上 下
45 / 82

 海といえばクラーケン 2

しおりを挟む


 クラーケンはぬめっとした足で、四つ首ダチョウの足を絡め取っている。

 その足が海に沈んだと思ったら、四つ首ダチョウの足がすっかり無くなっていた。
 三角形の体がぐにぐにと動く。もぐもぐしているわね。多分食べたのね。

「ユリウス様、クラーケンですよ、ユリウス様!」

「あぁ、分かっている。ここは俺に任せて、君は親父殿の元へ!」

 ユリウス様の肉体美に、クラーケンの足が纏わりついている光景を、私は唖然と見上げた。

 この光景。どこかで見たことがあるわね。
 私の脳内で、楽しげな音楽と共に『キャンプ飯はじめました。~美味しい魔物料理のすすめ~』がはじまる。
 
『みなさんこんにちは! 週末、仕事疲れを美味しいキャンプ飯で癒しましょう! 疲れた心と体を癒す、皆のメスティン・ユマと、キャンプ業界の神、ルーベンス先生がお送りする、キャンプ飯はじめましたの時間です~!』

 メスティン・ユマお姉さんは、いつもどんな時でもキャンプスタイルである。

 全身キャンプブランドに身を固めて、防寒対策はばっちり。体のラインも全て隠す。素肌をほぼ出さないアイドルとして、男性たちの人気を集めている。

 夏になると半袖になるので、それが唯一の露出だ。健康的な小麦色の肌に男性たちは釘付けである。

『今日の食材はなんですか、ルーベンス先生?』

『今日は、海の王者、クラーケンだ』

 ざばん、ざばんとうちつける高波を背景に、ルーベンス先生が海の岩場で仁王立ちしている。
 今日はいつもの裸エプロンではない。

 気合いの入った褌姿だ。
 褌というのは、下着の一種で、布を下着がわりに巻いたものである。

 女性の水着よりもよほど露出度が高く、ルーベンス先生の引き締まった臀部や腹筋を見ることができる海辺の褌スタイルは、ルーベンス先生ファンの間ではもはや伝説である。

 ルーベンス先生を崇める男性たちの間では、褌が流行っているとか、いないとか。

『クラーケンは肉食だ。捕獲するときは、クラーケンの出現するポイントに向かって、生肉を投げろ』

『それだけでクラーケンが出てくるのですか、先生?』

『後は運が良ければ、現れる。俺の幸運スキルはレジェンド級なので、生肉を投げるだけでクラーケンが大抵やってくるが、皆の場合はクラーケンが現れるまで何度でも挑戦してくれ』

 ルーベンス先生は、両手に大きな生肉を抱えて、海に投げ込んだ。
 程なくして、海から巨大な足がにょきりと現れる。

 ルーベンス先生は迷いなく海に飛び込んだ。
 クラーケンにダイビング延髄ニードロップを決めた後、太い足に纏わりつかれながらも、その足を逆に掴んで水上ジャイアントスイングを行い、クラーケンを陸上に放り投げるルーベンス先生の勇姿。

 ルーベンス先生、凄い。愛してる。

『クラーケンは肉厚で大味だが、一匹捕獲すれば飢餓に喘ぐ村を丸ごと救えるほど栄養価が高く、調理方法によっては非常に旨い。だがかなり危険な相手なので、捕獲する場合は、魔物捕獲調理業界から、クラーケン捕獲師の資格を取ってからにするように。ルーベンス先生との約束だぞ!』

 海の中から飛び上がって、陸に打ち上げられたクラーケンに向かい、ヴィクトリーフィニッシュ踵おとしを決めた後、ルーベンス先生がサムズアップしながら言った。

「先生、可愛い……!」

 思わず脳内のルーベンス先生にきゃあきゃあしてしまった。
 きゃあきゃあしている場合じゃなかった。

 ユリウス様を助けなければ。
 いくらユリウス様とはいえ、海の中でクラーケンと戦うのは分が悪いのではないかしら。

「俺は大丈夫だから、逃げろ、リコリス!」

 ユリウス様は体をぎりぎりと締め上げてくる巨大な足を掴みながら、大きな声で言った。

 私は、自分の服装を見下ろす。
 神竜の力は万能のようだから、きっと水中戦も可能なのではないかしら。

「水中戦用の服装にフォームチェンジしろ、リコリス!」

 ヴィルヘルムが私の隣にふよふよと飛んできて言った。

 とうとうフォームチェンジとか言ってきたわね。ヴィルヘルム、何も知らないふりをしているだけで、本当は魔法少女について知っているのではないかしら。

「神竜の力よ、目覚めよ!」

 私は胸に手を当てて、水中戦用の衣装を思い浮かべた。

 私の体は光に包まれて、一瞬のうちに面積の少ない真っ白なフリル多めの水着姿に変わっていた。



しおりを挟む
感想 17

あなたにおすすめの小説

自宅が全焼して女神様と同居する事になりました

皐月 遊
恋愛
如月陽太(きさらぎようた)は、地元を離れてごく普通に学園生活を送っていた。 そんなある日、公園で傘もささずに雨に濡れている同じ学校の生徒、柊渚咲(ひいらぎなぎさ)と出会う。 シャワーを貸そうと自宅へ行くと、なんとそこには黒煙が上がっていた。 「…貴方が住んでるアパートってあれですか?」 「…あぁ…絶賛燃えてる最中だな」 これは、そんな陽太の不幸から始まった、素直になれない2人の物語。

