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二日酔いの夜の、悪い知らせ
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今日は帰らないで──と、ルイーズに言われた。
甘えるルイーズが健気で可愛らしいと思うと同時に、頭の中にちらつくリリアの悲しげな笑みが鬱陶しくて、愛を交わしたルイーズが寝てしまった後もエラドは朝まで深酒をしていた。
酒の量が増えていることは理解している。どうしてなのかは、自分でもよくわからない。
美しいルイーズが隣にいて、満足しているはずだ。
ルイーズに一途に想われていることを、友人たちは羨ましがった。
リリアと違い、ルイーズはどこに連れていっても恥ずかしくない。
評判の歌姫で、その美貌も人目を引く。
醜聞にまみれた、地味で女としての魅力に乏しいリリアとは違う。
それでも、リリアを失うわけにはいかない。ルイーズは庶民。学歴もない。金もない。
リリアは伯爵家の娘。学歴があり、知識があり、家のことを任せられる。礼儀作法も身についている。
だから、苛立つのか。ルイーズを愛しているのに、リリアが必要だと思ってしまうことに。
所詮は正妻など、道具でしかない。エラドの父もそう考えていた。父も若く美しい女性と何度も遊んだ。だが母は何も言わなかった。ただ黙って家を支えるのが、正妻の務めだからだ。
それなのにリリアはエラドに黙って家を出ていた。見知らぬ男と歩いていた。
あれは誰だと考えながら、朝方近くまで酒を飲み、ウィスキーの瓶を空にした。
いつの間にか眠ってしまったらしい。宿のベッドで起きたのは朝も昼も通り過ぎて夜になってのこと。
一瞬、今がいつで、何時なのかさえわからなかった。
重たい頭をすっきりさせるために風呂に入る。濡れた体にローブを羽織り水を飲んでいると、いつの間にかいなくなっていたルイーズが部屋に戻ってきた。
「エラド様!」
ルイーズの瞳はどういうわけか涙に濡れていた。
そういえば彼女は今日も仕事がある。今日は日曜。日曜の夜もまた劇場には人が多く入る。
舞台に立った後なのだろう。髪も化粧も、いつもながらに美しい。
劇場が閉まるのは午後十時。もうそんなに遅い時間なのかと、エラドは他人事のように考える。
まだ酔いが覚めていないようだ。頭が重く、世界がふわふわと曖昧で、現実味がない。
ルイーズの涙も、まるで舞台上の彼女が演技をしている姿を見ているかのようだった。
「エラド様、一人にしてごめんなさい。仕事を、休むわけにはいかなくて」
「いいんだ。僕のほうこそすまないね。飲みすぎた。さっき起きたばかりで」
「よかった。エラド様が怒って帰ってしまったらと思うと、不安で……」
「君に怒ったりはしないよ」
そんなことを心配してくれる、そして素直に口にしてくれるルイーズが可愛かった。
リリアは、このようなことを言ったりはしない。
朝帰りを咎められたことも一度もない。どこに行っていたのかと尋ねられたことも。
寂しかったと甘えられたこともない。
あの見知らぬ男には、甘えるのだろうか。会いたかったと、甘えた声で言うのだろうか。
「エラド様、お話があります。私、リリアさんに会いに行ってきました」
「リリアに……? なぜ、そんなことを」
「エラド様と別れてもらうためです。リリアさんが、エラド様の邪魔をしているのでしょう? 私とあなたの結婚の邪魔を……」
「あぁ、そうだね。けれど、僕がどうにかすると言ったはずだ。君が会いに行く必要はなかったのに」
勝手なことを──と、初めてエラドはルイーズに苛立った。
ルイーズを身請けするためには、彼女の借金二千万ファブリスと、加えて身請け金の五百万ファブリス必要だった。
グリーズ家にはそんな金はない。金を調達するつもりではいたが、それをリリアに伝えたくなかった。
「エラド様、リリアさんは国王陛下や姫君にまで、まるで自分が被害者のように話しているようなのです。リリアさんがエラド様を諦めてくれればそれでいいだけの話なのに。まるで私を悪者のように……」
「ちょっと待ってくれ」
「私はひどい恥をかきました。私が孤児だと思って、私を馬鹿にして……!」
「ルイーズ。何があったのか、教えてほしい」
ルイーズは涙ながらに話をした。
青空市場でリリアが商売をしていることを。それを知っていたのは、リリア・グリーズの作るジャムや焼き菓子、刺繍入りハンカチ、小物や髪飾り、ポプリや造花のリースが劇場の女優たちの中で評判になっていたからだった。
その名前を聞いてすぐにエラドの妻だと気づいたルイーズは、いてもたってもいられずに会いに行ったというわけである。
エラドは知らなかった。青空市場でリリアが商売をしていることも。
いつの間にか、国王と知り合いになっていたことさえ。
リリアを守ったのは、黒髪に金の瞳をしたとても美しい男だったのだという。
それはおそらく、あの雨の中で姿を見た男と同一人物だろう。
「オーウェン様と呼んでいました。きっと深い仲です。リリアさんは最低な浮気者です。それなのに、私だけ悪者にするなんて!」
「オーウェン。……オーウェンか、まさか、あのオーウェンなのか?」
社交界に顔を出さない道楽者の第七王子だ。
結婚もせず、王立研究所で働いているという変わり者。
エラドはそう思っているが、その評判はさほど悪いものではない。ハーヴェイは、多くの弟妹の中でオーウェンが一番優秀であると皆の前で口にする。ハーヴェイに認められているのだからきっと立派なの人なのだろと、その美しい顔立ちも相待って、オーウェンと結婚を望む貴族女性も多い。
「エラド様、リリアさんと早く別れてください。私と結婚をしてくださるのですよね? 私、お腹に赤ちゃんがいるの。あなたの子です」
「……そうか」
ルイーズの言葉に、エラドは喜びを感じなかった。
彼女に子ができたことよりも、リリアがオーウェンと浮気をしていることのほうが、エラドにとっては重要だったのだ。
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