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かくされたもの
しおりを挟む丘の端、柵のない崖手前には人々を転落から守るように背の高い茨が蔓延っている。
冬前に咲くスノードロップという野ばらがぽつぽつと咲いている。
リリアの瞳ぐらいの大きさの、小さく愛らしい花だ。
そのすぐ近くにある石の門は、確かに月へ続く見えない階段の入り口のように感じられた。
「おそらくここだな」
「オーウェン様! ここに、古代文字が掘られています」
リリアはやや興奮気味に言った。門を形成している石の柱に文字が刻まれている。
それは──アリル王女の筆跡だった。
「アリル王女……本当に、生きていたんですね」
日記の中には彼女の人生があった。だがそれだけでなく、実際に彼女の足跡を辿ることができると、よりいっそう王女が身近に感じられる。
そのせいでよけいに彼女の辿った悲劇が、冷たい風のように胸にせまる。
同時に──愛しさも感じる。アリル王女はここに立っていた時、リンデルと一緒だった。
ここにいた彼女はきっと幸福だったのだろうと、リリアは思う。
「あぁ、本当に。その下にはリンデルの文字もある。彼女たちはここで、文字を掘ったのだな」
オーウェンが文字を指で辿る。アリル王女の掘った文字の下には、リンデルの筆跡で文字が掘られている。
『月の道を辿り、死後の世界に至りましょう。愛しい母の元に。あなたと私と母、私たちは繋がっている/アリル・フェリ』
『あなたの幸福な人生を、そしてあなたの幸福な死を。私の願いはただそれだけ/リンデル』
互いを思いやる言葉のあと。
その下に、リンデルは長い一文を残していた。
『魔女リンデルより、ここを訪れた者に告げる。正しき者、愛ある者だと証明を。あなたの血を、ここに刻みなさい。月の道が開くでしょう』
思わずリリアはオーウェンを見つめた。
オーウェンは眉を寄せて、悩まし気な表情を浮かべている。
「血を刻むとは……」
「そのままの意味と思っていいだろう。この国には昔、魔法があった。妖精がいたという伝説も残っている。とある王を勝利に導いたのも、偉大なる大魔導師ゲルドと言われている。そう思えば……古の時代に生きたリンデルが、本物の魔女だったというのもそうおかしな話ではない」
「ここにはもしかしたら神秘が残っているのかもしれないのですね」
「あぁ。……試してみよう」
オーウェンはペーパーナイフを取り出すと、黒い手袋を外して自分の指を切った。
浅い傷だが、すぐにぷくりと血が膨らんで、滴り落ちる。
その指先をリンデルの文字に押し付けるようにすると──すぐに、異変が起こった。
『一人では足りない。あなたは一人ではない』
石柱に、青色に鈍く輝く文字が浮かんで消えていった。
まるでどこからかリンデルに見られているかのようだった。
「私も」
「駄目だ。君の体に傷をつけるなど、させられない」
「オーウェン様、傷はすぐに塞がります。私は、見たいのです。リンデルとアリル王女の残したものを」
リリアはオーウェンからペーパーナイフを受け取って、指先を切る。
オーウェンが残した血の跡の横に、リリアも指を押し付けた。
強い風が吹きすさぶ。地面が揺れる。驚いて体を跳ねさせたリリアは、オーウェンの力強い腕に抱きしめられた。
何かが崩れ落ちるような音に視線を向けると、門の奥にぽっかりと穴があいている。
地下へと続く階段が、穴の奥から覗いていた。
揺れが収まり、オーウェンはリリアの体を離す。それから荷物から傷テープを取り出すと、リリアの指に巻いてくれた。
リリアもオーウェンの指に、テープを巻いた。浅い傷はもう出血も止まっていたが、傷が隠れるとほっとする。
「ありがとう、リリア」
「いいえ。私のほうこそ。オーウェン様、行きましょう。私、すごく驚いています。オーウェン様は、あまり驚いていませんか?」
「驚いているが……君に見られている手前、あまり動揺しているところを見せたくない。格好いいと思われていたい」
「オーウェン様はいつでも素敵ですよ」
リリアは笑いながら、オーウェンの手をひいた。
地下へと続く階段の奥で、リンデルが手招きをしている気がした。
「リリア、君は残れ。何か危険なことがあるかもしれない」
「大丈夫ですよ。リンデルは意地悪をするために、ここに彼女の足跡を残したわけではないでしょう。彼女は愛にあふれた優しい人だと、私たちは知っています」
リリアはオーウェンと共に階段をおりた。
石壁に囲まれた狭い階段だ。オーウェンが点灯した手持ちランタンの灯りをしるべに、慎重に一歩一歩、下へ下へと続く階段を進んでいく。
唐突に、広い空間に出た。
それは神殿のような場所である。古代の人の手では作ることが難しいような、つるりとした石壁に囲まれた空間の奥には、祭壇がある。
そこには──白いミミズクが一羽、羽を休めて眠っていた。
「ミミズク……」
「ミミズクだな」
リリアとオーウェンの声が重なる。
ミミズクに近づき、手をのばそうとする。すると、暗い空間に光が溢れた。
眩しさに目を閉じる。月光のような光が、瞼の裏側を焼いた。
明るさに慣れて目を開いたリリアが見たものは、白い光で形作られたような透き通る体を持った二人の女性の姿だった。
「あなたたちは……」
輪郭は朧気だが、二人とも古めかしいドレスを着ている。そして口元には笑みを浮かべていることがわかる。
『よくここまで、たどりつきました。私はリンデル』
『私は、アリル。はじめまして』
『私たちのことを、誰かに知って欲しかった。だからずっとここで、待っていました』
『心根の正しいあなたたち。深い愛情で結ばれたあなたたち。二人を繋ぐ幸福な鳥をあげる』
『私とアリル様を、繋いでくれた鳥です。ここにあるものは、もっていってかまいません』
『みつけてくれて、ありがとう。これで、リンデルと共にいける』
『扉を開いてくれて、ありがとう。あなたたちに、幸運を』
そう言うと、二人は手を取り合って、音もなく歩き始める。
二人のスカートの下は靄になり、足を見ることはできない。二人は祭壇から真っ直ぐ、リリアたちをすり抜けて、階段へと進んだ。
そして──消えていった。
祭壇の奥には、遺体がある。一つの遺体は炭化している。一つの遺体は白骨化している。
二人とも古びたドレスを着ていた。元々のドレスは美しいものだったのだろう。
そしてその後ろには──金で出来た飾りや、宝石の類が大量に積まれていた。
「……リンデル、アリル王女」
「リンデルはアリル王女の遺体をここに運んだのかもしれない。そして、ここで命を絶った。誰にもみつからないように、この場所を封じたのだろう」
信じられないという口ぶりで、オーウェンは言った。
それから軽く頭を振る。
「これほどの神秘が、まだあるのだな、この国にも」
「二人が……一緒にいられてよかったです」
リリアの瞳から、ひとしずくの涙がこぼれた。
オーウェンがリリアを抱きしめる。リリアはその背に手を回した。
愛する人と共にいられる奇跡を思う。
リリアはオーウェンにあらためて感謝をした。今ここにリリアがいられるのは全て、オーウェンのおかげだ。
もしかしたらリリアも、アリル王女やリンデルのようになっていたかもしれない。
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