上 下
31 / 35

新生アルサンディア

しおりを挟む


 いくら私とシェイド様でも、倒れている人々を一度にたくさん運ぶことはできない。
 私たちから遅れて到着したフィエル様とオリヴァー様の率いるクイールちゃん兵士団が(皆とても、クイールちゃんの扱いに慣れてきている)投獄されている人々の顔を確認しながら、クイールちゃんに乗せて一人ずつ助けた。
 エレノア様は私と一緒のクイールちゃんに乗ってもらった。

 あとから聞いた話では、投獄されていたのは国の要人ばかりだったそうだ。
 宰相閣下や、文官長や、その部下たちなど。
 城の内部を取り仕切っている方々で、ルディク様に意見をし、マチルダたちを城から追い出すべきだと主張して――そして、牢にいれられたらしい。

 塔の内部にある医務室で、長くひどい状況で投獄されていた人々の体を癒やした。
 私のつくった万能薬や、活力剤などを使用すると、数日で皆元気を取り戻して――そして塔は、もともとお城みたいだったけれど、さらにお城みたいになった。

 そしてシェイド様は、新生アルサンディア王国の王となった。
 正式に、エレノア様によって戴冠と即位が行われたのだ。
 エレノア様や、投獄されていた貴族や要職の方々の後ろ盾、それからオーランドとの同盟も結び、その地位は盤石となった。

 あれよあれよという間に幽閉されていた呪われた王子様から、皆から頼られる国王陛下になってしまったシェイド様の隣で、私は少し寂しい気持ちになっていた。

「あの、シェイド様」
「どうした、キャス」

 私たちは最上階のお部屋のベッドで一緒に寝ている。
 シェイド様の呪いはいまだとけていないので、もちろん清い関係のままだ。
 シェイド様は私に触れないように、距離を保っていてくれている。
 私は寝返りをうつと、ベッドの端にいるシェイド様をじっと見つめた。

「あまり、見ないでくれるか?」
「どうしてですか?」
「……目の毒だ」
「毒……?」
「あぁ。……キャス、お前は――駄目だな、長年一人でいた癖で。乱暴な話しかたになってしまうな」
「乱暴と思ったことは一度もありませんよ」
「そうか? だが……君は、……このほうがいいな。キャス、君は」
「……くすぐったいです、少し」
「……やはり、毒だな。……君は、魅力的な女性だ。そのように、無防備な姿で横にいるのを見てしまうと、私も男だから、どうしようもない気持ちになる」
「どうしようもない気持ち?」
「あぁ。……触れたい。君の肌は、その唇は、可愛らしい小さな舌は、柔らかいのだろうな。甘いのだろうなと、考えてしまう」
「……あぅ」

 その声に、視線に、肌を撫でられているような妙なさざめきが体におこる。
 私は小さく声をあげて、俯いた。
 胸が、きゅっとする。
 愛されているのだとわかる。でも、私は――。

「シェイド様。……シェイド様は、立派な国王陛下になられました」
「そうだろうか。あまり実感はない。人が増え、賑やかになったが。私はあいかわらず、ここにいる」
「皆が、シェイド様に判断を仰ぎにくるでしょう? お忙しくなりました」
「やることといえば、話を聞くことと、書類に目を通すことぐらいだ。誰にでもできる。フィエルやオリヴァーたちは有能で、フィエルは血の気が多く、オリヴァーは温厚だ。アベルは金の稼ぎ方がうまいな。他にもたくさん、有能な者たちがいる。私は彼らにほとんどすべてを任せている。私がするのは最後の確認ぐらいだ。それが王といえるのか、よくわからないな」

 シェイド様は本当にそう思っているのだろう。
 立場が変わっても、シェイド様は変わらない。謙虚で、穏やかで、優しくて――好き。
 好きだと思った瞬間に、胸が鋭いナイフで刺されたように痛んだ。

 今までは、あなたのキャスですよ、なんて。
 平気で言えていたのに。
 私は――シェイド様のキャストリンでいたい。それは、変わらない。でも。

「皆を信じ、任せることができる。それも王としての大切な、才能だと私は思います」
「ありがとう、キャス。そういう考え方もあるのかと、君と話していると驚くことばかりだ」
「私は……そんなに驚くようなことは言っていませんよ」
「一人でいるのと、君と話をするのは違うという話だ。自分以外の考えを聞くことができるのは、いい。自分の話をして、気持ちを伝えると、悩みが悩みでなくなるような気がする」
「私はルディク様に命令されて、シェイド様の花嫁になりにここに来ました。シェイド様は私を押し付けられたようなものです。だから」
「それは、何の話だ?」

