上 下
18 / 82

キノコ鍋パ 1

しおりを挟む


 ぐつぐつと、鍋が煮えている。

 ぽこぽこ湧いては消えていく気泡を眺めているだけで幸せな気持ちになる。
 見上げた空には満天の星が輝き、肌に当たる風が少しだけ涼しい。

「できましたよ、ヴィルヘルム。ソロキャンアイドルリコリス特製、鬼マタンゴの水煮鍋と、丸焼き鬼マタンゴです。今日は素材そのままの味を楽しんでいただきたい――というのは嘘で、初日の料理としては及第点かなっていう程度のご飯です。まことに申し訳ありません」

 お塩とか、それから香草とか、お肉とかお魚があればもう少し味わい深くできたのだけれど。

 ルーベンス先生は美味しいと言っていたけれど、鬼マタンゴを頂くのは私もはじめてなので、味は未知数なのよね。
 ヴィルヘルムは特に怒る様子もなく、くん、と鼻を動かした。

「旨そうな香りがする」

「そうですか、よかった」

「リコリス、お前は魔法少女とやらになったり、アイドルになったり、帝国の王となったりと、忙しいな」

「常に私は私の主なのです。私の可能性は無限大。私が魔法少女と言ったら私は魔法少女ですし、アイドルと言ったらアイドルなのです」

「そうか。良く分からないが、己に自信があるのは良いことだ」

「ルーベンス先生が言っていたのです。大自然の中で自我を失わないためには、己は己の主であることを意識しなければならないと」

「お前の先生は、中々深いことを言う」

「右も左も木々しかない深い森の中や、果てしなく続く雪原や、小舟でこぎ出した海の上で、恐怖に飲まれて自我を失わないための心得なのだそうです。ヴィルヘルムにもルーベンス先生の素晴らしさがわかるのですか?」

「多少は。自然とは圧倒的な力だ。どれほど人が立ち向かおうともかなわないもの。そこにあるのは原初の恐怖。その恐怖に飲まれてしまえば、人は道を違える。道を違え世界の秩序を乱そうとしたものから世界を守るのが、俺たち神竜の役割だ。神竜と、俺の乙女であるお前の」

「その時が来たら頑張りますね。ヴィルヘルムは私にサバイバルナイフと可愛い服をくださったので、その恩返しです」

「白竜の剣だ」

「白竜のサバイバルナイフを」

 私はヴィルヘルムの前のテーブル替わりに置いた平たい岩の上に、沢山とってきた大きな葉っぱを敷くと、その上に串刺し丸焼き鬼マタンゴを置いた。

 それは鬼マタンゴと言われなければ鬼マタンゴだとは思えない、大き目のキノコである。
 つるりとした茶色の笠が良く焼けて、更に濃い色になっている。

 肌色の柄の部分は、火が通ったからだろう、少しだけ縮んでいる。

 顔に近づけると、シイタケとシメジを足して濃くしたような、キノコの良い香りがする。
 キノコの良い香りの中に、カリカリに焼いたベーコンのような香ばしさが混じっている。


しおりを挟む
感想 17

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

余命六年の幼妻の願い~旦那様は私に興味が無い様なので自由気ままに過ごさせて頂きます。~

流雲青人
恋愛
商人と商品。そんな関係の伯爵家に生まれたアンジェは、十二歳の誕生日を迎えた日に医師から余命六年を言い渡された。 しかし、既に公爵家へと嫁ぐことが決まっていたアンジェは、公爵へは病気の存在を明かさずに嫁ぐ事を余儀なくされる。 けれど、幼いアンジェに公爵が興味を抱く訳もなく…余命だけが過ぎる毎日を過ごしていく。

【完結】思い込みの激しい方ですね

仲村 嘉高
恋愛
私の婚約者は、なぜか私を「貧乏人」と言います。 私は子爵家で、彼は伯爵家なので、爵位は彼の家の方が上ですが、商売だけに限れば、彼の家はうちの子会社的取引相手です。 家の方針で清廉な生活を心掛けているからでしょうか? タウンハウスが小さいからでしょうか? うちの領地のカントリーハウスを、彼は見た事ありません。 それどころか、「田舎なんて行ってもつまらない」と領地に来た事もありません。 この方、大丈夫なのでしょうか? ※HOT最高4位!ありがとうございます!

平凡令嬢は婚約者を完璧な妹に譲ることにした

カレイ
恋愛
 「平凡なお前ではなくカレンが姉だったらどんなに良かったか」  それが両親の口癖でした。  ええ、ええ、確かに私は容姿も学力も裁縫もダンスも全て人並み程度のただの凡人です。体は弱いが何でも器用にこなす美しい妹と比べるとその差は歴然。  ただ少しばかり先に生まれただけなのに、王太子の婚約者にもなってしまうし。彼も妹の方が良かったといつも嘆いております。  ですから私決めました!  王太子の婚約者という席を妹に譲ることを。  

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

妹がいなくなった

アズやっこ
恋愛
妹が突然家から居なくなった。 メイドが慌ててバタバタと騒いでいる。 お父様とお母様の泣き声が聞こえる。 「うるさくて寝ていられないわ」 妹は我が家の宝。 お父様とお母様は妹しか見えない。ドレスも宝石も妹にだけ買い与える。 妹を探しに出掛けたけど…。見つかるかしら?

王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました

さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。 王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ 頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。 ゆるい設定です

処理中です...