異母妹にすべてを奪われ追い出されるように嫁いだ相手は変人の王太子殿下でした。

あとさん♪
恋愛
リラジェンマは第一王女。王位継承権一位の王太女であったが、停戦の証として隣国へ連行された。名目は『花嫁として』。 だが実際は、実父に疎まれたうえに異母妹がリラジェンマの許婚(いいなずけ)と恋仲になったからだ。 要するに、リラジェンマは厄介払いに隣国へ行くはめになったのだ。 ところで隣国の王太子って、何者だろう? 初対面のはずなのに『良かった。間に合ったね』とは? 彼は母国の事情を、承知していたのだろうか。明るい笑顔に惹かれ始めるリラジェンマであったが、彼はなにか裏がありそうで信じきれない。 しかも『弟みたいな女の子を生んで欲しい』とはどういうこと⁈¿? 言葉の違い、習慣の違いに戸惑いつつも距離を縮めていくふたり。 一方、王太女を失った母国ではじわじわと異変が起こり始め、ついに異母妹がリラジェンマと立場を交換してくれと押しかける。 ※設定はゆるんゆるん ※R15は保険 ※現実世界に似たような状況がありますが、拙作の中では忠実な再現はしていません。なんちゃって異世界だとご了承ください。 ※拙作『王子殿下がその婚約破棄を裁定しますが、ご自分の恋模様には四苦八苦しているようです』と同じ世界観です。 ※このお話は小説家になろうにも投稿してます。 ※このお話のスピンオフ『結婚さえすれば問題解決!…って思った過去がわたしにもあって』もよろしくお願いします。  ベリンダ王女がグランデヌエベ滞在中にしでかしたアレコレに振り回された侍女(ルチア)のお話です。 <(_ _)>

まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?

せいめ
恋愛
 政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。  喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。  そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。  その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。  閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。  でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。  家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。  その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。    まずは亡くなったはずの旦那様との話から。      ご都合主義です。  設定は緩いです。  誤字脱字申し訳ありません。  主人公の名前を途中から間違えていました。  アメリアです。すみません。    

【完結】うっかり異世界召喚されましたが騎士様が過保護すぎます!

雨宮羽那
恋愛
 いきなり神子様と呼ばれるようになってしまった女子高生×過保護気味な騎士のラブストーリー。 ◇◇◇◇  私、立花葵(たちばなあおい)は普通の高校二年生。  元気よく始業式に向かっていたはずなのに、うっかり神様とぶつかってしまったらしく、異世界へ飛ばされてしまいました!  気がつくと神殿にいた私を『神子様』と呼んで出迎えてくれたのは、爽やかなイケメン騎士様!?  元の世界に戻れるまで騎士様が守ってくれることになったけど……。この騎士様、過保護すぎます!  だけどこの騎士様、何やら秘密があるようで――。 ◇◇◇◇ ※過去に同名タイトルで途中まで連載していましたが、連載再開にあたり設定に大幅変更があったため、加筆どころか書き直してます。 ※アルファポリス先行公開。 ※表紙はAIにより作成したものです。

【完結】「異世界に召喚されたら聖女を名乗る女に冤罪をかけられ森に捨てられました。特殊スキルで育てたリンゴを食べて生き抜きます」

まほりろ
恋愛
※小説家になろう「異世界転生ジャンル」日間ランキング9位!2022/09/05 仕事からの帰り道、近所に住むセレブ女子大生と一緒に異世界に召喚された。 私たちを呼び出したのは中世ヨーロッパ風の世界に住むイケメン王子。 王子は美人女子大生に夢中になり彼女を本物の聖女と認定した。 冴えない見た目の私は、故郷で女子大生を脅迫していた冤罪をかけられ追放されてしまう。 本物の聖女は私だったのに……。この国が困ったことになっても助けてあげないんだから。 「Copyright(C)2022-九頭竜坂まほろん」 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します。 ※小説家になろう先行投稿。カクヨム、エブリスタにも投稿予定。 ※表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。

【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました

ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。

公爵令嬢の辿る道

ヤマナ
恋愛
公爵令嬢エリーナ・ラナ・ユースクリフは、迎えた5度目の生に絶望した。 家族にも、付き合いのあるお友達にも、慕っていた使用人にも、思い人にも、誰からも愛されなかったエリーナは罪を犯して投獄されて凍死した。 それから生を繰り返して、その度に自業自得で凄惨な末路を迎え続けたエリーナは、やがて自分を取り巻いていたもの全てからの愛を諦めた。 これは、愛されず、しかし愛を求めて果てた少女の、その先の話。 ※暇な時にちょこちょこ書いている程度なので、内容はともかく出来についてはご了承ください。 追記  六十五話以降、タイトルの頭に『※』が付いているお話は、流血表現やグロ表現がございますので、閲覧の際はお気を付けください。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

処理中です...