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デルフィフィス監獄

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 私たちが王都に辿り着いた頃には、日が落ちかけていた。

 夕暮れの中見下ろす王都は、城を中心として街の外壁を作りながら広がってきたようなつくりになっていて、それはさながら倒木につくられている蟻の巣を連想させる。

 眼下に広がる王都は人々が長い時間をかけて広げてきたものだ。
 四角く白い家が多いのが特徴で、これはいつかの王妃様が城から見下ろす景観に拘ったせいだと言われている。
 
 白くて四角い石造りの家をつくるようにとのお触れが王都に出されて、それが今まで続いているのだと。

「デルフィフィス牢獄は城の北西。騎士団駐屯地の一角にある。城にも地下牢があるが、母がいるのはデルフィフィス監獄のようだな」
「……王妃様を、他の罪人と一緒に投獄するなんて。普通は、貴人の塔や、もっと危険なものを閉じ込める場合は地下牢です。デルフィフィス監獄は、騎士たちが捕らえた罪人を入れる場所では?」
「つまりルディクは、エレノアはもう母ではなく、王家の者でもないと断じたということだろう」
「ご自分のお母様なのに……」

 夕暮れの空を、デルフィフィス監獄に向かい下降していく。
 私たちのあとを、投獄された無実の者たちを逃がすためにフィエル様たちの部下の、騎士の方々がクイールちゃんや騎馬で追ってくれている。
 私の移動用の鏡を使用してもいいのだけれど、本物の罪人が紛れ込んでいた場合、辺境に移り住んできた人々が危険にさらされるということになる。

 フィエル様とオリヴァー様との話し合いの末、いったん、フィエル様の預かりとして、身分を確かめてから解放するということになった。

 橙色の柔らかい光に照らされたデルフィフィス監獄の前には、騎士の方々が見張りとして立っている。
 城やシェイド様の塔、それから私の住んでいた公爵家のお屋敷に比べたら、牢獄は小さいものだった。

 長く牢獄に閉じ込めるということはない。罪人に沙汰がくだされると、大抵の者はアルスターの監獄に落とされた。昔の話だ。
 だから王都の監獄はさほど大きくない。そんなにたくさんの罪人をいつまでも閉じ込めておくようなことはしない。それは国費の無駄になるからだ。

 ある者は各地で道を作ったり、橋をつくるための無償の労働者となり、ある者は辺境を守るための労働者となる。罪を償うための奉仕活動である。
 それ以外の――本当に重い罪の者は、処刑場にて斬首される。
 
 そういう、どうしようもない人がいるのだ。どうしても、人と混じって生きていけないような人が。
 私はそういう逸話を集めるのも好きだった。
 そこには恨みがうまれる。恨みは呪いを生む。呪いは怪奇を生むのだ。
 怪奇がある場所には呪いがたまり、呪いは呪物をうんでくれる。

 でも――これは私が、そういった呪いを、他人事として考えているからで。
 呪いの当事者であるシェイド様は、私を軽薄だと怒ってよかったはずなのに。
 シェイド様はそんなことはせずに、私を塔から追い出さなかった。

 ルディク様とシェイド様はご兄弟なのに――まるで違う。
 ジョセフィーヌから祝福を与えられたとしても、長らくの幽閉で、その心が歪んでしまってもおかしくなかったのに。

 そうならなかったのは、シェイド様の心の強さなのだろう。
 私みたいに、折れなかった。マリちゃんがいなければ私は、いまここにいない。
 かつての私は弱かった。
 けれど今は違う。今は、シェイド様の役に立ちたいと思う。

「なんだ、お前たちは――!」

 私たちは監獄の入り口に降り立った。
 案の定、牢屋番である騎士たちが驚きの声をあげる。
 剣の柄を握り剣を抜こうとしたところで、その剣と柄を持つ手に黒い蔓が絡みつく。
 地面から人間の骨の手がぼこぼことはえて、兵士たちの体を拘束した。
 
 騎士団の駐屯所から出てくる騎士たちも同様に、蔓が体を拘束し、骨の手が動かないように足を掴んだ。

「あぁ……いいですね……とてもいい……」

 なんとも不気味な光景に、私はうっとりする。
 ごめんなさい。色々思うところはあるけれど、やっぱり好きなものは好きなのだ。
 シェイド様は困ったように笑って、それから声をあげる。

「私は、シェイド・アルサンディア。この国の第一王子。正当な、王位継承権を持つものだ。アルサンディアの名の元に、母エレノアを迎えに来た」

 動けなくなった騎士たちを一瞥して、シェイド様は牢の入り口に入って行く。
 私もマリちゃんを抱いて、後をついていった。
 
 牢の中は――あまり、感想をいいたくない光景が広がっていた。
 鉄格子のはめられた小部屋には、高貴な身形を元々はしていたのだろう薄汚れた方々が詰め込まれている。
 ある人は倒れ、ある人は壁を背にして座り込み、うずくまっている。
 皆、やせ細り、かさかさに乾いていた。

「あなたは……」
「あぁ、とうとうお迎えがきたのだ……」
「神よ、そして、女神よ……」

 朦朧としている方々に、私たちは天からのお迎えに見えたようだ。

「エレノア様!」

 その牢の一角に、エレノア様はいた。
 エレノア様の牢は一人きり。衰弱して、床に倒れている。
 シェイド様が軽く手を翳すと、牢の鉄格子がさらさらと砂粒のように変化して消えた。
 遮るもののなくなった小部屋の中で、エレノア様が僅かに顔をあげる。

「シェイド……キャストリン……あぁ、私は……ひどい、間違いを犯しました……」
「エレノア様、お水です。ゆっくり飲んで」

 私はエレノア様に駆け寄って、叡智の指輪からいつでも水が湧き出てくるコップを取り出すと、抱き起こしたエレノア様の口にあてた。
 長い間荒野をさまよった人のように、その唇は渇いてひび割れている。
 いったいいつから、何も飲んでいないのだろう。
 きっと食事さえ、与えられていない。
 エレノア様はお水を僅かに飲んで、けほけほとむせた。
 それから、涙を浮かべて「ごめんなさい、キャストリン、シェイド」と小さな声で謝った。


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