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自由への逃亡
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リリアは扉を叩いた。扉は外鍵がかかっており、びくともしない。
閉じ込められたのだと、改めて実感をした。
「エラド様、イルマさんに何をしたのですか!? エラド様、開けて! ここから出して……! お願いです、誰か!」
扉の向こう側からは、返事がない。人の気配もしない。
エラドがここには近づくなと、皆に言っているのかもしれない。
リリアは扉にこつんと額をあてた。
昨日と今日は繋がっているはずなのに、まるで違う一日の中に迷い込んでしまった気がした。
「イルマさん……」
イルマが心配だった。リリアが嫁いでから、彼女はずっとリリアに寄り添ってくれていた。
とてもよくしてもらった。社交界では評判の悪いリリアだが、イルマもグリーズ家の者たちも、リリアを悪く言う者はいなかった。
むしろ、エラドの態度についてリリアの同情的ですらあった。
支えてもらったように、感じる。イルマたちがいなければ、リリアの心はもっと早く折れていたかもしれない。
「……折れていない。折れるわけには、いかない」
小さな声でぽつりと呟いた。このまま何もせず、部屋の中で泣いていても何も変わらない。
『おかあさま、おかあさま、あけて……!』
『リリア、ごめんね』
一番古い記憶が、想起される。
それは、母の記憶だ。思い出さないようにしていた。ずっと、考えないようにしていた。
リリアは母が好きだった。いつでも母の後をついて回っていた。
だがある日──母はリリアを部屋に閉じ込めた。外側から鍵をかけて、部屋から出られないようにした。
おそろしくて、不安で、わけがわからなくて、リリアは部屋の中でずっと泣きじゃくっていた。
侍女に助けられたとき、リリアは泣きつかれて扉の前でうずくまり、動けなくなっていた。
この日、母はいなくなった。
あの時のリリアは無力な子供だった。何もできなかった。泣くこと以外は、何も。
でも、今は違う。リリアは大人だ。戦うことができる。
父にも母の記憶にも、そしてエラドにも──支配など、されたくない。
「……ここから出よう。明日はテネグロ図書館で働く日。ここにいるわけにはいかない。私の居場所を、奪われたくない。クリストファーさんにお願いをして、しばらくテネグロ図書館に住まわせてもらおう。雨風さえしのげれば、あとはなんとでもなる。ここから、逃げよう」
自分を励ますように、大切なことを一つ一つ確認するように、リリアは呟いた。
それからベッドに向かうと、シーツをはぎ取った。
白いシーツの端を噛んで、ほつれを作ると思い切り引き裂いた。
びりびりとシーツを割いて太い紐状に何本かに分けていく。端と端をきつく結んで、ロープを作った。
寝室のバルコニーから外に出る。空には曇天が広がっている。
強い風が、リリアの髪や服を揺らす。
冷たい風に、リリアの体に残っていた暴力の名残が吹き飛ばされていく気がした。
清涼感に、リリアはふと微笑む。この先にはきっと自由がある。
もう誰にも支配されない。誰にも、リリアの人生を渡したりしない。
シーツのロープをバルコニーの手すりに括りつける。ほどけないように強い力でぎゅっと結んだ。
寝室は二階にある。シーツを垂らすと一階の途中までの長さしかなかったが、そのぐらいの高さなら飛び降りたとしても最悪骨折程度で済むだろう。
這いずってでも、ここから逃げよう。
エラドと話し合おうと思っていた。だがきっと、彼と分かり合うことはできない。
エラドとリリアの心は、もう交わらない。努力をしてもどうにもならないことがあると、リリアは知った。
「行こう」
地上までの高さに、足が震えそうになる。
リリアは自分を叱咤して、バルコニーの手すりにてをかけた。
シーツに掴まり足をバルコニーから離す、強い風がリリアの体を激しく揺らした。
落ちないように必死に、シーツにしがみついた。
「──帰ってくれ。あなたがいくら、王族だとしても、他人の家庭に口出しをする理由にはならないはずだ」
「そうはいかない。リリアは無事なのか。イルマは君がリリアに暴力を振るったと言っている。私は彼女の友人だ。放っておくことなどできない」
風が、声を運んでくる。屋敷の入り口で、エラドが誰かと押し問答している苛立った声が聞こえる。
「帰れと言っている! お前の不義を、僕は知っている。僕の妻に手を出したな。不貞を働いた男が堂々と僕の前に顔を出すなど、ふざけるのも大概にしろ!」
「私はリリアの友人だと言っただろう。邪推をするのは勝手だが、そのような事実はない。今はそんなことはどうでもいい。エラド、リリアと会わせろ。彼女の無事を確認したい」
「何の権利があってそんなことを言うんだ?」
「王族である私の命令に従わないのなら、不敬罪で投獄するという手段もある。そうされたいのか、エラド」
「子爵家の血が混じる第七王子の分際で……!」
「それが本音か。余計な言葉は身を滅ぼす。リリアに会わせろ」
オーウェンの声だ。まさか、助けに来てくれたのか。
リリアは驚きながら、オーウェンの冷静ながら怒りに満ちた声を聞いていた。
「オーウェン様……」
心配をして、ここまで来てくれたのだろう。
彼とは知り合ったばかりなのに。昨日も、助けてくれた。
頼っていいと、言ってくれた。
リリアはその手を取ることができなかった。自分の力で解決できると思っていた。
オーウェンにまで、迷惑をかけてしまった。
それでも、その声が。彼の存在が、リリアに勇気を与えてくれる。
シーツを伝い、ずるずると降りていく。とうとうシーツがなくなった。足が宙に浮く。
「リリア!」
飛び降りようとしたところで、オーウェンの切羽詰まった声がした。
両手がシーツを離れる。リリアの体は宙に投げ出された。
落下するリリアの体は、地面に打ち付けられることはなかった。
衝撃に目を開くと、オーウェンがリリアの体をしっかり受け止めてくれていた。
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