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聖女と乙女 1

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 燃えるような夕焼けが、世界を橙色に染めている。

 海の向こうに落ちていく太陽が水面を黄金色に輝かせて、上空に向かうほどに紫色から黒色に変わっていく空には一番星が輝き、丸い月がポッカリと浮かんでいる。

 ざ、ざ、と聞こえる波の音に身を委ねながら、私は私の隣で丸くなっているヴィルヘルムの体を指でつついた。
 赤いドレスとフカフカのパニエの上で寝転んでいるヴィルヘルムは、白くてふわふわの毛玉のようだ。

「ヴィルヘルムは、大きい姿の時はつるっとしているのに、小さい姿になるとふわふわになるのですね」

 そっと撫でてみると、柔らかい白い毛の奥に、滑らかな鱗を持ったひんやりした硬い体があるのがわかる。
 海に落ちる夕日のように赤い瞳が、私を見上げた。

「これは幼体だ。成長すると毛は抜け落ちて、美しい白い竜の姿になる」

「神竜の皆さんにも幼体があるのですね」

「生まれながらにしてあの姿ではない。俺たちは女神ラキュラスによって生み出された。世界の秩序を守る者としてな」

「女神ラキュラス様!」

 私はぽん、と手を合わせる。
 なんて奇遇なのかしら。

「女神ラキュラス様とは、ヴァイセンベルク王国の守護女神であらせられる方ですね。なんと、私の妹のアリアネちゃんが、ラキュラス様に祝福を受けたラキュラスの聖女なのですよ」

「そうなのか」

 ヴィルヘルムはもっと驚くのかと思ったけれど、「ふぅん」みたいな感じで、瞬きをパチリと一つしただけだった。

 私の目の前にある丸太トーチの上では、水が徐々にお湯に変わりはじめ、その横の焚火では、丸焼きキノコの表面にプツプツと水滴がうかび始めている。

「なんだか感動が薄くないですか、ヴィルヘルム。ラキュラス様とは、ヴィルヘルムのお母さんのようなものなのでしょう?」

「女神ラキュラスに俺たちが生み出されたのは、この国にお前たちのようなヒトの姿さえなかった、創世の時代だ。今から五百年前、いや、千年前……一万年は経っているのか? 忘れてしまったが、それ以来ラキュラスには会っていない。母を恋しがるような年齢ではない」

「いくつになってもお母様とは良いものですよ、ヴィルヘルム。私のお母様はアリアネちゃんを産んだときになくなってしまいました。私も一歳を過ぎたばかりの頃でしたから、記憶にはありませんけれど」

「俺も似たようなものだ。ラキュラスは俺たちを生み出すと、それぞれ役割を与えて国の東西南北に守護者として据えた。幼体の頃だ。だから、ラキュラスのことは、顔ぐらいしか記憶にない」

 夕日が水平線の向こう側へと沈んでいく。



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