崖っぷち令嬢は冷血皇帝のお世話係〜侍女のはずが皇帝妃になるみたいです〜

束原ミヤコ

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牛すね肉のシチューと好き嫌い 1

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 いつもは食材のない黎明宮の調理場に、今日はお休みまでのお世話をするつもりでいた私は食材を運び込んでいた。
 レイシールド様はナッツとお酒という、夕食とは言えない夕食をいつも召し上がっているみたいだけれど、それは味気なさすぎるし、できればもう少し食べたほうがいい。
 ということで、お料理をしてみるつもりだったのよね。
 眠れないのと同じように、食欲もないのかもしれない。
 堂々としていて立派なお姿をしているから、そんなふうには見えないのだけれど。
 でも、人の内面なんて分からないもの。
 レイシールド様の過去を考えれば、深く傷つくのは当然のことだ。

「リュコスちゃんや、ペロネちゃんも、シュゼットちゃんも、家に来たばかりの頃はご飯を食べようとしなかったものね」

『人間など信用ならんと思っていたゆえな』

 私がお肉を煮込むのを眺めながら、リュコスちゃんが言った。

『お主は、芋を蒸すか、きのこを焼くか、魚を焼くぐらいしか能がない女じゃと思っておったが、肉を調理することができるのじゃな』

「お母様が亡くなって、使用人の方々が家財を持っていってしまうまでは、お肉を買う余裕も少しはあったのですよ」

『我が僕の金を持っていくとは、盗人じゃ』

「それはそうなのですけれど……お給金を支払っていなかったお父様にも問題がありますし、難しいところです」

 私はお鍋の中でぐつぐつ煮込まれている牛スネ肉を眺めながらリュコスちゃんとお話をした。
 お肉料理も作ることができる──といっても、そんなに難しい料理が作れるというわけではないのだけれど。

「ティディス」

「ふぁっ」

 不意に名前を呼ばれて、私はびくりと体を震わせた。
 レイシールド様はあんまり気配がしないので、急に現れるとびっくりしてしまうわね。
 調理場に一体何の用事なのかしら。もうお腹がすいたとかかしら。
 お鍋の前に立つ私の元までやってきて、レイシールド様はお鍋の中を覗き込んだ。

「よい匂いがしたので、気になって来てしまった」

 私の真横に立つと、レイシールド様の背の高さがよくわかる。
 立派な大樹のようなレイシールド様を見上げて、私は微笑んだ。
 お料理中の匂いに誘われて、オリーブちゃんとローズマリーちゃんもよく調理場に顔を出したものだ。「お姉様、何を作っていますの?」「お姉様、今日のご飯はなんですか?」と言いながら。
 なんだか可愛らしい。

「牛スネ肉のシチューを作っているのですよ。お嫌いじゃないですか?」

「肉は嫌いではないな」

「あ! 本当は、作る前に好き嫌いを聞くべきでしたね……ごめんなさい」

「いや」

「レイシールド様、嫌いなものはありませんか?」

「特にない。お前は?」

「私? 私も嫌いなものはないです。好き嫌いなんて贅沢はできないので……」

「そうか」

 ぽつりぽつりと、低い声で短く相槌を打ってくれるのがなんだか不思議と安心して、普段はあまり自分から話をすることはないのだけれど、つい、口を開いてしまう。
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