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リュコスちゃんのお父さん 1
しおりを挟む食事の準備が整うと、レイシールド様は私をじっと、それはもうじっと見つめた。
何か足りないものがあったかしら。紅茶も運んだし。食事も。食器も運んだ。
あとは何か──。
「……ティディス」
「は、はい」
レイシールド様が私の名前を呼ぶ時、そこにはいろんな意味が含まれている気がする。
もしかして、それはレイシールド様が普段寡黙だからそう感じるのかもしれない。
でも、今回はそれが何かがわからない。準備はきちんと整ったはずだし。リュコスちゃんとペロネちゃんとシュゼットちゃんの分も用意したもの。
レイシールド様と一緒にリュコスちゃんたちにご飯を食べさせるとかとんでもないって思ったけれど、レイシールド様がそれでいいとおっしゃるから、みんなの分も布を敷いた床の上にお皿に装って置いた。
リュコスちゃんたちはすでに、もぐもぐと牛スネ肉のシチューを食べ始めている。
「食事に招いておきながら、お前に料理を作らせて、着替えもさせないというのは、無礼だったな」
「え? ……え?」
「次からは、気をつける。こういったことの経験に乏しいため、どうにも、勝手がわからん」
「え、ええと……私はレイシールド様の侍女ですので、お料理の支度をするのは当たり前で……でも、お城の料理人の方々みたいに豪勢な料理が作れなくて、むしろ申し訳ないといいますか……」
煮込んだり焼いたりするのは得意なのだけれど、いろんな食材を使って豪勢な料理を作ることはできないのよね。
そういった経験に乏しかったのだもの。シチューとかスープは得意だ。
だって、シチューやスープにすると、増えるのだ。嵩が。ご飯の量が増えるのは素晴らしいことなので。
こういったことの経験というのは何かしら。
侍女に夕食を作らせる経験という意味なのかしら。
「十分だ」
「お口に合うといいのですけれど……」
「家族のために、料理を?」
「はい。お母様が亡くなって、使用人の方々がいなくなって、家事をすることができるのは私だけだったものですから……」
「そうか」
レイシールド様は、ふと気づいたように椅子を引いてくれた。
座るように促されているみたいだ。
「あ、あの……旦那様に、こういったことをしていただくわけにはいきません。私は侍女ですから……!」
「侍女でなければいいのか?」
「えっ、クビですか……!?」
「そういう意味ではない。ともかく、座れ」
私は恐縮しながら椅子に座った。
レイシールド様の正面。向き合う形にレイシールド様が座る。なんとはなしにそのお姿に視線を向けた。
光魔法陣が中に埋め込まれているランプの灯りに照らされたレイシールド様は、黙っていると少し怖い印象だけれど、今の私はとても優しい方だと知っている。
でも、いいのかしら。皇帝陛下と二人で、お食事をするというのはやはり侍女としては、身分違いというか、いけないことなんじゃないかしら。
「……あの」
「俺が許した。お前は何も気にする必要はない」
「レイシールド様、ありがとうございます」
「今は、心を読んでいない。お前は感情が顔に出る。わかりやすい」
「そうでしょうか」
「あぁ。無闇に、心を読まないと約束する」
「私は別に構わないのですけれど……」
レイシールド様は、心を見ることについてかなり繊細に気にしてくれているのね。
でも、今は心を見られているわけではないけれど、すんなりお話ができている。
もしかしたら私もずっと、人に飼われたばかりの野生動物みたいに相手を警戒し続けていただけなのかもしれない。
話すよりは人の話を聞いている方が楽だけれど、レイシールド様とお話をしていても苦しさや緊張感はあまりないもの。不思議だわ。
スプーンを手に取って、シチューを掬って口に運んでくださるレイシールド様の様子を、私はドキドキしながら見ていた。
そういえば、お料理を家族以外に食べてもらうのって初めてだ。
妹たちはいつも美味しいって言ってくれるけれど。
ちなみにお父様は、ストレスで胃を痛めていたからあんまり食べられなかった。
「美味しい、ティディス」
「よかった!」
私は両手をギュッと握って、微笑んだ。
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