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朝のお支度 1

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 皇帝陛下の側付き侍女のお仕事は、侍女頭のエルマさんにしっかり教わってきた。
 一日の流れは頭に叩き込んであるし、ちゃんとメモしてエプロンのポケットの中に忍ばせてある。

 クリスティス家から外に出て働くのは初めてだから、これ以上失敗のないようにしないと。
 せっかくいただいたお仕事。しかも皇帝陛下の側付き侍女。
 面接官だった宮内卿のシリウス様が、私の事情を聞いてくれたあとに「レイシールド様の側付き侍女の待遇は悪くない。一ヶ月の給金は、女性の仕事の中ではかなり多い……破格、と言っても過言ではないよ」と教えてくれた。

 それから「とはいえ、一ヶ月まともに仕事が続いたものはいない。皆、一日でやめてしまう。もって三日だ」と付け加えた。

「どうして待遇のいい、その上名誉なお仕事なのに、みなさん辞めてしまうのですか……?」

「怖いから、だそうだ」

 シリウス様は困ったように言った。
 確かに、皇帝陛下は恐ろしい人だと言う噂はあることを知っているけれど、具体的なところまでは私はわからない。
 実際にお会いしたこともないのだし。

「皇帝陛下は、人を傍に置きたがらない。侍女は一人だけ。宮城には他に使用人はいない。大変だろうが、頑張れるか?」

「はい!」

 シリウス様の説明に、私は大きく頷いた。
 怖い人だろうがなんだろうが、お金を下さるのなら何でもいい。
 
 お仕事が決まって数日後、伯爵家に戻り準備を整えた私は、お父様と妹たちに見送られて再び皇都に向かった。
 予定通りに内廷の侍女の寝泊まりをする宿舎に入ると、私の噂はすでに広まっていたらしく、先輩の侍女の方々が色々と教えてくれた。

 毎朝起こしに行くたびに皇帝陛下は不機嫌で、皇帝陛下が怖くて黙ったままでいると剣を向けられるとか。
 少しでも皇帝陛下の意にそぐわないことがあると、悪鬼のような形相で怒鳴られるとか。

 ともかく、怖いのだと。

 広い黎明宮で皇帝陛下と二人きりでいるなんて、虎の檻に入れられたようなもの。
 そんな恐ろしいお仕事を押し付けられて、可哀想だと同情していただいた。

 宮廷侍女の方々はみんな親切で、明るい。
 王国の片隅の片田舎から出てきた、一人も知り合いのいない私に、とてもよくしてくれる。
 人と話すのがあまり得意な方ではない私がほとんど喋らなくても会話が進んで、ぐいぐい世話を焼いてくれる。
 シリウス様の面接で選ばれた方々なのだから、当たり前といえばそうなのだけれど。

 そんなわけで――気に入らないことがあると剣をつきつけられるというのは、事前に聞いていたので、大丈夫。

 もちろん怖かったし、びっくりしたけれど。
 剣をつきつけられたとは聞いたけれど、実際怪我をした女性はいないみたいだし。

 それに、剣をおろした後、皇帝陛下は謝罪してくださった。
 もしかしたら、怖いけれど悪い方ではないのかもしれない。

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