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貧乏の理由 2
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そんなわけで侍女試験を受けた私。
気合いだけは十分だったし、筆記試験はなんとかできた。
昔から娯楽といえば本を読むことと動物や植物のお世話ぐらいだったので、学園には通うことができていなかったけれど、文字を書いたり読んだりするのは得意だった。
幼い頃はまだ使用人の方々もお母様もいたので、貴族としての最低限のマナーは教えられていたし。
筆記試験を突破してほっとしたところで、面接となった。
内廷の侍女は性格も重視されるらしい。
性格が悪く問題を起こしては、とても皇族の方々のお世話係など務まらないからだろう。
そこで私は──思い切り、失敗をした。
私はお父様と同じで、人付き合いがあまり得意ではなかった。
というか、家族以外と関わることが少なかったし、家族ではない人々といえば、我が家を出奔した使用人の方々や借金取りの方々といったそれはもう信用できない人々しかいなかったのだ。
人間は、少し怖い。
そして、それはもう酷く、緊張していた。
右を見ても左を見ても、きらびやかな方々ばかり。
私は完全に臆してしまっていた。
面接官のシリウス様も、上等な衣服を着て、髪も爪さえも美しく整えられているようだった。
とても田舎から出てきた貧乏人の私がいていい場所ではないと思った途端に、足の震えが止まらなくなった。
家族を守らなくてはいけないのに、情けないことだけれど。
頑張らなくてははいけないと思うほどに、緊張は余計に強くなっていくようだった。
結局、シリウス様に何を尋ねられても、虫の鳴くような小さな声でしか返事ができなかった。
シリウス様は呆れ果てて「残念だが、それではとても、侍女として働くことはできないな。筆記試験の成績がよかったただけに、期待をしていたが」と、ため息をついた。
私は真っ青になった。
だって「お姉ちゃん、駄目だった」と言って家に戻れば、妹たちが「お姉様、やはり死ぬしかありません」「お姉様、一緒に死にましょう」と、泣きじゃくるに違いない。
お金を稼ぐ方法はある。娼館で働けばいいのだ。
けれど私が娼館に行けば、妹たちはきっととても気にして、本当に死のうとするかもしれない。
――私以外に、誰が家族を守れるというのだろう。
だから──私は、恥も外聞も投げ捨てて、その場でシリウス様に泣きついた。
「なんでもします、なんでもしますから、どんなことでもしますから、どうか働かせてください……!」
と言って。
私は必死だった。緊張なんてしている場合じゃなかった。
私にはもう、後がないのだ。
シリウス様は少し考えて「なんでもすると言ったな」と、私に確認をした。
「それでは君には、レイシールド皇帝陛下の世話係になって貰おうか」
そう、言われた。
だから私は──今、皇帝陛下の寝室で、皇帝陛下に抜き身の剣を突きつけられている、というわけである。
「お前は誰だ」
寝室に入った私は皇帝陛下に剣を突きつけられて、背中をピッタリ壁に貼り付けている。
背中を冷や汗が伝い、足から力が抜けそうになってしまう。
天蓋のある立派なベッドから一瞬のうちに飛び降りてきた皇帝陛下は、私の首すれすれに剣の切っ先を突きつけて、冷たいアイスブルーの鋭い瞳で私を睨みつけている。
前髪のやや長い青銀色の髪は硬そうに見える。どことなく、氷柱を連想させる。
見上げるほどに背が高くて、体格が良い。
黒い寝衣から覗く胸板はとても立派だ。首も腕も太いし、指も太くてゴツゴツしている。
雄々しいけれど、品のある佇まいの方である。
やはり血筋が良いというのは、それだけで纏う雰囲気が違うのだろう。
──なんて、感心している場合じゃなかった。
「は、はじめまして……! 私、ティディス・クリスティスと申します。皇帝陛下のお世話係として、今日から働くことになりました」
私は一生懸命そう口にした。
一生懸命口にしたつもりだけれど、緊張と恐怖から、頑張っても頑張っても大きな声が出なかった。
あぁ、私。
頑張ろうって思ったのに、また失敗してしまった。
駄目かもしれない。追い出されるかもしれない。
シリウス様からせっかくいただいた、お仕事なのに。
「世話係か。それなら入室するときにもう少し大きな声を出せ。俺の寝首をかこうとする侵入者かと思った。許せ」
皇帝陛下は、スッと剣を下ろしてくれた。
(許してくださった……?)
