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王妃様の救助

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 フィエル様の斥候が「王妃様が捕らえられている」という情報を持って帰ってきた。

 私のつくったクイールちゃんは移動にも便利なので、兵士の皆さんにも全員――とは言わないまでも、沢山配ってある。
 それなので、王都と辺境の行き来も馬で移動するよりは格段に速くなった。

 皆それぞれ、自分のクイールちゃんに名前を付けてくれていて、大切にしてくれているのがわかるのが嬉しい。
 やっぱり、私のつくった魔道具って我が子みたいなものだし、粗雑に扱われるよりは大切にしてもらったほうが嬉しいのよね。

「母上が捕らえられた? どうして、また」
「どうやら、ルディクは気に入らない者を皆、牢にいれているようですよ。王都の罪人牢はこれ以上誰も入れないぐらいに満杯で、まともに管理もされておらず、餓死者もでる始末だとか」
「そんな場所に王妃様が?」

 私は青ざめる。
 ルディク様は私のことがお嫌いだった。それは仕方ない。人には好き嫌いというものがあり、ルディク様はマチルダを好んだし、マチルダのふきこんだ私の悪口を信じたのだから。

 でも――圧政を行い民を苦しめ、その上王妃様まで。
 私はルディク様のことをよく知らないけれど、皆がシェイド様の元に来たのは先にルディク様の圧政があったからだ。
 叔父夫婦はお金に目がないような人たちだった。
 だからもしかしたら、ルディク様は――。

「ルディク様は、私の叔父たちに操られているのかもしれません」
「たとえそうであったとしても、物事を判断するのはルディク様ですよ、キャストリン様。私もルディク様に意見をしましたが――グランベルトは不正に金を稼いでいる、数字を誤魔化し税収を誤魔化しているの一点張りで」
「俺も、万能薬を隠し持ってるとかで捕縛されそうになったぞ、キャス」
「辺境がどのような状況か再三訴えても、まともに兵も送らないありさまでした。どうやらマチルダに、信じられる者はアルゼンやシーナ、公爵家の者たちと自分だけと信じ込まされているようです。要職にアルゼン公爵をつかせてしまい――兵の手配は公爵に。公爵は金を懐に入れていたのでしょうね」
 
 オリヴァー様とアベルさん、フィエル様が口々に言う。
 もちろんそれは氷山の一角で、もっと――たくさんルディク様に辛酸を舐めさせられた人たちはいるのだろう。
 ルディク様のこと、好きではないけれど、僅かに同情していた。
 でも、同情の余地もないほどにその行いは見過ごせないところまできているようだった。

「シェイド様。エレノア様を助けに行きましょう。他の、投獄された方々も」
「あぁ。そうだな。……母のことも、無実の罪で投獄された者たちも、放ってはおけない」
「シェイド様の力にまた、頼ることになってしまいます。それは、申し訳ないです」
「そんなふうに思う必要はない。この呪いが役に立つのなら、存分に力を振るおう。それが、私の役割だ」

 本当は――シェイド様に思い切り抱きつきたかった。
 エレノア様は、サフォン様と共にシェイド様の幽閉を決めたのに。
 シェイド様はすぐに助けに行くことに同意してくれた。

 なんて優しい方なのだろう。私は、叔父夫婦が苦しんでいたとして、すぐに手を差し伸べようと思えるかしら。
 分からない。
 だって――あの二人は多分、私の両親を。

「我らも共にまいりましょう。これを期に、王都に攻め入るのです」

 フィエル様が言う。
 フィエル様は長くオーランドと戦ってきた方だ。戦うということに、躊躇がない。

「いや。キャスと二人でいい。牢を開放し、囚人と母を助けるだけだ。困窮する者たちを今までどおり受け入れる」
「ですが」
「私は戦争は起こさない。フィエル、兵は民を守るためにある。だからお前は兵を、王都を攻めるためではなく、困窮する民を救うために使え」
「御意に」

 フィエル様は深々と頭をさげて、オリヴァー様は胸に手を当てると微笑んだ。
 アベルさんは「なかなかいい男をつかまえたじゃねぇか、キャス」と、私に耳打ちして、その様子を見たシェイド様は眉を寄せる。
 遠く雷鳴が響いたけれどそれは一瞬で、シェイド様は口元に手を当てると視線をそらした。

 嫉妬かしら。
 嫉妬だわ。
 私は口元がだらしなくゆるみそうになるのを、唇を噛んで堪えた。

 クイールちゃんとマリちゃんを連れて、空を飛ぶことのできるシェイド様と共に私はすぐさま王都へと向かった。
 エレノア様の状況はわからないけれど、けしていい状態ではないだろう。
 救出は早いほうがいいとの判断だった。
 フィエル様はシェイド様の言葉を手紙にしたためて、各地の貴族へと送ると言っていた。
 心ある貴族たちはシェイド様につくだろう。
 心無いものたちだけが、王都に残るだろうと言っていた。

「お前の義理の妹は、悪辣な女だな」
「マチルダは……なんといえばいいのか。悪いことが何かをわかっていないところがあります。叔父夫婦に甘やかされて育てられて、自分と並び立つ人以外は、皆――虫けらか何かのように考えているのです」

 叔父夫婦がそういう人たちだった。
 使用人や領民たちを、自分たちの役にたつ虫かなにかのように考えているようだった。
 同じ人間とは思っていないのだ。

 そのくせ――自分は被害者だと。私の父が、本来なら自分の物になるべきものを全て奪ったのだと本気で思い込んでいる。
 
 公爵家に閉じ込められていたときは、それがおかしいことだとは思えなくなっていた。
 私はだから――死ぬしかないと、思ってしまったのよね。
 他にいくあてもない。私は何もできない。私なんて、何の価値もない、生きていたって苦しいだけだと。

「幼いのだな」
「ええ。多分、そうです。自分だけが正しいと――信じているのです、きっと」
「それでお前に、暴力を」
「……もう、過去のことですから。シェイド様も、王妃様に」
「もう過去のことだ。もともと恨んでなどいなかった。だが、私にはキャスがいる。それだけで――私は、国のことや他者のことを、考えることができる」
「私がいると、他のことを考えられうるのですか?」
「あぁ、心の余裕というものだな。私はお前に愛されている。だから、余裕ができる」

 少し楽しそうに、シェイド様は言う。
 私は言葉に詰まってしまって、赤く染まる顔を俯いて隠した。
 シェイド様は時々――最近は頻繁に、真っ直ぐに気持ちをぽつりぽつりと伝えてくれる。
 そんなこと、私にはいままでなかったから。
 なんだか、幼い少女に戻ったみたいに、照れてしまう。

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