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キノコ鍋パ 1
しおりを挟むぐつぐつと、鍋が煮えている。
ぽこぽこ湧いては消えていく気泡を眺めているだけで幸せな気持ちになる。
見上げた空には満天の星が輝き、肌に当たる風が少しだけ涼しい。
「できましたよ、ヴィルヘルム。ソロキャンアイドルリコリス特製、鬼マタンゴの水煮鍋と、丸焼き鬼マタンゴです。今日は素材そのままの味を楽しんでいただきたい――というのは嘘で、初日の料理としては及第点かなっていう程度のご飯です。まことに申し訳ありません」
お塩とか、それから香草とか、お肉とかお魚があればもう少し味わい深くできたのだけれど。
ルーベンス先生は美味しいと言っていたけれど、鬼マタンゴを頂くのは私もはじめてなので、味は未知数なのよね。
ヴィルヘルムは特に怒る様子もなく、くん、と鼻を動かした。
「旨そうな香りがする」
「そうですか、よかった」
「リコリス、お前は魔法少女とやらになったり、アイドルになったり、帝国の王となったりと、忙しいな」
「常に私は私の主なのです。私の可能性は無限大。私が魔法少女と言ったら私は魔法少女ですし、アイドルと言ったらアイドルなのです」
「そうか。良く分からないが、己に自信があるのは良いことだ」
「ルーベンス先生が言っていたのです。大自然の中で自我を失わないためには、己は己の主であることを意識しなければならないと」
「お前の先生は、中々深いことを言う」
「右も左も木々しかない深い森の中や、果てしなく続く雪原や、小舟でこぎ出した海の上で、恐怖に飲まれて自我を失わないための心得なのだそうです。ヴィルヘルムにもルーベンス先生の素晴らしさがわかるのですか?」
「多少は。自然とは圧倒的な力だ。どれほど人が立ち向かおうともかなわないもの。そこにあるのは原初の恐怖。その恐怖に飲まれてしまえば、人は道を違える。道を違え世界の秩序を乱そうとしたものから世界を守るのが、俺たち神竜の役割だ。神竜と、俺の乙女であるお前の」
「その時が来たら頑張りますね。ヴィルヘルムは私にサバイバルナイフと可愛い服をくださったので、その恩返しです」
「白竜の剣だ」
「白竜のサバイバルナイフを」
私はヴィルヘルムの前のテーブル替わりに置いた平たい岩の上に、沢山とってきた大きな葉っぱを敷くと、その上に串刺し丸焼き鬼マタンゴを置いた。
それは鬼マタンゴと言われなければ鬼マタンゴだとは思えない、大き目のキノコである。
つるりとした茶色の笠が良く焼けて、更に濃い色になっている。
肌色の柄の部分は、火が通ったからだろう、少しだけ縮んでいる。
顔に近づけると、シイタケとシメジを足して濃くしたような、キノコの良い香りがする。
キノコの良い香りの中に、カリカリに焼いたベーコンのような香ばしさが混じっている。
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