剣を向けたわりに、そんなに怒っている雰囲気も感じない。
私は嬉しくなってしまい、両手を胸の前で握りしめてにこにこした。
皇帝陛下は私から興味を失ったようにベッドサイドに座った。
私はお辞儀をすると、慌ててお仕事用のカートをひいて、皇帝陛下の元に向かった。
気合いだけは十分だったし、筆記試験はなんとかできた。
昔から娯楽といえば本を読むことと動物や植物のお世話ぐらいだったので、学園には通うことができていなかったけれど、文字を書いたり読んだりするのは得意だった。
幼い頃はまだ使用人の方々もお母様もいたので、貴族としての最低限のマナーは教えられていたし。
筆記試験を突破してほっとしたところで、面接となった。
内廷の侍女は性格も重視されるらしい。
性格が悪く問題を起こしては、とても皇族の方々のお世話係など務まらないからだろう。
そこで私は──思い切り、失敗をした。
私はお父様と同じで、人付き合いがあまり得意ではなかった。
というか、家族以外と関わることが少なかったし、家族ではない人々といえば、我が家を出奔した使用人の方々や借金取りの方々といったそれはもう信用できない人々しかいなかったのだ。
人間は、少し怖い。
そして、それはもう酷く、緊張していた。
右を見ても左を見ても、きらびやかな方々ばかり。
私は完全に臆してしまっていた。
面接官のシリウス様も、上等な衣服を着て、髪も爪さえも美しく整えられているようだった。
とても田舎から出てきた貧乏人の私がいていい場所ではないと思った途端に、足の震えが止まらなくなった。
家族を守らなくてはいけないのに、情けないことだけれど。
頑張らなくてははいけないと思うほどに、緊張は余計に強くなっていくようだった。
結局、シリウス様に何を尋ねられても、虫の鳴くような小さな声でしか返事ができなかった。
シリウス様は呆れ果てて「残念だが、それではとても、侍女として働くことはできないな。筆記試験の成績がよかったただけに、期待をしていたが」と、ため息をついた。
私は真っ青になった。
だって「お姉ちゃん、駄目だった」と言って家に戻れば、妹たちが「お姉様、やはり死ぬしかありません」「お姉様、一緒に死にましょう」と、泣きじゃくるに違いない。
お金を稼ぐ方法はある。娼館で働けばいいのだ。
けれど私が娼館に行けば、妹たちはきっととても気にして、本当に死のうとするかもしれない。
――私以外に、誰が家族を守れるというのだろう。
だから──私は、恥も外聞も投げ捨てて、その場でシリウス様に泣きついた。
「なんでもします、なんでもしますから、どんなことでもしますから、どうか働かせてください……!」
と言って。
私は必死だった。緊張なんてしている場合じゃなかった。
私にはもう、後がないのだ。
シリウス様は少し考えて「なんでもすると言ったな」と、私に確認をした。
「それでは君には、レイシールド皇帝陛下の世話係になって貰おうか」
そう、言われた。
だから私は──今、皇帝陛下の寝室で、皇帝陛下に抜き身の剣を突きつけられている、というわけである。
「お前は誰だ」
寝室に入った私は皇帝陛下に剣を突きつけられて、背中をピッタリ壁に貼り付けている。
背中を冷や汗が伝い、足から力が抜けそうになってしまう。
天蓋のある立派なベッドから一瞬のうちに飛び降りてきた皇帝陛下は、私の首すれすれに剣の切っ先を突きつけて、冷たいアイスブルーの鋭い瞳で私を睨みつけている。
前髪のやや長い青銀色の髪は硬そうに見える。どことなく、氷柱を連想させる。
見上げるほどに背が高くて、体格が良い。
黒い寝衣から覗く胸板はとても立派だ。首も腕も太いし、指も太くてゴツゴツしている。
雄々しいけれど、品のある佇まいの方である。
やはり血筋が良いというのは、それだけで纏う雰囲気が違うのだろう。
──なんて、感心している場合じゃなかった。
「は、はじめまして……! 私、ティディス・クリスティスと申します。皇帝陛下のお世話係として、今日から働くことになりました」
私は一生懸命そう口にした。
一生懸命口にしたつもりだけれど、緊張と恐怖から、頑張っても頑張っても大きな声が出なかった。
あぁ、私。
頑張ろうって思ったのに、また失敗してしまった。
駄目かもしれない。追い出されるかもしれない。
シリウス様からせっかくいただいた、お仕事なのに。
「世話係か。それなら入室するときにもう少し大きな声を出せ。俺の寝首をかこうとする侵入者かと思った。許せ」
皇帝陛下は、スッと剣を下ろしてくれた。
(許してくださった……?)
剣を向けたわりに、そんなに怒っている雰囲気も感じない。
私は嬉しくなってしまい、両手を胸の前で握りしめてにこにこした。
皇帝陛下は私から興味を失ったようにベッドサイドに座った。
私はお辞儀をすると、慌ててお仕事用のカートをひいて、皇帝陛下の元に向かった。
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