 シェイド様の眉が僅かによった。
 私が言おうとしていることが伝わったのかもしれない。

「……私、シェイド様の呪いを必ずときますね。それは私の母の罪です。呪いが解けて自由になったら、シェイド様は好きな相手と結婚をしてください。私は、ちゃんとわきまえていますから」
「わきまえる? 何を」
「私は魔女の娘です」
「それがどうした」
「シェイド様にとって、ジョセフィーヌは憎むべき相手でしょう。私は、娘だった。だから」
「そんなことはどうでもいい。君が誰であろうと。どんな立場であろうと」
「それは、シェイド様の傍にはいままで誰もいなかったからで。私が、無理やり傍にいるようになったから……もっとたくさん、魅力的な女性がこの国にはいるのですよ」

 シェイド様は目を見開いたあと、起き上がった。
 寝ころぶ私の顔の横に、私に触れないように慎重に片手を置いた。

「動くな、キャス。もし動いて私に触れると、君は傷つく。私に君を傷つけさせないでくれ」
「……っ、あの」
「ここに来たとき君は言った。あなたのキャスだと。君は、私のものだ」
「そ、それは……」
「もし今呪いがとかれていたら、私は君を無理やりにでも抱いていた。強引に犯して、君が私から離れていかないように――ひどいことを、していただろう」
「……シェイド様」
「キャス。それとも――はじめから私など、君は好きではなかったか。君が好きなのは私の呪いであって、私自身ではないと」
「そ、それは、それは、違います……」

 私は首をふろうとして、唇を噛んで我慢した。
 体を動かせば、顔がシェイド様の手に触れる。
 そうしたら私の顔は、切り裂かれてしまう。――私は大丈夫だ。でも、シェイド様が傷つく。

「私は……あなたが」

 そこまで言いかけたところで、扉が激しく叩かれた。
 もう、夜なのに。
 シェイド様は私から離れる。扉を開くと、そこにはフィエル様とオリヴァー様が立っていた。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

公爵令嬢の立場を捨てたお姫様

羽衣 狐火
恋愛
公爵令嬢は暇なんてないわ 舞踏会 お茶会 正妃になるための勉強 …何もかもうんざりですわ!もう公爵令嬢の立場なんか捨ててやる! 王子なんか知りませんわ! 田舎でのんびり暮らします!

【完結】ブスと呼ばれるひっつめ髪の眼鏡令嬢は婚約破棄を望みます。

はゆりか
恋愛
幼き頃から決まった婚約者に言われた事を素直に従い、ひっつめ髪に顔が半分隠れた瓶底丸眼鏡を常に着けたアリーネ。 周りからは「ブス」と言われ、外見を笑われ、美しい婚約者とは並んで歩くのも忌わしいと言われていた。 婚約者のバロックはそれはもう見目の美しい青年。 ただ、美しいのはその見た目だけ。 心の汚い婚約者様にこの世の厳しさを教えてあげましょう。 本来の私の姿で…… 前編、中編、後編の短編です。

【 完結 】「平民上がりの庶子」と言っただなんて誰が言ったんですか?悪い冗談はやめて下さい!

しずもり
恋愛
 ここはチェン王国の貴族子息子女が通う王立学園の食堂だ。確かにこの時期は夜会や学園行事など無い。でもだからってこの国の第二王子が側近候補たちと男爵令嬢を右腕にぶら下げていきなり婚約破棄を宣言しちゃいますか。そうですか。 お昼休憩って案外と短いのですけど、私、まだお昼食べていませんのよ?  突然、婚約破棄を宣言されたのはチェン王国第二王子ヴィンセントの婚約者マリア・べルージュ公爵令嬢だ。彼女はいつも一緒に行動をしているカミラ・ワトソン伯爵令嬢、グレイシー・テネート子爵令嬢、エリザベス・トルーヤ伯爵令嬢たちと昼食を取る為食堂の席に座った所だった。 そこへ現れたのが側近候補と男爵令嬢を連れた第二王子ヴィンセントでマリアを見つけるなり書類のような物をテーブルに叩きつけたのだった。 よくある婚約破棄モノになりますが「ざまぁ」は微ざまぁ程度です。 *なんちゃって異世界モノの緩い設定です。 *登場人物の言葉遣い等(特に心の中での言葉)は現代風になっている事が多いです。 *ざまぁ、は微ざまぁ、になるかなぁ?ぐらいの要素しかありません。

