくる。水中呼吸は、時間制限があるようだ。
やっぱりクラーケン捕獲師の資格が無いのに、クラーケンと戦うのは良くなかったのかしらね。
酸欠で頭がぼんやりしてくる。
海の底へ、底へと、私の体は沈んでいっている。
クラーケンの大きな口が、私の眼前に迫る。
「リコリス!」
ユリウス様の声が聞こえた気がした。
海面から、海中までを貫くような長く太い光の槍が、クラーケンを真っ直ぐに突き刺した。
串刺しにされたクラーケンは力を失い、私の拘束もするりと解ける。
光の槍が一瞬で消えて、クラーケンは海の底へと落ちていく。
私の体は力強い腕に抱えられた。
空気の気泡が、海面に上がっていく。
海の底から見た海面は、遠くゆらめき、輝いていた。
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