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新生アルサンディア
しおりを挟むいくら私とシェイド様でも、倒れている人々を一度にたくさん運ぶことはできない。
私たちから遅れて到着したフィエル様とオリヴァー様の率いるクイールちゃん兵士団が(皆とても、クイールちゃんの扱いに慣れてきている)投獄されている人々の顔を確認しながら、クイールちゃんに乗せて一人ずつ助けた。
エレノア様は私と一緒のクイールちゃんに乗ってもらった。
あとから聞いた話では、投獄されていたのは国の要人ばかりだったそうだ。
宰相閣下や、文官長や、その部下たちなど。
城の内部を取り仕切っている方々で、ルディク様に意見をし、マチルダたちを城から追い出すべきだと主張して――そして、牢にいれられたらしい。
塔の内部にある医務室で、長くひどい状況で投獄されていた人々の体を癒やした。
私のつくった万能薬や、活力剤などを使用すると、数日で皆元気を取り戻して――そして塔は、もともとお城みたいだったけれど、さらにお城みたいになった。
そしてシェイド様は、新生アルサンディア王国の王となった。
正式に、エレノア様によって戴冠と即位が行われたのだ。
エレノア様や、投獄されていた貴族や要職の方々の後ろ盾、それからオーランドとの同盟も結び、その地位は盤石となった。
あれよあれよという間に幽閉されていた呪われた王子様から、皆から頼られる国王陛下になってしまったシェイド様の隣で、私は少し寂しい気持ちになっていた。
「あの、シェイド様」
「どうした、キャス」
私たちは最上階のお部屋のベッドで一緒に寝ている。
シェイド様の呪いはいまだとけていないので、もちろん清い関係のままだ。
シェイド様は私に触れないように、距離を保っていてくれている。
私は寝返りをうつと、ベッドの端にいるシェイド様をじっと見つめた。
「あまり、見ないでくれるか?」
「どうしてですか?」
「……目の毒だ」
「毒……?」
「あぁ。……キャス、お前は――駄目だな、長年一人でいた癖で。乱暴な話しかたになってしまうな」
「乱暴と思ったことは一度もありませんよ」
「そうか? だが……君は、……このほうがいいな。キャス、君は」
「……くすぐったいです、少し」
「……やはり、毒だな。……君は、魅力的な女性だ。そのように、無防備な姿で横にいるのを見てしまうと、私も男だから、どうしようもない気持ちになる」
「どうしようもない気持ち?」
「あぁ。……触れたい。君の肌は、その唇は、可愛らしい小さな舌は、柔らかいのだろうな。甘いのだろうなと、考えてしまう」
「……あぅ」
その声に、視線に、肌を撫でられているような妙なさざめきが体におこる。
私は小さく声をあげて、俯いた。
胸が、きゅっとする。
愛されているのだとわかる。でも、私は――。
「シェイド様。……シェイド様は、立派な国王陛下になられました」
「そうだろうか。あまり実感はない。人が増え、賑やかになったが。私はあいかわらず、ここにいる」
「皆が、シェイド様に判断を仰ぎにくるでしょう? お忙しくなりました」
「やることといえば、話を聞くことと、書類に目を通すことぐらいだ。誰にでもできる。フィエルやオリヴァーたちは有能で、フィエルは血の気が多く、オリヴァーは温厚だ。アベルは金の稼ぎ方がうまいな。他にもたくさん、有能な者たちがいる。私は彼らにほとんどすべてを任せている。私がするのは最後の確認ぐらいだ。それが王といえるのか、よくわからないな」
シェイド様は本当にそう思っているのだろう。
立場が変わっても、シェイド様は変わらない。謙虚で、穏やかで、優しくて――好き。
好きだと思った瞬間に、胸が鋭いナイフで刺されたように痛んだ。
今までは、あなたのキャスですよ、なんて。
平気で言えていたのに。
私は――シェイド様のキャストリンでいたい。それは、変わらない。でも。
「皆を信じ、任せることができる。それも王としての大切な、才能だと私は思います」
「ありがとう、キャス。そういう考え方もあるのかと、君と話していると驚くことばかりだ」
「私は……そんなに驚くようなことは言っていませんよ」
「一人でいるのと、君と話をするのは違うという話だ。自分以外の考えを聞くことができるのは、いい。自分の話をして、気持ちを伝えると、悩みが悩みでなくなるような気がする」
「私はルディク様に命令されて、シェイド様の花嫁になりにここに来ました。シェイド様は私を押し付けられたようなものです。だから」
「それは、何の話だ?」
シェイド様の眉が僅かによった。
私が言おうとしていることが伝わったのかもしれない。
「……私、シェイド様の呪いを必ずときますね。それは私の母の罪です。呪いが解けて自由になったら、シェイド様は好きな相手と結婚をしてください。私は、ちゃんとわきまえていますから」
「わきまえる? 何を」
「私は魔女の娘です」
「それがどうした」
「シェイド様にとって、ジョセフィーヌは憎むべき相手でしょう。私は、娘だった。だから」
「そんなことはどうでもいい。君が誰であろうと。どんな立場であろうと」
「それは、シェイド様の傍にはいままで誰もいなかったからで。私が、無理やり傍にいるようになったから……もっとたくさん、魅力的な女性がこの国にはいるのですよ」
シェイド様は目を見開いたあと、起き上がった。
寝ころぶ私の顔の横に、私に触れないように慎重に片手を置いた。
「動くな、キャス。もし動いて私に触れると、君は傷つく。私に君を傷つけさせないでくれ」
「……っ、あの」
「ここに来たとき君は言った。あなたのキャスだと。君は、私のものだ」
「そ、それは……」
「もし今呪いがとかれていたら、私は君を無理やりにでも抱いていた。強引に犯して、君が私から離れていかないように――ひどいことを、していただろう」
「……シェイド様」
「キャス。それとも――はじめから私など、君は好きではなかったか。君が好きなのは私の呪いであって、私自身ではないと」
「そ、それは、それは、違います……」
私は首をふろうとして、唇を噛んで我慢した。
体を動かせば、顔がシェイド様の手に触れる。
そうしたら私の顔は、切り裂かれてしまう。――私は大丈夫だ。でも、シェイド様が傷つく。
「私は……あなたが」
そこまで言いかけたところで、扉が激しく叩かれた。
もう、夜なのに。
シェイド様は私から離れる。扉を開くと、そこにはフィエル様とオリヴァー様が立っていた。
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