【 完 】転移魔法を強要させられた上に婚約破棄されました。だけど私の元に宮廷魔術師が現れたんです

菊池 快晴
恋愛
公爵令嬢レムリは、魔法が使えないことを理由に婚約破棄を言い渡される。 自分を虐げてきた義妹、エリアスの思惑によりレムリは、国民からは残虐な令嬢だと誤解され軽蔑されていた。 生きている価値を見失ったレムリは、人生を終わらせようと展望台から身を投げようとする。 しかし、そんなレムリの命を救ったのは他国の宮廷魔術師アズライトだった。 そんな彼から街の案内を頼まれ、病に困っている国民を助けるアズライトの姿を見ていくうちに真実の愛を知る――。 この話は、行き場を失った公爵令嬢が強欲な宮廷魔術師と出会い、ざまあして幸せになるお話です。

【完結】両親が亡くなったら、婚約破棄されて追放されました。他国に亡命します。

西東友一
恋愛
両親が亡くなった途端、私の家の資産を奪った挙句、婚約破棄をしたエドワード王子。 路頭に迷う中、以前から懇意にしていた隣国のリチャード王子に拾われた私。 実はリチャード王子は私のことが好きだったらしく――― ※※ 皆様に助けられ、応援され、読んでいただき、令和3年7月17日に完結することができました。 本当にありがとうございました。

完結/クラスメイトの私物を盗んだ疑いをかけられた私は王太子に婚約破棄され国外追放を命ぜられる〜ピンチを救ってくれたのは隣国の皇太子殿下でした

まほりろ
恋愛
【完結】 「リリー・ナウマン! なぜクラスメイトの私物が貴様の鞄から出て来た!」 教室で行われる断罪劇、私は無実を主張したが誰も耳を貸してくれない。 「貴様のような盗人を王太子である俺の婚約者にしておくわけにはいかない! 貴様との婚約を破棄し、国外追放を命ずる! 今すぐ荷物をまとめて教室からいや、この国から出ていけ!!」 クラスメイトたちが「泥棒令嬢」「ろくでなし」「いい気味」と囁く。 誰も私の味方になってくれない、先生でさえも。 「アリバイがないだけで公爵家の令嬢を裁判にもかけず国外追放にするの? この国の法律ってどうなっているのかな?」 クラスメイトの私物を盗んだ疑いをかけられた私を救って下さったのは隣国の皇太子殿下でした。 アホ王太子とあばずれ伯爵令嬢に冤罪を着せられたヒロインが、ショタ美少年の皇太子に助けてられ溺愛される話です。 完結、全10話、約7500文字。 「Copyright(C)2021-九十九沢まほろ」 他サイトにも掲載してます。 表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。

ダンスパーティーで婚約者から断罪された挙句に婚約破棄された私に、奇跡が起きた。

ねお
恋愛
 ブランス侯爵家で開催されたダンスパーティー。  そこで、クリスティーナ・ヤーロイ伯爵令嬢は、婚約者であるグスタフ・ブランス侯爵令息によって、貴族子女の出揃っている前で、身に覚えのない罪を、公開で断罪されてしまう。  「そんなこと、私はしておりません!」  そう口にしようとするも、まったく相手にされないどころか、悪の化身のごとく非難を浴びて、婚約破棄まで言い渡されてしまう。  そして、グスタフの横には小さく可憐な令嬢が歩いてきて・・・。グスタフは、その令嬢との結婚を高らかに宣言する。  そんな、クリスティーナにとって絶望しかない状況の中、一人の貴公子が、その舞台に歩み出てくるのであった。

婚約破棄はまだですか?─豊穣をもたらす伝説の公爵令嬢に転生したけど、王太子がなかなか婚約破棄してこない

nanahi
恋愛
火事のあと、私は王太子の婚約者:シンシア・ウォーレンに転生した。王国に豊穣をもたらすという伝説の黒髪黒眼の公爵令嬢だ。王太子は婚約者の私がいながら、男爵令嬢ケリーを愛していた。「王太子から婚約破棄されるパターンね」…私はつらい前世から解放された喜びから、破棄を進んで受け入れようと自由に振る舞っていた。ところが王太子はなかなか破棄を告げてこなくて…?

処理中です...