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ユリウス様、王子から狩人にジョブチェンジする 2
しおりを挟む可哀想だから踏んだりしないし、私は別にそれほど怒っていない。
キャンプの前に怒りや恨みつらみなどは無意味な事柄なのである。
「ユリウス様は、私の罪についてはご存じではなかったのです?」
「いっさい知らされていなかった。婚約者が隣国と通じていたと知れば俺が傷つくだろう、もしかしたら私情に飲まれて君を守ろうとするかもしれないという配慮から、知らせなかったらしい。全く、腹立たしい。リコリスがそのような罪を犯すわけがない。疑うべき人間は他に沢山いるだろう」
「ユリウス様は私を信じてくださるのですか。だから私を助けに来てくださったのですね」
「当然だろう! 俺はリコリスを信じている。だがもし本当に君が罪を犯していたとしたら、それはつまり俺の君への愛情が足りなかったということだろう! すまなかった、リコリス。君は常に、俺の剃髪を求めていたというのに、なかなか踏ん切りがつかずに、髪を剃り落とせなかった……! 君への愛は真実だが、髪を剃るのには若干の抵抗があってだな……!」
「髪のことはさておき、ユリウス様。私は帰りたくありません。この地でソロキャンを満喫しながら、開拓を行い、私の帝国を作るのです。全キャンパーの皆様の聖地、新生リコリス帝国を興した暁には、ルーベンス先生の訪れた地として記念碑を立てて、名誉市民としてルーベンス先生をお呼びするのです」
「……それは、つまり、リコリスはこの何もない荒れ地で生きていくと決めたということか?」
「何もなくありませんよ、大自然があります。ログハウスを作って、農地を作り、温泉を掘る予定です」
ユリウス様は私の足元に膝をついたまま、腕を組んで悩ましげに眉を寄せた。
それから良いことを思いついたとでもいうように、ニンマリと口角を吊り上げた。
「この地には俺とリコリスしかいない。良い考えだ、リコリス。俺とリコリスで、初代新生リコリス帝国の皇帝夫婦になろう」
「ユリウス様は、ヴァイセンベルク王国の次期国王陛下ですけれど」
「そんな地位は要らん。弟も国王になりたそうだったからな、くれてやる。リコリス、俺と君で、この地の創世の男女になろう。君は創世の女神として崇め奉られるだろう。子供は十人ぐらい欲しいな、リコリス。十人を育てるのだから、俺は立派な狩人になる」
「十人の子供たちと共に、俺にも食事を提供しろ」
ヴィルヘルムは食事の話になると反応が早い。
「十人の子供たちと、ペットの白犬を養えるぐらいの甲斐性はある。安心しろ。お前がリコリスに邪な気持ちを抱かない限りは、危害を加えたりしない」
「あぁ、是非養ってくれ。旨い料理が食えるのなら、お前たちがこのままここにいようが、他の場所にいこうが、どちらでも構わない。ただし、俺はリコリスと契約したからな。側を離れることはできない。契約とはそういうものだ」
「俺のリコリスと勝手に契約しやがって、羨ましい。血反吐が出るほどに羨ましい……」
ユリウス様はぎりぎりと唇を噛んだ。
血反吐は吐かなかったけれど、唇から血がだらだら垂れる。
けれどユリウス様は圧倒的な再生能力の持ち主なので、たちどころに傷が癒えてしまった。
「ユリウス様は帰らないのですか?」
「君がここにいるというのなら、俺もここにいる。ここにいればあの女と二度と会うこともない。リコリスと、二人きり、ずっと、二人きりだ。なんてことだ、ここは楽園じゃないか……!」
立ち上がったユリウス様が、天を仰いで涙を溢した。
ユリウス様もルーベンス先生が訪れた、このキャンパーの聖地の価値が理解できたのかもしれない。
それにしてもあの女とは一体誰のことなのかしら。
女性関係で深い悩みでもあったのかしらね。
「ここが、俺とリコリスの約束の地なのかもしれないな。挙式をあげようか、リコリス。そこの神竜に見届けてもらおう。良いだろうか、白竜ヴィルヘルム」
「人と人は番うということは知っている。お前たちは番になったのだな。おめでとう。ところで朝食はどうしたんだ」
「番……!」
ユリウス様は両手で口を抑えた。
乙女のように頬を赤らめている。番という言葉がそんなに嬉しかったのだろうか。
どのあたりにときめきポイントがあったのかしら。
私は動物みたいって思ったのだけれど。
ヴィルヘルムが私の近くに飛んでくると、「朝食だ、リコリス」と何度も言いはじめる。
私はお腹をさすった。
私もお腹が空いてきた。
マグロ丼が食べたい。不意にそう思ったのは、ユリウス様の赤い髪を見たせいだろう。
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